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5.初めての立ち合い

 俺は大失態を犯してしまった。

 部活は放課後だからと剣道具を教室の隅に置いていたのだが、それが良くなかった。ここは修羅の高校だ。教室内に竹刀があるだけでてっぺんをかけた男たちが喜んでしまった。勝手に俺の竹刀を取り出して振り回し始めたのだ。

 俺はキレた。竹刀を取り上げるとひとりひとりつるし上げた。竹刀は1本4,200円だ。学生にとっては高価だ。それをどこかにぶつけてダメにされてしまったら目も当てられない。そもそも、面白がって振り回していいものではない。


 怒り心頭の俺の前にはイキリたいだけの中身小学生だ。向こうが殴りかかってこようと、間合いを詰めてきても動作が遅い。何せこっちは冷静にキレちらかしてる。容赦なくぶん投げてやった。

 最後には床に座らせて、道具を大切に使うことの大切さを懇々と説教してしまった。その結果どのクラスよりも早く、うちのクラスは平定された。

 俺はM1-Aの「てっぺん」を取ってしまった。こんなに簡単でいいのかよ。




 今日も瀬良垣は弁当袋を持ってうちのクラスにやってきた。俺たちと同じ机を囲んでいるカラフル頭たちに気づいて首を傾げた。それを受けて篠宮が今朝の出来事を説明した。


 瀬良垣が涙を浮かべ、腹を抱えて笑っている。

「青い髪がしおん君で、金髪の彼がらいと君で、赤い彼がれお君だ」

「え?信号機?」

「アぁあん??」

「瀬良垣、やめろ。彼らのこの髪はアイデンティティだ」

 三人と話をして打ち解けた。彼らは血気盛んなだけの十五歳だ。


「まぁ、俺も俺の道具に触られたらガチでキレる自信があるわ」

 瀬良垣は俺を慰めつつ、カラフル頭の方を睨んだ。三人はぐっと黙って弁当を食べている。


「なぁ、三人は入る部活決まってんの?」

「えっと……」

「あぁ、それなら俺も確認した。れお君が土木測量部、らいと君が自動車部。しおん君は放課後、実家の手伝いだって」

「ほんま、力になれんですみません」

「あと三人だったからちょうどいいと思ったのに」

瀬良垣は残念そうに言う。また三人がすみませんというので、謝るのを止めさせた。剣道を押し付けたいわけではない。

「まずは先生に相談してみるのがいいんじゃないか? それと聞き込みするとか。どっかに経験者がいるかもしれないし」

「M1-Aのてっぺんは言うことが違うな」

 瀬良垣は今日も大きなおにぎりにかぶりついていた。

 冗談か、本気なのか分からない顔で言いやがる。俺の困惑顔を笑ったから、脛を蹴ってやった。




 放課後、道具袋を担いで剣道場に移動した。

 道着と袴に着替えて神棚の前に正座する。気温は暖かかったが、床はしんと冷たかった。

「正座、黙想」

 静かに目を閉じて、今日の稽古の感謝を思う。この時間は無になることだ。

「やめ、神前に礼。お互いに礼」

 瀬良垣と目が合う。お互いニヤリと笑った。

「俺たち、学んできた場所が違うだろ。俺の習ってた時はこのあと、柔軟とすり足、上下正面左右跳躍切り返しなんだけど、瀬良垣はどう?」

「僕んところも変わらないよ。試しに(あきら)流でやってみるか」


 俺は瀬良垣に説明しながら、一緒に柔軟から跳躍素振りまでをした。瀬良垣の動作を見ていたがやはり迫力があって、振りが正確だ。

「わりとみっちり、基本をやる道場だったんだね」

「あぁ、一時間半みっちり素振りと切り返しをして、残り一時間は打ち込み、掛かり稽古って感じだったな。そのあと、仕上げに地稽古をして終わり」

「へー」

 いったん止まって、息を整えた。


 垂れ、胴 面手拭い 面をつけると気が引き締まる。パンパンと音を立てて面紐を調整した。最後に小手を付けて装備完成だ。

「じゃあ」

 瀬良垣もちょうど小手をはめていた。

「あぁ、じゃあ俺打ちたい」

「分かった」



 俺たちは基本の切り返し、左右メン コテドウ。を丁寧になぞる。掛かり稽古では連続打ちを練習した。最後に地稽古。

 試合に倣って行う。


「はじめ!」

 蹲踞からの構えが速い。剣先がぶれなくてじっと俺の喉元に向けられている。

「シャァアア!」

 俺は気圧されないよう声を上げた。

「ヤァアアア!」

 瀬良垣も声を上げる。前後に揺れながら剣先を当てる。だが動じない。俺は剣先を揺らす。

「メェエエン」

 先に瀬良垣が仕掛けてきた。ダンダンっと踏み込みが響いて怒涛の左右メンだ。俺は迎え打つべく受けて、コテを狙ったがうまく残心を取る前に鍔ぜりに入られた。強引に押して間合いを取る。瀬良垣は背が高いから間合いが遠い。打ちあぐねているうちにまたメンが来た。

 考えていたせいで挙動が遅れ、引いたところにコテを食らった。パシンといい音がする。

「コテェエエ!」

 試合なら瀬良垣に旗が上がったろう。やっぱり強い。でも、負けたくない。


 開始線に戻り、また蹲踞をする。

「シャァアアアア!」

「ヤァアアア!」

 背の高い選手相手に有効なのはコテ、ドウだ。

 さっきは始まってすぐメンだった。それに狙いを絞る。物打ちをぶつけ「どうだ打って来いよ」と煽る。

 早速、ダァンっと踏み込む音が響いてメンが来た。

「メェエエン」

 狙い通り。ぐっと前に出て剣先を払い引きドウ。残心を取る。

「ドォオオゥ」

 いまのは入ったんじゃないか?

 見ると瀬良垣は開始線に戻る。入っていた!やった。


 楽しい。


 俺もニヤついているが、多分、瀬良垣もニヤついている。

 コテか、ドウだろと思ったのに、俺は楽しくなってメンを狙った。

「メェエン!」

 ただ真っ直ぐに振る。

 簡単に躱され、そこを真っ直ぐメンを入れられた。

 --スパァアアン

 瀬良垣の二本先取。俺の負けだ。


お互い蹲踞して、礼をし境界線から出る。


そして、すぐさま走って開始線まで戻る。

「やば、瀬良垣。蹲踞からの立ち上がり早くね?」

「いや、宣って、めっちゃ好戦的な剣道だね」

「やっぱ間合いが難しかった」

「久しぶりだとやっぱ足がついて来ないな」


「やばいな、やっぱ、部員欲しいな」


あぁ、五人集まらなければ七月で終わりなんて嫌だな。明日からはもっと真剣に部員を探そうと思った。


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