20.異常
教室が一気に騒がしくなった。それもこれもこの爽やかイケメン、ヘルメスさんの婚約者らしいアポロンという先輩のせい。長い赤髪を緩く結っていて、碧眼で鼻が高い。まさしく美青年という感じ。
ただ、信じられないくらいうるさい。うるさいというのは声がでかいということではない。なんと言えばいいのかわからないが、なんかうるさい。
「全く……未来の旦那の晴れ舞台、何故見てくれなったんだい?」
「別に中継で見れるもん。それならここで錬金術の勉強しながら見るほうがいいの」
「生で見ることに意義があるんじゃないか!」
「でもアポロンの戦い方って……ネチネチしてるし……もっと派手なら私も見る気が起きるけどさ」
まるで痴話喧嘩だな。僕とリネは何を見せられているんだ一体。リネと顔を見合わせ、二人してため息を吐く。
するとアポロンさんがこちら側に振り向いて、僕とリネを舐めるように見回した後に大きく笑い出した。
「はっはっは! いやぁすまない……まさか公爵家の出来損ないと、ただの平民がヘルメスと仲良くしているとは思わなくてね」
「アポロン」
「事実だろう? 彼、レオンハルト・フォン・ラオじゃないか。確かに先ほどの魔法や剣は見事だったが……所詮騎士学園の者相手だし」
あーなるほど。こういう系かこの人。
ヘルメスさんが嫌がる理由がよく分かった。典型的、この学園ではほぼ量産型と言ってもいいタイプの貴族だ。平民を嘲り、下に見て嘲笑してる。
僕は別にいいんだけど、リネが何もしてないのに笑われるのは嫌だな。虫唾が走る。
「魔法を使えないという噂だったのになぜ使えるんだ?」
「さぁ? 頭使って考えりゃいいでしょ」
「ふむ……言えない理由というのがあるのかな」
「どーでし……ょ……」
「なっ……!?」
学園内での魔法及び魔道具を使った戦闘は禁止されている。勿論決闘という形ならばその限りではない。
ではなぜ今、俺の腹に矢が刺さっている。そしてアポロンさんは腕にクロスボウを付けている。一瞬視界がグニャンと歪み、立てなくなるほど頭がフラッとするがリネが支えてくれた。
「ふむ……矢が刺さっても発狂しない胆力は認めよう」
「何やってるのアポロン!」
「ヘルメス。君はこんな者に付き纏われていて、僕の闘いを見れなかったのか……許せぬ。三ヶ月ほど死に近しい苦しみを味わってもらおう」
「リネっ……逃げ……」
「はっ」
リネは支えていた僕を抱え、教室のドアを爆破を纏った脚で蹴破って廊下に出た。ダッシュで保健室に向かうものの、今保健室及び救護班の人はみんなコロッセオにいる。当然空いてるわけがない。
現在留守という張り紙を見て苦しい顔をするのも束の間、ピュンッピュンッと矢が次々に飛んでくる。リロードの間が全く無い。おそらく矢は魔力で生成しているものだ。
「レオン様。大丈夫ですか」
「ゴホッ……や……結構キツイ……」
「く……」
しかも矢に含まれているのは、おそらくなんらかの身体阻害の効能。僕に刺さった矢に含まれているのは、恐らく魔力回路の異常を促進させるもの。
回路の位置がぎゅぅぅぅぅと締められる感覚がして、魔力が正常に体全体に回らない。
この世界の人間は血液酸素の他に魔力も自然と体全体に流している。しかし今、僕の体には魔力が正常に体に回っていない。
つまり生きるために必要不可欠な血と酸素は回っているが、身体に異常をきたさない為に必要な魔力が回っていないから、露骨に体調が悪くなる。
「はっはっは。僕の魔力適性は『異常』と『再生』。君のような公爵家に生まれただけの人間が、僕の大切な妻に関わるなよ」
「はっ……ふっ……」
「レオン様、コロッセオまで我慢を……」
「がんばる……ッゲホッ……!」
意識が遠のきそうになるのを、回路が絞められれる痛みで戻ってくる。副作用なのか吐き気もするし、汗も止まらない。こんな症状リネにまで出たら、僕より耐えられるか分からない。
しかしこんな状態じゃ、戦う戦えない以前にまず立てない。どうすればいいんだ。
《ははっ! どーすんだ?》
(タナトスぅ……どーしよう)
《俺もアレとやんのは嫌だな……何より距離を取られ続けたらどっちにしろ俺に勝ち目ねーし》
(だよね……)
僕は今、魔力回路が異常をきたして魔力操作がろくにできない。つまり魔法も使えない。そしてまず立てない。普通にやれば即死する。
かといってリネだけも怖い。それにここはまだ校舎内だ。爆破魔法を派手に使ったら、色々ぶっ飛んで謹慎……リネは平民枠だし最悪除籍。
ここから応援を呼ぶ……のは期待できない。ミョルニルさんは今コロッセオの観客席だろうし。
(詰んでない?)
《だいぶな。矢がリネに当たりゃ終わりだしな》
(タナトスに変わるのも……)
(無理だ。体の性質が多少変わるとは言え、回路が存在する限りこの症状は治んねえ)
(だよね……)
タナトスもダメとなると本格的に詰みな気がする。そう思ってもう無理だと考え始めたその時。
コロッセオの方角から誰か一人歩いてきているのが見えた。小さい体躯に見合わない魔力の圧力。一瞬で誰か分かった。
「我の友に……何をしている。貴様」
「は? か、カイザー・ペンドラゴン……第一王子……が何故この出来損ない公爵と……」
カイザーくんだった。なんでタイミングがいいんだ。好きになるぞ軽率に。
「リネ殿。レオンハルトを運んでくれて、感謝する。少し休んでいてくれ」
「はい。かしこまりました」
「……不愉快だ。我が見上げるのは盟友と神のみ。首を垂れろ」
「ぐっ……!? 急に身体が重く……」
アポロンさんが片膝をついた体勢になる。それを見下ろすカイザーくん。そのカイザーくんの雰囲気は、今までにないほどに揺れていた。
「赦さぬ」




