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4.剣道場の大掃除

 無事、購買でマスクを手に入れた俺は、剣道場に足を踏み入れた。

 剣道場は二面あって入り口の向かいに神棚があった。入り口の横にトイレと更衣室、防具室、和室が並んでいる。設備は最高だ。

 まずは換気だ。すべての窓を開けていく、勢いよく埃が舞った。瀬良垣も俺もすぐに真っ白になった。


「よくこの埃の中で素振りできてたな」

 瀬良垣はモップを持って隣に立つ隣に立っていた。

「汚いなとは思ってたけど……それより、振りたかった」


 気持ちは分からないでもない。


「俺のじいちゃんが剣道は心技体の鍛錬だって。掃除は稽古をさせてくれる剣道場にお礼をする意味があって、心を鍛える稽古だって言ってたぜ。剣道場に礼を尽くしてこそ万全の稽古ができるんだ」

 チラリと瀬良垣を見るとモップに手をついて眉間にしわを寄せた。

 って、うわ。説教臭くなってしまった。

「……なるほど」

 怒るでも笑うでもなく瀬良垣はうなずいた。

 俺は恥ずかしさをごまかすようにモップを持ってまた剣道場を拭き始めた。瀬良垣もすぐ追いついて並んでモップを掛ける。


 夕焼けが剣道場に差し込む頃、やっと何とか見えるくらいまでにはきれいになった。心配していた床のささくれとかもなく、明日からすぐにでも使えそうだ。

 窓の上に飾られたトロフィーや賞状を見ると一番新しいのは平成だった。それまではここにも人が集まって剣道をしていたのだろう。


 モップをしまうために防具室に入ると、瀬良垣が何やら大きな箱を取り出していた。

「それなに?」

「あぁ、たぶんこれは……」

 瀬良垣はいったん、その場に正座すると両手で箱の蓋を開いた。中から和紙に包まれたものが出てくる。和紙を開くと綺麗に折り畳まれた臙脂色の布が収まっていた。

「やっぱり、宣ちょっとこっち持って」


 ――応援幕だった。


 そろそろと広げると、少しずつあらわになるその文字は

「交・剣・知・愛」

「飾ってあった写真に写ってたから、どこかにあると思ってたんだ」

 瀬良垣もじっとその応援幕を見つめている。

 なんだかすごい宝物を見つけた気分で震えた。


「おーい。瀬良垣、いるかー」

 不意に剣道場の入り口から声が聞こえた。


「誰かな」

「あぁ、たぶん顧問を引き受けてくれた。高橋先生だと思う。 ……はい!」


 二人で防具室から出ると、白髪頭の男性がちょうど神棚の前で礼をしていた。俺たちが駆けてきたのに気付いてこちらを振り返る。俺たちはその前に座る。

「すごいな、きれいになったな」

人のよさそうな笑顔を浮かべる。

「君が須佐君か」

「はい」

 答えて、代わりに手をついて礼を取る。

「高橋です」

 高橋先生は二年生の教科担任で、授業では地歴公民を教えている。部活は剣道が休部中なため、模型部と、写真部を担当していて忙しいらしい。剣道の経験は昔、体育でやったくらい。恰幅のいいおじいちゃん先生だ。


「うん、確か……守屋さんところのお孫さんだったかな」

「はい。祖父は守屋辰信と言います」

「これはまた期待の新人だ」

 瀬良垣が説明を求めるように、俺と先生の間で視線を動かす。

「あぁ、えっと。うちのじいちゃん元警察官で、今は南公民館で小学生に剣道を教えてて」

「そう、彼はうちの剣道部のOBでもあってね。たまに練習を見に来てくれていた」


 話していると部活終了のチャイムが鳴った。あと、十分で完全下校の時間だ。

「時間だから教えに来たんだ。瀬良垣くん

はすぐ時間を忘れるからね。……おや、それはまた懐かしいものを見つけたね」

 高橋先生の視線が俺と瀬良垣の手元を見ていた。

「交剣知愛。剣を交えて愛しむを知る。いい言葉だ」


「あの、この応援幕をあそこに飾っても良いですか?」

 俺は視線を時計の方に向ける。

「あぁ、そうしよう。ただ、もう片付けの時間だ。その作業は明日にしよう。完全下校に間に合わないと、ペナルティで部活時間を減らされるよ?」


 時計を見ると完全下校の五分前になっていた。

 俺たちは慌てて片付けをして消灯を高橋先生に任せ校門に走った。俺らの後ろで門が閉まる、ギリギリだった。



「なぁ、宣。連絡先を交換しよう」

 瀬良垣がポケットからスマホを取り出している。

 以前の中学時代の知り合いはほとんどブロックした。今はほとんど鳴ることのないスマホだ。

 ここに来て篠宮に続いて二人目の友達だ。篠宮 瀬良垣ってサ行ばっかりだなと思った。


「じゃあ、また明日」

 瀬良垣はそう言うと自転車に乗って颯爽と去っていった。

 まだ辺りは明るくて、見えなくなるまで背中を見送る。

 明日から本格的に剣道ができると思うと嬉しい。


 家には灯りがついていて、玄関扉を開けて「ただいま」というと、台所から「おかえり」が返ってきた。

「じいちゃん。俺、明日から剣道始める」

 声を張って伝えると、じいちゃんが「そうかー」と返事をくれた。部屋に荷物を置いて、台所に立つじいちゃんの隣に立った。

「頑張れよ、宣」

 じいちゃんがにやりと笑う。俺はうなずいて、晩御飯の準備を手伝った。


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