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9.あともう一人が遠い

 今日も外はからりと晴れている、地窓から入る風が心地よく。稽古でこもった熱が払われるようだ。


 高橋先生から集合がかかり、剣道場の神棚の前に集まった。


「六月二日、三日にインハイ予選があります。団体には瀬良垣君、須佐君、斎藤君でエントリーしました。個人は四人とも申し込みました。そのつもりで稽古に励んでください。それに合わせて県西地区合同練成大会が行われます。日付は今週末の土曜日です。場所は隣の市のアリーナです」

 それを受けたみんなの表情は様々だ。うれしそうな瀬良垣、驚いて固まる斎藤。染森は何かワクワクしてるようだ。

 俺はどういう表情なのだろう。


「あと一人入部が叶わなければ最後の試合になると思います。気を引き締めてください」

 それもまた切羽詰まった事実だ。


 二人いっぺんに入ってくれたことに喜んでいたが残り一人がどうも見つからない。ただ、今の四人でも楽しくてつい部員集めに身が入らなかった。ここまで調子よく集まったからとのんきに構えすぎていたかもしれない。

 いま改めて現実を突き付けられてしまった。


「まぁ、それは置いておいて……防具などは前日の練習終わりにここの玄関に置いておいてください。私が車で運びます。皆さんは現地集合でお願いします。では、お互いに……礼」

 先生はそう言って立ち上がると、うーんと腰を伸ばしてから出て行った。



「他の学校の剣道も見られるってことだよな」

 染森が嬉しそうに言う。

「ああー……試合かー、うまくできっかな」

 斎藤が頭をまぜっかえしている。

「まずは稽古だ!稽古!」

 瀬良垣はぐんとやる気を出した。


「なぁ、俺らはもっと真剣にもう一人を探すべきなんじゃないか?」

 三人の視線が俺に集中した。つい大きな声で言ってしまった。ごまかそうと口を開くが声は出ず唇をかんだ。


「まぁ、焦ったって見つかるもんじゃないし」

「そうかもだけど……部活なくなっていいのか?」

「なくなっていいとか言ってない。無駄に焦るなって言ってんだ」

「無駄とかいうなよ」

 俺は言い返してくる斎藤を睨んだ。瀬良垣が俺を、斎藤を染森がまあまあとたしなめる。

「どうしたんだよ、(あきら)。なにダルがらみしてんだよ」

 瀬良垣が心配そうに顔を覗き込んでくる。


 剣道部が無くなるかもと思った瞬間、居場所を失くす恐怖にとらわれていたなんて言えなかった。剣道部は家の次に安らげる場所になっていた。斎藤に言い返しながら頭の隅でもう一人の自分が八つ当たりだろって言ってきたけど俺には止められなかった。不安や焦りは怒りの感情に似ている。


「ごめん……頭冷やしてくる」

 俺はそのまま、靴を履いて外に出た。外はサンサンと日が照っていた。グラウンドでは運動部が部活をしていた。遠くに赤い頭が見えるから、あれは土木測量部のれお君だ。サッカー部のボールを蹴る音、野球部のバットの音、テニス部の笑い声、校舎内では吹奏楽部のラッパの音が聴こえる。彼らは当たり前に部活動にいそしんでいる。彼らには部が無くなる不安なんてないんだろうな。

 とりあえず、適当に走って苛立ちを振り払うことに専念した。



 剣道場内に入るとひんやりとしていた。走ったことで熱くなった体が冷めていく。

 三人は素振りをしていた。帰ってきた俺を見て動きを止める。


 俺は斎藤に駆け寄って頭を下げた。

「斎藤ごめん。本当にただの八つ当たりだった」

「いや、気にすんな。須佐も虫の居所が悪い時があるんだな」

 揶揄うような口調なのは俺に気を使ってだろう。もう一度ごめんと言って稽古に混じった。




土曜日。


 俺たちは駅に集合してバスでアリーナに向かった。

 駐車場で待つ高橋先生と合流し、防具を受け取って更衣室に向かう。先生たちはインハイ予選の説明会に参加し。俺たちは体育館内で一斉に試合をする。


「わー女子がいる」

 染森が思わずという風に言った。それは俺も思った。瀬良垣と斎藤が苦笑いをしている。


 集まっているのはうちを含めた近隣の八高。女子は七高がエントリーしている。

 今日は団体戦のみの勝ち上がりトーナメントだ。俺たちの一回戦の相手は普通科高校で、第二コートの二戦目だ。

「やった、一回戦。青波だ。ラッキーだな」

 トーナメント表を見ながら対戦する部員がそう言っていた。一つ勝ち上がればベストフォーというこの錬成大会は普段勝てない学校も賞状がもらえるチャンスである。


 団体戦において、三人しかいない場合。必ず二本負けが二つ付く。つまりこちらは一人でも負ければ負けになり。二人勝っても本数が足りなければ負けになる。つまり俺たちは最低でも二人が二本とって勝ち。一人は一本以上で勝たなければならない。

 三人しかエントリーしていない俺たちは無謀と取られて仕方ない。


 だが負けるつもりはなかった。

 瀬良垣と斎藤と視線が合う。二人にも聞こえていたみたいだ。二人とも瞳をたぎらせている。

 俺もなんだか燃えてきた。


 俺たちは検量場に並んだ。何もかも初めての染森に瀬良垣が説明をしていた。

 検量を終えたら、シールを貼ってもらってアリーナに入る。入り口ではしっかりと礼をする。もうすでに準備を終えて練習を始めている高校もいるようだ。



 六面あるアリーナは広々していて、切り返しをしても周りに気を遣わずにできそうだ。

「今更だけどさ。さっきのちょっとイラっとしたよな」

 瀬良垣は真っ直ぐ見たままうなずいた。斎藤もうなずく。

「ボクは応援だけど、イラっとした」

 染森も切り返しの相手するために面をつけた。たぶん、うちの部で一番頑張っているのは染森だろう。ゼロから始めて、今は面をつけて切り返しを受けるまでに成長している。

よろしくお願いします。とお互いに礼をして、切り返しを始めた。パンパンとメンを打ついい音がした。



「よろしくおねがいしぁあっす!」

 気合の入った掛け声が入り口に響く。西城高校だ。全員同じ道着袴、同じ胴を付けていた。びしっとした歩き方で場内を進む。気圧された他校が割れて道を譲っている。

 彼らはきれいにメンを並べると、練習を始めた。それはもう圧巻の良く揃った動きだった。声も出ている。浮ついていた場内がピシリと引き締まったように感じる。

「さすが、西の強豪、西城だ」

 斎藤が言うにはこの県は県北 中央東 県西と三つの地区に分かれている。

 県西地区では西城高校。美浜商業がいわゆる強豪校と言われていた。特に西城高校は全国大会にも出場経験があり、指導者には全国大会に入賞経験のある先生がいる。部員数は三〇人ほどいて、近隣では一番多いそうだ。


「さぁ、気を取られないように。僕らも練習しよう」

 瀬良垣がそう言うまで、俺たちは彼らの練習にみとれていた。


 気合を入れるため。腹から声を出した。


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