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29歳ゲイのエロくない短編集  作者: 赤井獺京


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あの動画を載せたの、だーれだ。 1

僕が悪いんです。ごめんなさい。


 あの動画を撮っていたのが誰なのかは分からない。正也や健、和弘もいたはずだ。いつものメンバーでいつもの休み時間だった。


 それとその時にトイレに居合わせたやつもいたから十人くらいはいたはずだ。結局警察の安西さんは撮影者が誰なのか、誰がネットに流したのか教えてくれなかった。あの場には僕以外もいた。僕だけが悪いわけじゃない。誰かが止めてくれればよかったんだ。


 でも僕が悪いんです。ごめんなさい。こんなことになるなんて思っていなかった。亮介が生意気だからつい頭にきて、ヒートアップしただけなんだ。いじめなんかじゃない。そんなんじゃない。お遊びの延長戦だ。それなのにこんなに叩かれるなんて。



 でも僕が悪いんです。ごめんなさい。こんなはずじゃなかった。本当に反省しています。外を歩けば指をさされている気がした。通り過ぎる人、横断歩道の向こう側、知らない人達が僕を指さす。


「被害者の顔面に蹴りを入れていた子だ」「あの桑原光大だ、森山高校の」「よくあんなことしておいて外歩けるな、死んじゃえばいいのに」「引きこもってろ」


僕はすごいことをしたわけじゃない。銀行強盗もしていない、人も殺していない。それなのに顔も名前も、通っている学校も電話番号もSNSに晒された。


ネットのおもちゃにされた。


意を決して顔を上げると誰も僕を見ていなかった。また下を向いて歩き始めると指をさされているような気がして早足で家に帰って鍵を閉めた。


 あの日は中間テストが終わった翌日でみんな気が抜けていた。正也達と教室の後ろでくだらない話をして、部活も休みだから放課後どこに行くかを話していたんだ。担任の原田先生が教室に入ってきて良いことがあったのかニコニコ顔で出欠を取り始める。一番前の席の和弘が原田先生に、何かいいことあったんですか、と聞くと「まあな」と言ってにやついた顔をみんなに向けた。


 ホームルームが終わるとクラスの女子達が、なにがあったのか教えてくださいよ、と先生に詰め寄った。先生は焦らして、帰りのホームルームで教えると言って教室を出て行った。結局その良いことが何だったのかは聞けないままだ。


 そして二時間目の体育の時間だった。フットサルでチーム分けが終わって試合を始めるぞってタイミングで原田先生が校庭にやってきた。体育の須田先生に耳打ちで話をしてから僕を呼んだ。僕はまさか自分が呼ばれるとは思っていなかったから、急に大声で呼ばれて心臓が止まるかと思った。原田先生は朝のにやけた顔と違って真剣な顔で額に汗をかいていた。


 先生はついてこいとだけ言って歩き出して、これは良くないことが起きたんだ、それだけは分かった。おばあちゃんが倒れたか、それかお父さんお母さんか……。僕は先生の後を歩きながら起こりうる悪いことを全部考えた。先生は校長室の前で止まって扉をノックした。息が止まりそうなまま中に入ると校長先生と警察官が二人いた。僕は呼吸の仕方を忘れてしまった。

 

 警察……。僕は怖くなって逃げ出したくなった。だけど後ろを振り向くと隠れていた教頭先生に扉を閉められた。万引きなんてしていないし、悪いことをした記憶も無い。なにもしていないはずなのに、息が苦しいことに気が付いて誰にもばれないように静かに鼻から息を吸った。呼吸をすることすら許されないくらいに静かな空間だった。


「光大君ここに座って」と校長先生は優しい口調で僕に言った。警察官二人は机を挟んだ反対側に座っている。他の先生たちは机を囲うように周りに立っていた。


「なんで呼ばれたか、分かるよね?」


右側に座っているガタイのいい怖そうな警察官が僕に聞いた。僕は分からなくて首を横に振った。頭が追い付かなくて涙が勝手に溢れてきた。左側に座る優しそうな警官が僕の目を見て言った。


「嘘は良くないから、正直に話してくれるかな」と言う優しそうな警官の口調は一番冷たかった。僕は本当に何も思い当たらないんですと言った。するとガタイのいい警官がスマートフォンを取り出して、ある動画を見せてきた。


動画に移るのは僕で、僕が亮介を袋叩きにしている動画だった。殴って倒して、馬乗りになって叩いていた。動画に移る僕は、死ねよ、と言いながら亮介に攻撃している。僕はそれを見て思い出した。クラスメイトの亮介と揉めて頭に血が上ってしまった。その時は何も考えずにああなってしまったけれど、そのあと一応謝って今では仲直りはしたつもりだった。亮介がチクったのか?でも今さら? もう半年は前のことだ。考えがまとまる前に冷たい口調の警官が僕に聞いた。


