7.おやおやおや?
「あの、じゃあ審判しましょうか?」
斎藤君が審判を申し出てくれる。
ストップウォッチをカチャカチャっと触って、使い方を確かめ始めた。
「四分でしたっけ?」
「あぁ、うん」
斎藤君は主審の場所に立っている。
(おや?)
俺たちは開始線で蹲踞をする。
「始め!」
斎藤君が声を張る。
(おや?)
「ヤァアアアアア!」
「シャァアア!」
剣先を外さず、前後に揺れながら出方を見る。瀬良垣は足が長いから、遠間からでも打ってくる。油断ならない。物うちに当てながら、気勢を発する。間合いを詰めては離れてを繰り返す。
瀬良垣の構えはいつ見ても隙がない。隙がないなら作ればいい。
剣先を上げて、メンを狙う。だが、これは誘いだ。軽く振り上げたメン。瀬良垣が受けようと竹刀を横に倒したのを見計らって大きく右手を返して引きドウ!
「ドオォオオオオ!」
「ドウあり!」
斎藤君がばっと手を上げて叫んだ。
(おや?)
俺たちは何食わぬ顔で、開始線に戻り構える。
「二本目!」
(おや?)
「シャァアアア!」
「ヤーー!」
瀬良垣は牽制しつつ、間合いを遠くした。つまり自分の間合いだ。俺には少し遠い。俺は大きめに前後に揺れながら狙いを定めるもまだ遠い。
「コテェエ、メェーン!」
ダンダンと床を打つ足の音と共に一瞬で目の前に瀬良垣が来た。コテは避けたがメンまでは避けきれなかった。
「メンあり!」
斎藤君がぱっと手を上げた。
もう隠せなくなっているぞ、斎藤君? もしかして隠す気がないのか?
俺たちは開始線に戻って、また剣先を合わせる。
「勝負!」
斎藤君の掛け声とともに、俺は俺の戦い方をする。遠間だと不利だから、極力間合いを詰めて、近い間合いをとる。焦れた様子の瀬良垣がメンを打ってくる、そこを合わせて左に抜け体制を整える。瀬良垣もまたしっかりと構えていた。
(どんな技でくる? どう打ってくる?)
彼が竹刀を握る手元を見ていた。ふいに手が上がったのに気付いて竹刀を上げた。
「コテェッテエエ!」
パシンっと音を立て瀬良垣が横を抜けていく。うわぁあ、さっき俺がやったことをやり返された。
瀬良垣はほんといい性格してる。メン越しにニヤリとしているのが分かる。
「コテあり!」
開始線に戻りお互い蹲踞する。
「勝負あり!瀬良垣」
場外に出たあとダッシュで、斎藤君の元に集合する。
「斎藤君……どういうこと!? 君、経験者なん」
斎藤君は俺らの迫力に一歩引いたが、にやりと笑って小さくうなずいた。
「あぁ、俺中一まで剣道やってたんだ。中学の先輩のしごきがきつくて辞めちゃって」
俺たちはうんうんと大きくうなずきながら話の続きを催促する。
「それで?」
「でも嫌いじゃなかったし……」
「「なかったし??」」
「染森が見学にいくって言うから、見て良さそうなら入部しても良いかなって」
「「オォオオオオオオオオ!」」
二人でコテをぶつけ合うハイタッチをした。
「「それで?どう?」」
瀬良垣も俺も興奮して斎藤君に詰め寄った。
「入部……したいです……」
「やったぁああ!」
瀬良垣と手をつないで斎藤君の周りをくるくる回った。斎藤君が迷惑そうな顔をしているが構わず三周した。
やった!待望の三人目!!しかも経験者。これでひとまずインハイには団体戦にエントリーできる。
斎藤君は顔を困惑に染めつつ。
「でも、俺二人みたいに強くないぜ、ブランクあるし……小学校の時の成績も良くないし……」
「ブランクがあろうと、初心者だろうと俺たちが責任をもって助けるから!!ありがとう斎藤君!」
斎藤君は俺たちのオーバーリアクションに苦笑いを浮かべる。
「てか、あいかわらず剣道って臭いね」
と言った。
「なぁ卓也! お前も剣道始めろよ」
ばっと振り返ると、染森君がスケッチブックを両腕で抱きながらこちらを見ていた。
「でも、ボク漫画が……」
「経験したことを描けば、リアリティが出て内容も深くなるよ?」
「ええーー」
「たぶん、漫画は家でも描けるけど、剣道を学校でするのは今しかできないぞ」
染森君は悩みつつ、その場では結論を出さなかった。
そのあと、もう一試合して、斎藤君にサブハチの竹刀を持ってもらった。
練習は月曜から金曜の放課後と。土曜日は午前中のみと伝えてその場は解散になった。
後日、斎藤君は本当に入部届を出してくれた。そして、なんと染森君も剣道部に入部してくれた。
一気に二人が入部した。
残すところ一人。
部の存続が現実めいてきた。