秋の恋
実りの秋というけれど、秋は別れの季節だ。春に芽吹いた恋は夏に燃え上がり、秋に散って冬に眠る。
昔聞いたことがあるセリフを泣きながら思い出していた。
実際には泣いていない。
心で泣いているのだけれど。
化粧をしている以上、こんな場所では泣けなかった。
駅。
待ち合わせの場所…だった。
白が好きな彼の為に、全身に白を取り入れたコーディネート。
彼の為の化粧。
彼の為に選んだ服。
すべてに意味がなくなり、数時間前の幸せに満ちていた自分が酷く滑稽に思える。
19時半に待ち合わせ。
いくら待っても連絡がなかった。
連絡がきたのは約束の1時間半後。
あまりにも唐突な別れを告げる電話。
怒りというよりは、呆れ。
何も言わずに電話を切り、メールで「了解しました」とだけ返信した。
喪失感、というのだろうか。
今思えば、彼を愛していたかはわからない。去年の同じ時期に前の恋人と別れ、さみしかっただけかもしれない。
いや、好きだった。
好きじゃなかったら、あれから1時間半もこんな場所につったっていたりしない。
本当はここから動けないくらいショックだったと認めたくなかった。
これではまるで地縛霊ではないか。
22時をまわり、人通りの少し少なくなった駅。
流れる人ごみのなか、自分だけが取り残されたように感じる。
寂しい。
私が1番嫌いな感情だった。
「おねーさん?」
独り、感傷に浸っているなかいきなり声をかけられびくりと身体を震わせる。
目の前に若い男がいた。
赤色の色眼鏡を頭にのせ、髪を金色で染めた、明らかにチャラそうな。
かなり長身な男。
ヒールを履いている為、決して背が低いわけではないが、男の顔を見るのにかなり見上げなくてはならなかった。
「なんですか?」
警戒心を全身で表しながら、キッと男をにらめつける。
「おねーさんさ、ずっとここにいるよね?誰か待ってるの?」
「待ってないわ。待つ必要がなくなったの」
ふっと顔を背ける。
言葉にするだけで涙が零れそうになるのを必死に耐える為だ。
すべて告白してしまいそうなくらい、その男は優しい声をしていた。
「俺さ、この近くの美大生なんだけど…」
おもむろに差し出された画用紙には、柱にもたれて佇む女性。憂いを帯びた彼女はまさしく私だった。この男はこんな精巧な絵がかけるくらい私を見ていたのだろうか。こんな、私を。
「おねーさんくらいの年で黒髪ってなんだか珍しくて。つい描いちゃってさ。全然動かないから良いモデルだったよ」
「…いつから描いてたの?」
「9時過ぎくらいかな」
「…」
彼にフられた直後の私。
こんなにもさみしげな…だけどほっとした顔をしていたのかしら。
春に出会い、意気投合し付き合った年上の恋人。今思えば、無理な背伸びをしていたのかもしれない。
「あのさ、ちょっとお茶でもしない?」
「…ぇ?」
「実は俺もフられたばっかなんだよねー」
照れたように斜め上を見ながらいう男に、私はくすりと笑う。
「これはナンパかしら?」
「ナンパかもよ?」
にっこりと笑う顔がひどく幼く見えた。まるで悪戯っ子のような無邪気な笑顔。
すっと、重たい鎖が取り払われていくように感じた。
私は進めずにいた場所から一歩踏み出すと促すように導いた男の手をとった。温かく大きな手が私のと冷え切った手を包み込む。少し、どきりとした。まるで幼い少女に戻ったかのような甘酸っぱいときめき。
秋。
別れの季節。
こんな季節に始まる恋もいいかもしれない。