「思い当たることあるよね?」


僕は黙って頷いた。


「この動画に映っている人全員教えて、光大君が殴っている子も」


 動画がまた初めから再生されて、動画に映る全員を一人ずつ指さして名前を言った。そして教頭先生はそれをメモして原田先生にメモを渡した。


僕は冷たい口調の警察官に連れられて別室に移動した。そこで事情聴取をすると言って動画で起きたことの経緯を質問された。僕は正直にそれに答えた。


「なんで相手に手を出したの」


「頭に血が上ってしまって抑えられなくて」


「何が原因で頭に血が上ったの?」


「亮介……君がふざけて僕の頭をその前に叩いてきて、やめてって言ってもしつこくて」


「おふざけだって分かってたのに馬乗りになって殴ったんだ」


「……はい」


 言い訳はせずに聞かれたことに正直に答えた。冷たい口調の警察官は僕の話したことをパソコンで打ち込んで、終わったらまた質問するのを繰り返した。パソコンのタイピング音を聞きながら待っている時間が、次は何を聞かれるのだろうという恐怖で永遠のように感じた。


 それはチャイムの音がなり終わって次のチャイムが鳴るくらいまで続けられた。そして僕は解放されて教室に戻された。


 教室に戻ると黒板に大きな文字で実習と書かれていて僕が名前を言った正也や和弘、亮介たちは教室にいなかった。先生もいない。教室に入るとみんなが僕に振り向いた。みんな携帯を触っているから先生かと思ってこっちを見たんだと思った。だけどその目線は、僕が席に座っても続いた。

 

 先生があの動画のことをみんなに話すとは思えない。だけどみんな僕の方を見てひそひそ話している。僕は隣の席の朱音さんに話しかけた。普段はそんなに話すことは無いけれど明らかに僕を見ている。


「どうしたの、顔に何かついてる?」


「い、いや……」


「なんでみんなこっち見てるの」


 朱音さんのスマホの画面が見えた。スマホではあの動画が再生されていて、僕は分けが分からなくなった。


「その動画、どこで……」


 朱音さんは怯えるように席を立って僕から逃げていった。廊下側の席で集まる女子達が朱音さんを手招いて呼んだ。まるで僕が変態おやじで朱音さんに変なことをしたみたいに冷たい目で睨んでくる。そして聞かなくてもすぐにその理由は分かった。


 SNSを開くと検索欄のトレンドに『いじめ 動画』と入っていて、僕は恐る恐るタップした。するとあの動画がSNSに広がっていた。あの動画だけじゃない。『特定班求む』と動画に書かれていてそのコメント欄には僕の個人情報が載せられていた。

 

 中学校時代の卒業写真と僕の住む住所、家の電話番号までだ。それと同時に僕の携帯に非通知の番号から電話がかかってきた。電話は切れると非通知から、また非通知から、僕は怖くなってスマホの電源を切った。そしてカバンの奥に突っ込んだ。そうしてもどうにもならないことは何となく分かっていた。


 教頭先生が前の扉から入ってきて僕を呼んだ。僕は黙って立ち上がって廊下に出る。立ち上がるとみんな僕を見て、僕が歩くと体を避けた。同じ極の磁石が近づくみたいにだ。教頭先生はついてきてと言って、それ以外何も言わなかった。またさっきとは違う別室にそして別の警察官がいた。


「初めまして、生活安全課の安西です。さっきの二人は他の子たちの調書をしているから今は僕が別件を担当します。動画の事実はいけないことだけど桑原君の個人情報がネットに広まってしまっているんだ。もう知っているかもしれないけど」


 安西という警官はあのガタイのいい警官よりはるかに優しそうな見た目で、あの冷たい声の警官よりはるかに優しい声だった。僕は黙って頷いて話を聞いた。


「親御さんのお名前と連絡先を教えてくれるかな。僕から状況を説明するから、今連絡がつくと良いけど、二人とも働いてる?」


 僕は黙って頷いて差し出された紙に名前と電話番号をかいた。そして僕は一人でその部屋で待たされた。十分、いや一時間、二時間、チャイムの回数も数え忘れた。部屋の時計は二時ちょうどで止まっている。外で足音がするたびに入ってくるのか気を張ったけれど誰も来なかった。


 次に扉が開いた時に入ってきたのは安西さんと父さんだった。僕は気まずくて顔を背けた。いつも怒らないと父さんでもさすがに怒るだろう。父さんは何も言わずに黙って座った。安西さんは早速ですが、と話を進める。


