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第10話「旅芸人フェスで供給計画」

 祭りは、町の鼓動が表に出る日だ。

 旅芸人フェス当日、広場には仮設の舞台、屋台の連なり、顔札(火版/湯版/炉版)が鈴なりに吊られている。風が通るたび、**「り」「り」「ん」**と、合意の音が散った。


 主催の旅芸人頭が胸を叩く。「供給計画を“演目”にするって話、乗ったよ。歌で路線図を覚えさせ、踊りで手順を刻み、笑いで署名させる。難しい話は、可笑しくするのが芸だ」


 ぼくらは三つの屋台を用意した。

 一つ目は〈温度辞書・暫定版〉配布所。顔の言葉と数値の橋、誰でも検査の小冊子。

 二つ目は〈ひだまりベンチ〉。座面の下に石の時間、背には放熱翼、座る人の背中に**「大丈夫」が書ける設計。

 三つ目は〈路線図歌レッスン〉。温度琴とよし鈴**を並べ、子ども温度係が先生を務める。


 開幕の合図は、芸人の笛。

 ♪ いちどだけ いちどだけ

 ♪ 路線は湯宿から ひだまりへ

 ♪ ほぐし・芯しずめ・ひだまりで 拍を合わせて前へ行く

 舞台の上の大布に、ミアが描いた温度路線図が広がる。湯宿中央駅から放射状に伸びる温室線・燻小屋線・鍛冶場線・孤児院線、更に昨日設けた峠分校線。各駅には**待避一分ひだまり**の丸印。


 芸人頭が観客に呼びかける。「署名が必要だ、みんな。供給の条文に。粉・塩・竹籤の定期、子どもの授業、共同規格、失敗の記録。名前を書ける者は書く勇気を、字が書けない者は印を。名を残せば温度は長持ちだ」

 広場の端に役場の机が据えられ、行政官が判と名簿を整える。祈りの人は、その横でひと匙湯を胸に置く手順を希望者に教えている。


 問題は風だった。

 昼前から北の空が暗く、突風が舞台の幕をはためかせ、屋台の火を不機嫌にした。商人ギルドの男が、ここぞとばかりに炭団と温湯を高値で積み上げる。

「速さが命だよ、祭りは。買うなら今」

 湯守りが黙ってひだまりベンチの石袋を入れ替え、放熱翼を二枚足す。ベンチの背で**「り」が鳴った。

「速さは拍**。ずれを直すのが仕事だ」ぼくは男に返す。「高い速さは拍を乱す」


 一幕目〈湯版・三帯舞〉。

 舞台中央に置かれた木札と砂時計。踊り手がほぐし(1分)を軽快に、芯しずめ(3分)をゆったり、ひだまり(1分)をやさしく踊り、砂が落ちるたび鈴が二拍鳴る。

 医師が横で解説を付ける。「末梢循環、深部温、精神の前庭——専門語は後ろに貼る。前に出すのは誰でもの言葉」

 観客が笑いながら体を揺らす。揺れは温度だ。冷えは、立ち止まると勝つ。


 二幕目〈火版・母音合唱〉。

 グリンダ婆が指揮棒(槌)を振り、顔札(火)を会場に配った。合図でそれぞれが「り」「ろ」「ら」を鳴らす。

「良は『り』、鈍は『ろ』、荒は『ら』!」

 子ども温度係が温度琴で基音を響かせ、観客が追いかける。音のうねりが送風の拍に乗り、舞台裏の炉のドラフトが安定する。鍛冶場の火は、遠いのに、祭りの拍で呼吸を揃えた。


