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トマトの収穫日、前日。

夏の日の事。

夏休みに入ると、一気に穏やかになるのは私だけだろうか。

セミの音と高い気温にさいなまれながら、私は家で一人そうめんをすすっていた。

つめたく冷やしたそうめんと、同じくつめたく冷やしたつゆ。

そしてきゅうりを添えるのがこの家での常識だ。


暑い夏は今年で最後だ。

次にこの暑い中家でそうめんを食べるのは大学一年生になった時だろう。

地元の大学はそこそこの…社会的に有名ではないにしろそれなりに頭の良い所であるから、就職時に困る事は無いはずだ。


ちらりと視線を縁側に向けると、愛犬のハルが尻尾を振ってこちらに乗りだしていた。

時計に視線を向けると二時のところに長針が刺さっている。


…散歩に行こうか。

そう聞くと、ハルはうれしそうにわんっと鳴いた。


**********


…私が人を信じなくなったと気付いたのは、幼稚園の時に出て行った父を見てからだったと思う。

その時は毎日泣き喚く母と、怒鳴り散らす父を見て、なんて理不尽で勝手な親なのだろうかと心の中で呟いていた。

その時は漠然と二人は離れて暮らすと思っていたのだが、だんだん薄れている母の愛情に気付いて私は小学校に上がる手続きをする前に家を出た。

行くあても無く彷徨って、しかし私はどこか確信を持った足取りでその場所へと向かっていた。


“いろのある街”


私はそれを求め二日間、歩いていた。

走るワケでもなく、歩いた。


警察に見つかるワケでも無く、私は深い森に一人入って行く。

時期は夏、暑い夜の事だった。

セミの鳴く音がやけに近く聞こえる。


意識の向くまま歩みを進めると、朱塗りの鳥居のその奥に縄が巻かれた大きな木があった。

私はその幹に腰を下ろして、ようやく一息ついた。


足の感覚が無い。

触っても叩いても、自分の物では無い様な感覚だ。

ふっと息を吐く。

共に緊張も解いた時、頭上から凛とした声が聞こえた。


「ほら、お飲み。」


「っ! ゴホッ!!」


驚きでむせた私の背中に、温かな手が触れた。

されるがままに苦しい息を整えると、目の前にはコップ一杯の水と優しげに微笑む男が居た。


「沢山歩いて疲れただろう? 足りなかったらまだあるからね。」


ニコニコと目を細めて笑う男に、私は頷いてコップを受け取るとコクリと喉を鳴らした。


冷たい水が気持ちいい。

コップを頬に当てながら目をつむると、自分の体温で暖かくなっていた部分がまた冷たくなって行った。


「まだ喉乾いてるだろう? 遠慮せず飲みなさい。」


増えた水に驚く訳でもなく、私はまた喉を鳴らしながら水を飲み干した。


「…遠い所から来たんだね。 君、名前は?」


「………すず。」


「すずちゃんか、可愛い名前だな。」


「そんなことない。 お父さんもお母さんも、わたしのなまえをよばないから。」


私の言葉に、男は困った様に頬をかいた。


「ううん、良ければ僕が呼んでも良いかい?」


「…えっ?」


つい顔をあげて目を丸くしてしまった。

それに嬉しそうに微笑んだ男を見て、顔を背ける。


「私はすずちゃんがどうしてここに導かれたか知っているよ。

それはすずちゃんの事が大好きな子がすずちゃんを助けたいと思ったから。

…もしすずちゃんさえ良ければ、私の家に来ればいい。

君が寂しくない様に、君の周りもきっと明るく変わって行くはずだよ。」


そう言って微笑んだ男は、その後十年私を支えてくれた。

そうやって生きる事に大切な事や、大事な事などを教えてくれた。

そして私の周りにある不思議な現象の事も分かりやすく説明してくれた。

それらを受け入れ、生活をして行くことで私はまた彼に借りが出来た。


結局私が高校を卒業し、大学へ進むと聞いた時。

かなり早い段階で彼は理由付きで旅に出た。


小さい時に頼りになった彼は、思ったよりもアホで、旅に出る理由が“年頃の女の子と住んでいると犯罪チックなので大人になるまで旅に出ます”との事。


この家には私と同じような境遇の男の子が二人いて、私達は三人が同じ屋根の下で生活をしている従兄弟の様なもの…と言う事になっている。

血に繋がりはないが、それぞれを無条件に信じ合っているという点では彼曰く「幼馴染」と言う事になっている。

私達の間にあるのは理解で、同情心は一切ない。

むしろ気を使ってもいないので、兄弟と言っても過言では無かった。


そしてこの暑い日差しの中、歩きで出掛けて行った自称兄の空太(くうた)と、暑い夏にお馴染みの半袖半パンを爽やかに着こなした恭哉(きょうや)は、私がハルの散歩から帰って来ると居間にお腹丸出しで寝っ転がっていた。


「…くーた、きょー。 だらしない。」


「わっ! すずお前いたなら言えよっ!!」


「…お帰り。 リン、アイスちょうだい。」


恥ずかしそうにタオルケットを引っ張った空太と、暑いはずなのに表情を変えず私の持っていた袋の中身を当てて中身のアイスを要求して来た恭哉はもちろん双子でも兄弟でも無い。

私は二人の年的にも妹と言うワケでもないのだが、二人からすると「姉では無い」らしいので末っ子ポジションだ。

恭哉は立ち上がって私の渡した袋の中からお目当てのアイスを探し出してご満悦な様で、キッチンにスプーンを取りに行った。


「くーたは? くーたの好きなの買って来たよ、ガリガリくん。」


「お、サイダーサイダー!!」


「ソーダじゃないの?」


キッチンから戻って来た恭哉に「サイダーなんだよっ」と噛みつくと、ガリガリくんに噛り付いていた。

私は最後に残った雪見大福を取り出して、パッケージを開ける前におでこに持って行って頭を冷やした。


「あ、リン。 それいいな。」


「きょーも出来るでしょ、スーパーカップ。」


「俺もう開けたし」


言って、首を傾げるとアイスを一口私の方へと持って来た。


「……食べる?」


「うん。」


ぱくりと噛みつくと、その後ろで空太が「あーーーっ!!」と大きな声で叫んだ。


「あーっ! あーっ!!」


「…くーた、うるさい。」


「空太も食う?」


「え、や、そのっ」


「食わねえんなら俺が食う。」


「あーーーっ!!」


顔を赤くしたり青くしたり叫んだり、忙しいなと隣を見る。

空太は私の方を見て真っ赤になってニ階の部屋へと上がって行った。


「……今日も平和だねぇ。」


「そうだな。」


私達は空太が放って行ったガリガリくんを片付けながら今日の晩御飯の準備を始めた。


…八月の十六日、夏真っ盛りのこの日。

父さんは一体どこを旅しているのか分からないけれど、記します。

早く帰って来た方がいいと思います。

空太が日に日に変になって行く。


P.S.

庭に植えているトマトがそろそろ食べごろなので

トマトサラダにでもして食べますね。


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