2.前任者
バレないようにしなければならない。僕がレオンハルト・フォン・ラオ本人では無くて、ただの伊藤零夜だってことを。
しかし前任者の喋り方とか性格とか一切分からないからほぼ詰んでる。こうなったらさり気なくリネに聞いていくしかないか。
「ど、どんなとこに違和感がある?」
「全体的にでございます」
「具体的に!」
「……喋り方ですかね。普段のレオン様はもっと荒めです。あとかなり自己中で身勝手です」
僕はとんでもねえ奴に転生してるのかもしれない。公爵家の次男だろもっと普通というか、まともというかそういう系じゃないのかよ。
でも確かにあの日記に書かれてた事が全て真実なら、荒むのも納得できる。このラオ家というのは本当にめちゃくちゃ名家らしい。しかもこの世界、貴族は魔法の才覚が無ければ凡才と切り捨てられる。そして前任者は魔法の才能が無かったっぽい。
そのせいで扱いは雑、あてがわれたお世話係もリネ一人。しかも家庭教師は律儀にやってくるせいで、どんどん自分の無能さと扱いの悪さに心が蝕まれて結局荒んだって感じ。
「あ〜……なんというか……心を入れ替えた的な?」
「……まぁそういうことにしておきます」
「ありがとうリネ」
「ご飯を食べたら呼んでください。私は部屋の前で待っております」
「わかった」
部屋を出たリネを見送ったところでふぉっと息を吐く。朝ご飯にしてはだいぶと豪華なご飯を食べつつこれからを考えることにする。
転生したのはこの際もう仕方がない。受け入れる他選択肢も無いし、そもそも僕はもう死んだ身だ。二度目の人生を、異世界で送れる事に感謝しよう。
問題は僕の立場だ。公爵家の次男で、出来損ないの問題児。それもただ出来損ないじゃ無くて、剣の腕は明らかに飛び抜けているのに魔法が上手く使えない出来損ない。
こんなややこしい立場で、それも当主なはずの父親に嫌われている状態でこの家に長居はしたく無い。胃が潰れる。
ただ前任者が剣に秀でていたからと言って、僕が剣に秀でているとは限らないよな。だって僕、剣道なんてしたこと無いし。
「まぁ……頑張るか」
前世から出たとこ勝負ばっかりな人生だったんだ。今世だってなんとかなる。多分。
ご飯を全部食べたからリネを呼ぶ。すぐに扉が開いて、リネがお盆を持って食器等を持って行った。今のうちに着替える事に。
にしてもクローゼットの中にある服も全部とんでもないくらい高そうだ。肌触りもすごく良いし、何より刺繍もすごい。これが公爵家、なんとも凄まじい。
着替えてリネを待っていると、今度は違う人が入ってきた。男の人だけど、僕の服よりも装飾が凄い服を着ている。ということはこの人が日記にも記載があった……。
「レオンハルトよ。今日はお前の大好きな剣術の稽古だ。態々王立騎士団の騎士隊長を連れてきたのだから、励むと良い」
「ありがとうございます父上。存分に」
「……うむ」
僕の父親で、ラオ家現当主のアグロス・フォン・ラオ。なんというか威厳に満ち溢れている人だなぁ。僕の顔に似ているけれど、どこか違う。シワの数かな。
それにしても部屋を出る時に一瞬だけ見せた怪訝そうな顔はなんだろう。やっぱり僕が前任のレオンハルトじゃ無いってこと気づかれてるのかな。僕と前任者ってそんなに違うの!?
リネが戻ってきたので、一緒に剣術稽古に向かう。僕にできるのかどうかというのは置いておいて、前任者のことをもっと知りたい。リネに聞いてみよう。
「リネ」
「なんでしょうか?」
「僕って今そんな変?」
「違和感が凄いですね。しかし心をお入れ替えになられたという理由なのでれば、私がとやかく言う筋合いはありません」
「そ、そっか」
なんというか……主人至上主義が行きすぎてるというか。まぁメイド的には大正解なんだろうけど。
《可愛いよなリネ。俺の好みだ》
(分かる。お姉さん系良いよね……っては? 誰?)
脳内に知らない声が響いた。しかもリネを知ってる感じだった。少し待ってみても反応すらない。転生した副作用で、幻聴まで聞こえるようになってしまったのか僕は。
そんなことを思っていると、庭に出ていた。そこで待っていたのは腹立つくらいのイケメン。線は細いけど、水色の髪を靡かせた中性的な顔つき。くそっ好みだよその顔。
「騎士隊長様、お連れいたしました」
「うんっ。君が噂の坊だね?」
「えと……レオンハルト・フォン・ラオです……!」
「んぇ? う、噂と随分違うというか……」
マジでどんな噂流れてるのこれ。前任者相当鬱憤溜まってたんだなぁ。まぁ仕方ないかぁ。
騎士隊長さんの名前はエラン・クラシスと言うらしい。どうやら王立騎士団? でも5本の指に入る実力者のようだ。そんな人から剣を教えてもらえるなんて、前任者は相当剣に関しては頭抜けていたっぽい。
だけど今の僕は前任者じゃない。待ち受けてる結果は一つ。
「えと……聞いていた話とまた随分違うね」
「ごめんなさい……」
「レオン様……? 本当にどうされたのですか? 剣の打ち込み方すら忘れているなんて……」
「面目ない……」
「おかしいな……聞いた話だと、型も流儀もまるでなっちゃいないなに、しっかりと動きが完成されている途轍もない騎士の卵って聞いていたのに」
まさに撃沈だ。剣を握った事すらない僕が、いきなりこんな凄い人と打ち込みなんてできるはずない。
というより前任者は、そんなとんでもない噂を立てられるくらい剣では凄かったのか。貴族じゃなくてただの平民とかだったら、多分そんなに荒まなかったんだろうな。
しかしこの状況をどう突破しよう。もう潔く僕は貴方達の知っているレオンハルトとは違うんですって白状するべきなのかな。
《ここは記憶喪失って事にしておいても良いんじゃねえか》
(あー……でも後がめんどくさくなりそう……)
《始末はリネに任せりゃ良いだろ。従者なんだから》
(……いや待って誰!?)
また幻聴が聞こえてきた。さっきより鮮明に、しかも今度は会話が成立していた。まさか本当に前任者なのか。リネさんを従者として扱っているし。
前任者だとして、なんで会話できてるんだ。こういう転生って基本元の体の人間の魂は無視されて、身体は完全に転生した人のものになるのに。
まさか僕の奥底にまだ存在してるのかな。だとしたらこの身体は今二つ魂がいる状態。めちゃくちゃイレギュラーなのでは。
「まぁっ、良い機会だし。ごちゃごちゃな型と流派をしっかり正そうか」
「は、はいっ!」
そこから数時間エランさんにマンツーマンで剣術指導をしてもらったけれど、一向に良くなる気配がなかった。前任者の責任は重い。最後別れる時に期待外れだったみたいな顔をされたのだから。




