第一話 加地浩樹
新作投稿です!
今回は異世界と起業という今までとは一味違ったテイストで、ワクワクできるような話が書ければと思っています!
ぜひ、他作品と一緒に、この作品もご愛読いただけますと幸いです。
それでは、本編どうぞ。
加地浩樹は、シリコンバレーで成功を掴みかけている男だった。
三十二歳。日本を飛び出し、アメリカ西海岸(※1へ渡ってから数年。いくつもの事業を立ち上げ、いくつもの失敗を重ね、それでもなお前に進み続けてきた。テクノロジーで人の暮らしを変える。仕組みを作って、世の中を少しでも豊かにする。そんな青臭い理想を、浩樹は笑わずに本気で追っていた。
妻も子もいない。だが、そのぶん人生のほとんどを仕事に注ぎ込んできた。丘の上にあるそれなりの一軒家も、努力の果てに手に入れたものだった。広いリビング、大きな窓、整えられた書斎。そこには、彼が積み上げてきた時間そのものが詰まっていた。
その夜、浩樹は遅くまでオフィスで仕事をしていた。投資家(※2との打ち合わせ、新規事業の資料修正、開発チームへの連絡。帰りの車内でも、頭の中では次の構想が回り続けていた。
まだやれる。
まだ作れる。
もっと多くの人の暮らしを、便利に、豊かにできるはずだ。
深夜、自宅の前に車を停めた浩樹は、わずかな違和感を覚えた。
門扉が少しだけ開いている。
普段の自分なら閉め忘れなどしない。足を止めた浩樹は、玄関の鍵に手をかける前に、家の奥から物音がするのを聞いた。
誰かいる。
次の瞬間、扉が内側から乱暴に開いた。
出てきたのは、見知らぬ二人組の男だった。どちらも黒人で、フードを深く被っている。片方はバッグを抱え、もう片方は拳銃を握っていた。目が合った、その一秒で、浩樹はすべてを理解した。
空き巣だ。
「Yo, don’t move, man. Don’t even try it.」
銃口が、まっすぐこちらに向けられる。
訛りの強い英語が、夜気を裂いた。
「Get back! Hands up! Right now!」
浩樹は反射的に両手を上げた。心臓が激しく鳴る。だが頭は、異様なほど冷静だった。
「……分かった。何もしない」
「Shut up! Shut up! Back off!」
二人のうち一人は、明らかに怯えていた。追い詰められているのは、むしろ向こうの方かもしれない。浩樹はゆっくりと後ずさる。刺激しない方がいい。金でも物でも持っていけばいい。命さえあれば、またやり直せる。
そう考えた、その時だった。
足元で、小さく何かが鳴った。
落としていたスマートフォンだった。
男がびくりと肩を震わせる。
「He got somethin’! Shoot him! Shoot!」
「Wait, wait—!」
言い終えるより早く、乾いた破裂音が夜に響いた。
胸に、凄まじい衝撃が走る。
一発。
そして、間を置かずもう一発。
浩樹は息を呑み、その場に崩れ落ちた。視界がぐらりと傾く。コンクリートの冷たさが、頬に伝わる。遠ざかっていく足音。車の電子音。何もかもが、ひどく遠い。
(……こんな、ところで……)
血の味がした。呼吸がうまくできない。胸の奥が焼けるように熱いのに、身体の先からは急速に温度が失われていく。
まだ、終われない。
まだやりたいことがあった。
会いたかった人がいる。
この世界のどこかで、自分とまだ出会っていない誰かたち。語り合いたかった。組みたかった。新しい価値を一緒に作りたかった。
もっと多くのビジネスを生み出したかった。
もっと多くの人を助けたかった。
もっと世の中を豊かにしたかった。
まだ、全然足りない。
(俺は……まだ……)
薄れていく意識の中で、浩樹は夜空を見た。シリコンバレーの空は、街の明かりのせいで星が少ない。それでも、滲む視界の向こうに小さな光が揺れて見えた。
悔しかった。
ただ、悔しかった。
そして、世界は闇に沈んだ。
――次に目を覚ました時、浩樹は柔らかな布に包まれていた。
ぼやけた視界の向こう。見知らぬ天井。木組みの梁。揺れる灯り。鼻をくすぐるのは、機械やコンクリートの匂いではなく、乾いた木と布、それに微かな乳の匂いだった。
何かがおかしい。
声を出そうとしても、喉から漏れたのは弱々しい息だけだった。手を動かそうとして、さらに違和感に気づく。
小さい。
あまりにも、小さい。
視界の上から、二人の顔が覗き込んでいた。男と女。どこか安堵したような、優しい目をしている。言葉は分からない。
ーー誰だ?こいつら。。。
そして浩樹は、赤子の身体のまま、ただ呆然とその顔を見上げることしかできなかった。
※1 アメリカ西海岸はシリコンバレーと呼ばれ、GoogleやFacebookなどの有名な企業も集まる起業家の最前線のような場所です。
※2 ここでいう投資家とは、起業したての会社から直接株式をもらって資金を投資する人たちです。エンジェル投資家やVCと言ったりします。