「お忙しい中、急にお呼びして申し訳ございません。電話でもお話ししましたが光大君が同級生に暴力を振るっている動画がネットで拡散されているのです。暴力の事実は良くないことですが、この件はまた別で起きているのです。いわゆる特定班と呼ばれている人たちが光大君の情報をSNSに晒しているんです。名前から住所に電話番号、通っている学校も流出してSNSでおもちゃにされてしまっているんです。言い方は悪いですが、まさにその状態です。お父さんはSNSをやっていますか?」


「そんな、いったいどこから個人情報を……。アカウントはあるくらいで使ってはいませんが」と父さんは焦り口調で言った。


「現在捜索中ですが拡散された数が多くて初めの投稿をした人を見つけるのは正直難しいかと思われます。それにあの動画を投稿したとして罪に問えるかどうか分かりません。今必要なことは光大君の身の安全と、事態の急速な鎮火です。校長先生ともお話しして事実確認後に学校から説明を込めた謝罪文を公表する予定です」


「謝罪文って、こっちが被害者なのに」


「あくまでも事態を収めるためです。形式上の物ですから、それに暴力を振るった動画が世に回ってしまった以上悪者は光大君になっています」


「その動画見れますか」と父さんは言った。安西さんは僕の顔を見て、また父さんの方を見て言った。


「ええ、ネットで調べればすぐに目に入るものですから」


 僕は安西さんの取り出したスマートフォンを奪って地面に叩き割りたい気分だった。父さんのスマートフォンも、僕のも、この近くにあるもの全部、それどころかこの世の全てのネットにつながる機械を壊してしまいたい。そうすれば父さんが僕の目の前であの動画を見ることはない。そんな願いも空しく安西さんは動画を再生した。


 三人だけの部屋でスマートフォンの中から僕の、死ね、や殺すぞと言った声と周りの友達の笑い声、亮介の止めてという声が鳴った。僕は心臓が握りつぶされたような気分だった。いっそのこと握りつぶされて死んでしまいたかった。事実はどうであれこれじゃ僕が悪者にしか見えない。


「今後何度か事情調書を行うので、光大君には警察署の方に来ていただきたいのですが、次回は明後日の一四時頃はいかがでしょうか」と安西さんは動画が終わるとスマートフォンをしまって聞いてきた。


父さんはスマートフォンのあった場所を見つめたままでいる。安西さんが何度か、お父さんと呼び掛けてようやく反応した。そして僕に確認することなく、はいと返事した。一刻も早くこの場所から逃げ出したかった。


「それとご住所が拡散されてしまった以上、出来ることであればどこか別の場所に避難をした方がいいかもしれません。嫌がらせや、面白半分で近寄ってくる人が出てこないとも言えないので」


「避難と言っても、他に住む場所なんて」


「お父さんのご判断にお任せします。見回りの強化も実害が出ないと行えないので」

 今すぐ眠って夢の中に入り込みたい。そしてそこから二度と戻ってこない。僕は頭の中で、あー、と叫んで余計なことを考えないようにした。


今日は以上ですと、安西さんが先に立って扉を開けた。父さんが先に部屋を出て僕は後について歩いた。昇降口で靴を履き替えて、駐車場まで歩いて車に乗り込む。エンジンがかかって走り出して、校庭では野球部の掛け声が飛んでいた。


 普通の日常なのに、この車の中は閉じた棺桶みたいに息苦しくてお葬式みたいに空気も重かった。家の駐車場に車が停車するまで父さんは一言も話さなかった。ラジオが流れていただけで、それも明日は雨が降るという情報しか耳には残らなかった。


 車から降りようとすると光大と名前を呼ばれて父さんの方を見た。父さんはこっちを見ずに前を向いている。


「母さんには俺から説明しておくから今日は部屋で休んでろ。疲れただろ」


僕はうんとだけ頷いた。部屋に戻ると一日中我慢していたものが涙になってあふれ出てきた。どうせなら叱ってほしかった。殴られたり怒鳴ってほしかった。そんなことは父さんにも母さんにもされたことは無いけれど、そうして欲しい気分だった。とにかく優しい言葉をかけられるのが一番つらかった。


 夕飯を食べてお風呂に入った。いつもその後はリビングでYouTubeを見るのにテレビを占領しているけれど今日は部屋に戻った。スマートフォンは電源を切ったままだ。電源を入れるのが怖い。読書でもしようかと本を開いてみたけれど一文字も頭に入ってこなくてやめた。玄関が開く音がして母さんの、いつも通りのただいまが聞こえてきた。僕は息を潜めて音がしないようにした。


 しばらくすると階段を登る足音が聞こえてきて、急いで布団に潜り込んだ。それと同時にドアがノックされて扉が開いた。僕は寝ていたふりをして、扉を見ると立っていたのは母さんではなくて父さんだった。


「母さんからは何も言わないって」


それだけ言って扉が閉まった。


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