幕間.我、剣に愛されて
「レオン様。起きてください」
「……はぁ……もうかよ」
「おはようございます。レオン様」
「おうリネ。着替えとくから、飯頼む」
「かしこまりました」
朝。憂鬱な一日の始まり。俺はレオンハルト・フォン・ラオ。どこにでもいるただの貴族……ってわけでも無く、名門公爵家の次男だ。誠に残念なことにな。
俺の扱いは良く無いというか悪い。理由は俺が魔法を使えないから。この家は魔法を使えないと貴族として生きる権利を奪われてしまう。全ての貴族がそうなのかと言われれば、一概にそうじゃねえとは思う。でもここはラオ家。
「……あー……死にて……」
そう思うことが最近ずっとある。寝る前も、このままポックリ逝ってねえかなとか。そして起きるたび、死んでねえかって思う。リネの顔を見れば少し安心するけど、それも気休めだ。
この世界では、貴族は魔術師になるのが基本線。平民で才覚を認められたものも魔術師になる事があるが、平民は騎士になったり色々な職につく。
貴族は魔術師以外そこまで職に自由がないが、魔法関連の職は大体就ける。騎士にはなる事がほぼない。なにせ剣術に秀でるものがそこまで生まれないから。魔術に秀でているものが生まれるのが大半だからだ。
「……」
「レオン様……ご飯はもうよろしいですか?」
「……あー……なんか食う気になんねぇんだよな……心配かけるなリネ」
「痩せてしまいますよ?」
「……それも、いいかもな」
痩せて痩せて、最後には消滅するのも悪くない。死ねるなら何でもいい。でも死んでしまったら、剣を握れなくなる。剣を握れなくなってしまったら、死んでしまう。俺は呪いのように剣に愛されてしまっている。
兄貴も剣に愛されている。だが兄貴は同時に魔法にも愛されていた。だからラオ家の最高傑作として王宮に出入りしていたり、婿として王家に迎えられる話も出てるくらいだ。
栄光しか無い兄貴と、地を這いずり何も無い俺。剣に愛されているのは変わらないのに、何故こうも違うのだろう。
「レオンハルト」
「ん? あぁ、兄貴か」
「どうした? 随分と顔色が……」
「どーもしねぇよ。ちょっと飯が食えないだけだ。別に何もねーから安心しろ過保護兄貴」
兄貴は父とも母とも違う。優しくて、俺を想ってくれている。そしてそのせいで、現当主の父に激しい嫌悪を抱いている。兄貴には理解できない。ただ公爵家に生まれただけの、剣に才覚がある子供を何故そんなに毛嫌いするのかが。
兄貴に背を向けて歩き、庭の方に行くと今日の家庭教師さんがいた。王立騎士団第四小隊副隊長のリーン・アスペトラという綺麗な女の人。
「第四小隊は技の達人が集まる場所です。今日は貴方に受け流す事の重要性を知ってもらいます」
「ふーん……受け流すか……」
受け流すなんて甘っちょろい考え、俺は微塵も考えた事がなかった。だってどの家庭教師の王立騎士団の奴らもみんな、自分の得意を教えて実技に移れば攻撃される間もなく倒せたから。
教えを受けた全てを混ぜ、自分仕様に高める。そして相手を完膚なきまで叩きのめす。特に王立騎士団の奴らは、俺を舐めている節がある。仕方ないにしろ頭には来る。
しかし相手の剣を受け流し攻撃をいなす剣術は、俺が思ってた以上に洗練されていてかつ防御手段としてあまりにも効率的であった。俺の全力の一太刀を軽くいなされるとは思いもしなかった。
「どうでしょうか? 流石の『異端』様も、この剣術の凄さは理解いただけまし……」
「うしっ……理解った。打ち込め」
「へ?」
「来い。もうそれは『理解った』。全力で来い」
持っている木剣を握り直し、切先をクイッとさせてリーンを煽る。確かに軽くいなされるとは思ってはいなかったが、教材は充分見せてもらった。もう受け流す剣術は『理解』に及んだ代物だ。
リーンは半分くらいの力で木剣を振り下ろしてくる。それを軽くいなしてから片足で思い切り踏みつける。
「なっ……!?」
「剣に意識が向きすぎてんぞ! 副団長様!」
「がっ……は……」
脇腹に思い切り木剣を振り切って、更に鳩尾に突きを入れる。そこから前腕に剣を振り下ろして、木剣を握れなくする。
リーンは俺の動きに付いて来れる気配すらなく、そのまま俺は足をかけて転ばせた。首を踏みつけて呼吸を封じ、木剣を腹に向ける。リーンは俺を見る。
まるで忌子に恐怖の目を向けるように。
まるで勝てない相手に絶望するかのように。
「ふはっ……あははははっ! はっはははははは!! んなもんかよ、第四小隊」
「……カヒュッ……」
俺はレオンハルト・フォン・ラオ。『異端』と呼ばれるラオ伯爵家の次男坊。魔術ではなく剣術の才に目覚め、剣に愛されてしまった、悲しき人間。
誰か、誰でもいい。俺を殺してくれ。