 三幕目〈路線図の踊り〉。

 ロープで地面に路線を描き、参加者が駅から駅へとステップを踏む。各駅で誰でも検査(冬版)の三項目を一分で読み、署名して次へ。

 「窓(結露)!」「床(足音)!」「人(手の温)!」

 署名の列が踊りに変わる。可笑しさが怖さを剥がし、手順が祭に昇格する。


 そのとき、舞台脇で事故が起きた。

 照明用の油灯が突風であおられ、布の端に火が走った。

 観客が息を呑む半歩の間に、ぼくは**−1℃で布の裾を重くし、上端に+1℃を薄く流した。上昇気流が油煙を上へ引き、横への延焼を切る**。

 ミアが放熱翼を扇のように使い、火の顔札の前で**「ら→り」へ音を戻す。

 祈りの人がひと匙湯を手巾に含ませ、布の端を押さえ冷やす**。

 三十拍。火は舞台から退場した。

 芸人頭が機転を利かせ、舞台の中央で高らかに叫ぶ。「今のが“運用”! 怒りより改訂、水より拍、群衆より手順!」

 笑いが戻り、拍手が温度を上げる。


 休憩の間に、行政官が条文の写しを掲げた。

 〈供給協定(祭版・暫定)〉

 一、粉・塩・竹籤は路線図に沿って駅受け渡し。

 二、誰でも検査は三人一分、署名必須。

 三、子ども授業は毎日一時、公開。

 四、失敗の記録は祭の前座で披露(笑って学ぶ)。

 名を残す欄が大きい。

 商人ギルドの男が渋い顔で寄ってくる。「金印を押せば信用が付く。有料だが」

 行政官は静かに答える。「顔札と署名で信用は走る。金印は遅い」

 男は唇を噛み、検討という冬の言葉を置いて去った。


 午後の部。

 孤児院の子らが舞台に上がり、温度琴の合奏。短い曲を二回。足りない余白が明日を生む。

 峠分校からは使者が来て、石袋と放熱翼の貸し借り台帳を披露。「借り借りの欄に**−1℃の影**を付けると、返したい気持ちが増える」

 観客が笑い、署名が増える。


 王都の役人も来た。頬はまだ冷たく、目は熱を帯びている。

「北市の保育院、ひと匙湯とひだまりベンチで夜を越えました。パン工房は**“蒸気の宥め”で一次が戻る。——お願いです、“種芋の温貯蔵”の手順も共有を」

 ミアが目を丸くする。「種芋……そうか、春のパンの粉は今の芋の上にある」

「供給計画に畑を編入する」ぼくは即答した。「温度の倉を作ろう。冷の仕事と温の毛布の二重底**で」


 夕暮れ、祭は合奏に入った。

 舞台の布に路線図、屋台で辞書、椅子でひだまり、鈴で拍。

 旅芸人が締めの曲を歌う。

 ♪ いちどだけ いちどだけ

 ♪ 署名は線になり 笑いは橋になる

 ♪ 失敗の語が 辞書を太らせ

 ♪ 冬のページは 長持ちで閉じる

 最後の和音で、町じゅうの顔札が**「り」**で揃った。見事。


 片付けに入る前、水琴窟が一度鳴った。

 合図は**「了解」。今日の運用が明日の規程になる音。

 湯守りが小さく言う。「祭は鍋の底だ。焦がさなきゃ旨味が回る」

「焦げそうになったら−1℃で鍋を持ち上げる」ぼくは笑う。

 ミアは温度辞書**に新しい章を綴じ、題名を書いた。

 〈畑と倉の“あと一度”〉。


 屋台をたたんで帰る道すがら、商人ギルドの男が一人で立っていた。

 笛パンを一つ買い、金印ではなく名を書いて去っていった。

 背中の寒さは、少しだけ薄くなっていた。


 夜。湯に浸かる。

 ぼくは指先+1℃で今日の拍をなぞり、−1℃で興奮の角を丸めた。

 祭は祝日で、手順は平日。明日は倉の設計、種芋の温貯蔵。

 最弱の辞書に、また一枚、長持ちのページが足される。


――


《今日の±1℃メモ》

・祭の火消し:布裾−1℃で重さ、上端+1℃で上昇気流を縦へ→横延焼をカット。放熱翼で**「ら→り」へ戻す。

・三帯舞の運用:ほぐし1分/芯しずめ3分/ひだまり1分。木札+砂時計+二拍鈴で誰でも**。

・路線図歌:駅ごとに誰でも検査(窓/床/人)。三人一分・署名・笑いで定着。

・顔札の母音:火=り/ろ/ら、湯=う、パン=ぱ、温室=ん。音で拍と機嫌を共有。

・ひだまりベンチ強化:石袋交換+放熱翼追加=風下でも“り”。

・借り借りの影:貸出台帳に**−1℃欄**→返済意欲を可視化。

・舞台照明の運用:油灯は風下側−1℃で重さ、風上側+1℃で煙を上へ。葦束と手巾のひと匙湯を近くに常備。

・祭版供給協定:粉・塩・竹籤駅受け渡し/三人一分検査/子授業毎日一時/失敗前座。

・次の課題:種芋の温貯蔵=冷の仕事×温の毛布の二重底。


次回:第11話「種芋バンク(温貯蔵)」——春のパンは冬の芋で守る。土の冷と布の温で、芽の拍を揃える。

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