23.一日目 男子個人戦
女子団体の決勝が終わったと連絡がきた。
「じゃあ、みんな。健闘を祈る。卓也と宣と、流星は赤。智樹は白で」
そう言って紅白タスキの確認をする。詩音と大河は首にかけている。
「なぁ気合入れない?」
六人の手が重なる。
「じゃあ、掛け声は部長から」
皆の視線が俺の顔に集まった。
「ガンバロー!」
「「「「「おー!」」」」」
じいちゃんがくれたお守りの紅白タスキ。これのおかげで背筋が伸びる気がした。
男子個人は総勢百六十一名のトーナメントだ。
個人戦は各校四人までエントリーでき、昨年のベストエイトまでの入賞者はシードとして別枠でエントリーできる。
つまり個人戦に出てくるのは各校の代表選手たちばかりだ。
俺たちは大河と合流してそのまま第六試合会場へと移動する。俺は第六会場の二試合目のため、面を付けて控えている。流星は第八会場の三試合目。智樹が第一試合会場の一試合目で俺たちの中では一番初めに試合をする。
視線の先。智樹はすでにコートに立っていた。
「では、男子個人戦を開始します!」
上座に座っている偉い人たちも立ち上ががり、国旗に向かう。
「礼!」
会場内が拍手に包まれた。
場内で一斉に試合が始まった。
俺はコートの端で自分の番を待ちつつ、斜め向こうのコートで行われる智樹の試合を見つめた。
思うように動けなかったらどうしようか。これまでの練習が無になるのだろうか。頑張ってきて応援してくれた皆を裏切ることになるのだろうか。結果が出せないことが怖い。
さっきまで浮き立つようだった気分が、悪い方向へと傾きそうになった。
ふと背中に気配を感じて振り返ると、流星が立っていた。
「紅白タスキ触るよ」
そう言って結び直してくれた。ぽんと大きな手が背中を叩く。
「これでオッケー。念込めといたから」
「念て、なんか怖いな。でも、ありがとう」
流星の念ってむちゃくちゃ強そうな念だな。おかげで随分と気が楽になる。
「宣なら大丈夫。僕も試合会場に行ってくる」
「あぁ、流星も頑張れよ」
俺も流星がしてくれたように背中をポンと叩いた。流星はうなずいて去っていった。
できてなくて当然だ。できたら儲けもん……そう思うことにした。大きく深呼吸すると視界がクリアになった。
智樹はコテで一本取ったようだ。智樹も頑張っている。それなら俺もできることをすればいい。
智樹に拍手をしていると、こちらの試合はどうやら終わったようだ。
俺の試合が始まる。
急いで中央に向かい帰ってくる第一試合目の選手に合わせて前に出た。
礼をして開始線に立つ。ゆっくりと呼吸を……心を整えるように蹲踞する。相手の喉元を見つつ狭く広く見る。
「始め!」
賑やかだった周りの音が消えて、しんっと頭の中が静かになった。
「ヤアァアアア!」
想いっきり気勢を上げた。相手の剣先が躍る。思い切って前に出た。
「メェエエン!!」
パシリと当たり、残心をとって振り返ると赤い旗が三つ立っていた。
「メンあり!」
開始線に戻って、また構えた。
「二本目!」
相手が狙ってきたのは出コテだった。俺はそれを物打ちでいなして、籠手を打つ。
「トォァアア、コテェエ!」
旗は上がらず、お互いに剣先を向けて向かい合う。間合いとりながら前後ろに動く。
思ったより自分が冷静なことに驚いている。そして、相手の様子をじっくりと見ることができた。どうやら緊張して焦っているように見えた。ぐんと腹が座った。
(オレが引導を渡してやる)
「ヤァアアアアアア!」
声を張って気勢を上げる。
「メェエエエエン!」
まっすぐ上げて、まっすぐ下ろすそれをできるだけ正確に早く。
パシンと手ごたえと共に向こうの驚いた顔が面金越しに見えた気がした。しっかりと手を伸ばして振り返り残心を取る。
「メンあり!」
三本の赤い旗が上がっていた。
開始線に戻り、蹲踞して竹刀を収める。
礼をしてコートを出ると、じわじわと実感が湧いてきた。思い出したように手が震える。
1回戦突破。まずは一つ勝ち星を挙げることができた。
「メェエエエン!」
あの声は……流星だ。声が聞こえた方を見ると、赤い旗が三本立っていた。流星は背が高いからすぐわかった。どうやら勝ち上がったらしい。相変わらず糸でつるされたような軸のぶれない蹲踞だ。
負けてられない。
「宣」
大河が俺を呼んだ。
「智樹と流星は二回戦進出。卓也は負けたって」
「……そか」
すごい戦績だと思う。ここにいるのは各校代表の四名だ。ほとんどが二年生や三年生だ。その中で勝つのは大変なことだと思う。分かっていても卓也、悔しいだろうな。
二回戦に上がると、相手はさらに強くなる。シードだった選手も出てくるからだ。
智樹の相手は昨年の優勝者だった。結果は二本負けだったが優勝者相手にたっぷりと時間を使って善戦した。智樹は晴れ晴れとした表情をしていたらしい。
流星は二回戦三回戦も勝ち上がり、四回戦目であの西城の選手と当たったそうだ。延長の末。コテの一本負け。ただ一年生としては好成績を残した。
俺も三回戦までは勝ち進んだ。
三回戦目にあたったのは、県北の強豪と呼ばれる三山学園の選手だった。
小柄ながら足さばきがうまく。打って離れてを繰り返す。竹刀で受けるが鍔ぜりはせず離れて、またまっすぐ構えてくる。隙が無くて打ち込みづらい。
思う通りに攻められず誘われている雰囲気はあったが、気持ちが焦ってしまった。
メンを打とうと竹刀を上げようとした瞬間、コテを食らった。俺も苦し紛れにメンを打ったが旗は相手に上がった。一本取り返そうと、攻めの剣道をしたが結局時間が来てしまい敗退した。相手の経験値の方が上だった。
初めての個人戦は終わった。俺と瀬良垣はベスト十六 一年生にしては十分な結果だと褒められた。
一度でも負ければそこで試合は終わる。もっと試合がしたい。あぁ、終わってしまったなあと天井の鉄骨を見上げた。




