22.一日目 インハイ予選始まる
ぱっちりと目が覚めた。部屋の中はうっすらと暗い。
前夜からずっとそわそわしっぱなしでやっぱり早くに目が覚めてしまった。今日はインハイ予選だ。楽しみすぎて早起きするなんて、我ながら小学生かと突っ込みを入れたくなった。
とにもかくにもこれから寝ようとしても、眠れないことはあきらかなので起きることにした。
じいちゃんはすでに起きておにぎりを用意してくれていた。
「おはよう」
「おはよう、宣。早いな」
「うん、目が覚めちゃって」
「そうか。昨日の練習気合入ってたもんな」
じいちゃんは目じりにしわを寄せて笑った。昨日はじいちゃんの稽古日だった。試合稽古を中心に、最後の仕上げをしてもらい。稽古の終わりにはみんなで円陣を組んで気合を入れた。
今日の個人戦の目標は一つでも良いから勝ち進んでたくさん試合をしたいだ。そんなことを言いながら朝ご飯を終えた。
玄関先、じいちゃんが背中で火打石を打ってくれる。
「がんばれよ!」
振り返るとじいちゃんがぶんぶん手を振って見送ってくれていた。俺も両手でぶんぶんと振り返した。
武道館の最寄り駅を出ると、竹刀を担いだ人が増えてくる。その人たちと同じバスに乗って武道館に向かう。
俺たちはまた駐車場で詩音や智樹たちと合流して防具を受け取り玄関に向かった。
「すげーでかーー」
武道館を見上げて呟いたのは卓也だ。俺もうなずく。
武道館は神社のような屋根にたくさんの窓が並ぶ大きな建物だった。圧倒的な存在感でついつい見上げてしまうほど。館内は剣道コートが余裕をもって八面敷ける主道場のほか、第一体育館と、柔道などができる畳の敷かれた第二体育館、弓道場などが併設されているそうだ。
正面玄関には達筆で全国高等学校総合体育大会 剣道競技 県予選会と書いた大きな紙が貼ってあった。まだ開場前だというのに玄関前は制服以外にもすでに剣道着の人も交じって大勢が並んでいた。
「更衣室は一階の第一会議室だよ」
高橋先生が教えてくれる。昼ごはんもここで食べるようにと言われた。
「着替え終わったら検量、開会式は一〇時半だからそれまで男子の練習は第一体育館を使っていいそうだ」
詩音がてきぱきと説明してくれる。
「卓也と智樹は第一試合会場と第三試合会場だから俺が、流星と宣は第六試合会場と第八試合会場だから大河がつくから、くれぐれも場内で迷子になるなよ」
上座から左が第一会場右が第二会場と別れるため。奇数の会場が左側、偶数の会場が右側にあり、選手の邪魔にならないよう場内を横切るのは禁止のため、移動はいったん通路を出て大回りする必要があるらしい。
そのため、奇数会場側、偶数会場側とで別れることにしたそうだ。
「分かった」
俺たちは神妙にうなずいた。
「お、動き出した……」
辺りの人が前へと移動し始めた。俺たちもその波に乗って入っていく。
中ではスーツ姿の人が「選手から入ってください。男子は右側!女子は左側!靴は袋に入れて持って入ってください。見学の方は後から入ってください!」と叫んでいた。
すごいな、右も左も人だらけだ。ここにいる人たちはみんな剣道をするのかと思うと感動する。
「ほらキョロキョロしない!迷子になるよ!」
詩音が長男モードを発動している。流星は俺よりキョロキョロしていた。
会議室にはすでに他の学校の人たちがいた。合同錬成大会の時に見た顔も何人か見つける。
「じゃあ、受付済ませてくるから。着替えたら検量場に集合な」詩音と大河はそう言って応援幕持って出て行った。
否応なく試合の実感が湧く。
検量場に行き並んで竹刀にシールをもらう。それを両手で受け取り会釈をする。あぁいよいよだ。
「みんな第一体育館に移動するよ」
そして、ぞろぞろとまた詩音の後を追う。
「すごいな詩音」
「あぁ……いや。高橋先生が館内案内図と、応募要項のコピーくれたからね。今日はみんなのサポート頑張る」
敏腕マネージャーだ。思わず拍手を送る。
「いや大したことないよ。やれることをしてるだけで。だからみんな試合がんばれよ!」
「はい!」
そう話しているうちに第一体育館に着いた。すでに練習を始めているところもある。
そこから10時半の開会式までごった返す体育館の中、足さばきや、切り返しをしてウォーミングアップした。
メイン会場は圧巻の広さだった。奥行きだけじゃなく天井も高くて、鉄骨が幾重にもめぐらされている。上座であるステージには国旗と県の剣道連盟の旗がかかっている。そして、その前にはずらりと白布が掛けられた机が並んでいた。2階と3階の応援席の前には各学校の応援幕が並んでいる。そのなかには俺たちの交剣知愛の文字が染め抜かれた応援幕もあった。じいちゃんと、たぶん。智樹の彼女。家族が二組ほどいた。
「あぁ、やめてほしい。家族総出で来てる」
卓也が目を細めてそこを見ていた。
「うちも……せめて、いちゃつかないでほしい」
流星もげんなりしていた。ああ、仲よさそうな夫婦の方が流星の家族らしい。
開会式は偉い人の言葉から始まり、審査員の審査基準の説明。昨年の優勝旗の返還が行われて終わった。
まずは女子団体からなので、第一体育館に戻ることにした。大河は試合を見ながら進捗を連絡する係を引き受けてくれた。
通路を歩いていると軽やかな声が聞こえてきた。
「あれ?瀬良垣君?」
流星が女子に話しかけられていた。
「うっす」
「相変わらず、大きいねぇ。ランドマーク瀬良垣!」
確かに周りより頭少し大きい流星は見つけやすい。ってかラストサムライじゃないのか、と心の中で突っ込んだ。
「団体出るの? やったね。念願じゃん!」
流星の腕をバシバシ殴りながら女子は快活に話をしている。
「あぁ、やった」
ってか、流星って女子の前だとそんな風にそっけないんだなと思ってみていた。
「先輩は……あ、みんなこの人中学の先輩で、こっち、俺の仲間」
流星が雑に紹介する。俺たちは頭を下げつつ人見知りを発動させた。
「では、練習があるんで」
流星は女子に四十五度のきれいな礼をとるとさっさと歩きだした。俺たちは慌ててその後を追いかけた。
「ただの先輩だから」
「そか」
まあ、なんでそんなことを言うのかは分からないが素直にうなずいておく。
「それより仲間っていいな」
「ほんと」
それよりも、練習。
「早打ちやりたい」
「切り返しも」
「僕は連続技」
皆が口々に言いだす。
笑ってしまう。俺たちはこの青い春の中、頭を剣道一色に染めている。




