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第三話 ハイハイ冒険譚①

今回のタイトルはハイハイ冒険譚①。

ということは、②があるのか?と思った皆さん。残念ながら本編では、②は描かれません。

しかし!

番外編として、②を用意しますので、乞うご期待あれ〜。

 ハイハイができるようになってからというもの、ネロの行動範囲は一気に広がった。


 もちろん、赤子の移動力などたかが知れている。進むのは遅いし、段差にも弱い。それでも、自分の意思で動けるようになったことは大きかった。ネロは乳母や使用人の目を盗んでは、屋敷の廊下をせっせとハイハイで進み、屋敷の構造や人々の会話を拾い集めていった。


 その結果、まずわかったのは、この屋敷が思っていた以上に広いということだった。二階建てで、感覚としては前世で見た小さなローカルショッピングモールほどの広さがある。廊下は長く、部屋数も多い。使用人の数もそれなりで、自分がただの家の子ではないことが、ますますはっきりしていった。


 さらに、耳に入る会話から、新しく整理できた情報もいくつかあった。父の名はイーゼン・ワーゲン。子爵位を持つ貴族であり、この土地を治める立場にあるらしいこと。そして、この世界には魔法という概念が存在すること。さらに、人間以外にも亜人や魔獣がいて、地球とはまるで異なる生態系が広がっていることだった。


 もっとも、それらは書物を読んで得た知識ではない。あくまで使用人たちの噂話や、父母の何気ない会話を拾い集め、ネロなりに整理した結果だった。断片的で、まだ曖昧な部分も多い。だが、それでも十分すぎるほど面白かった。


 なかでもネロの心を強く惹きつけたのは、やはり魔法の存在だった。


 亜人や魔獣の話も衝撃的ではあったが、それ以上に気になったのは、前世では物語の中にしかなかった力が、この世界では現実として存在しているという事実だった。火を生み、風を操り、水を呼び、あるいはもっと別の不可思議な現象まで引き起こせるのかもしれない。だとすれば、それはいったいどういう仕組みなのか。どうすれば扱えるのか。知りたい。試したい。自分の手で確かめてみたい。そんな思いが、ネロの中で日に日に大きくなっていった。


 もっとも、現実は不自由だった。ハイハイができるようになったとはいえ、階段は当然ながら一人では降りられない。移動範囲には限界があるし、ベビーベッドからも自力では出られない。結局、自由に動ける時間より、閉じ込められている時間の方がずっと長かった。


 そして、その暇な時間こそが、ネロの思考を魔法へと向かわせた。


 どうすれば魔法を扱えるようになるのか。魔法陣のようなものが必要なのか。それとも、まずは魔力というものを感じ取らなければならないのか。今のネロには、見当もつかなかった。だからこそ、とにかく思いつくことを片っ端から試した。


 目を閉じて、身体の奥に意識を沈めてみる。気を溜めるように呼吸を整えてみる。指先でシーツの上に、それらしい図形をなぞってみる。念じる。祈る。集中する。


 だが、何も起きなかった。


 火の粉ひとつ出ない。風も吹かない。指先が光ることすらない。


 それでもネロは諦めなかった。方法が違うのなら、別のやり方を試せばいい。そうして何度も試行錯誤を繰り返したが、やはり成果はなかった。


 やがてネロは、自分一人で考えることに限界を感じ、乳母に訴えかけようとした。魔法を見せてほしい。どうやるのか教えてほしい。そんな思いを込めて声を絞り出す。


「ぁー……あぅ……うー!」


 しかし、返ってくるのは「どうしたんですか、ぼっちゃま」と優しい笑顔だけだった。言いたいことは山ほどあるのに、口がまるで追いつかない。そのもどかしさに、ネロは小さな身体をじたばたと揺らした。


 そうしているうちに、時は案外あっさりと過ぎていった。


 ハイハイができるようになり、つかまり立ちを覚え、やがてよちよちと歩けるようになる。できることが増えるたびに、世界も少しずつ広がっていった。


 そして気がつけば、ネロは一歳の誕生日を迎えていた。


 魔法はまだ使えない。わからないことも山ほどある。


 けれど、それでいいとネロは思っていた。


 この世界には、まだ自分の知らないものが無数にある。ならば、その一つひとつを、自分の手で確かめていけばいいのだから。

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