16.じいちゃんが稽古にきた
水曜日。
六人揃って神前に向かって座る。俺たちの前にはじいちゃんと高橋先生が座っていた。
「今日からこちらで指導員をする。守屋辰信 71歳です。普段は南公民館で小学生に剣道を教えています」
じいちゃんはシャキッと背筋を伸ばし、腹に力の入った張りのある声で自己紹介した。
俺たちもひとりひとり挨拶をする。
じいちゃんの前でそわそわしてしまうが、いつも通り準備運動をし。正面素振り、上下素振り、左右素振り、跳躍素振りをする。じいちゃんはそれを静かに見守った。
その後は防具を付ける組と、基礎をする組と別れて練習する。
基礎練組には面白い練習を提案していた。
「送り足の練習はつまらんだろう。小学生には雑巾がけで練習させとるよ」
そう言って、雑巾を用意した。それを畳んで左足で踏み、右足で前に前にと押しだす。この時かかとを着けない。右足が左足を越さないことを注意しながら端から端まで動くというものだ。
「剣先を固定して、体を上下させるなよ」
三人は競うように送り足の練習を始めた。
じいちゃんが防具を付ける。
「今日が初めてだからな。まずは君らのメンを見せる」
そう言うとじいちゃんはまっすぐに構える。
「よし、じゃあ。まずは宣。受けろ」
なんだろう、向かい合うとじいちゃんが何倍にも膨れ上がったように感じる。正眼の構えに一部の隙も無い。
俺に元立ちをさせると、じいちゃんが気勢を発する。基礎組も足を止めるほどの声量だった。驚いている間に間が詰まり、気付けばスパンと面が入っていた。剣先が小さく上下しただけのように見えた。
「おぉおおおー」
皆、じいちゃんのメンに感動している。
「宣。元立ちだからと気を抜いてはいかん。元立ちも打ってやるって言う気迫を持って立たんと練習にはならんからな」
「はい!」
「つぎ!斎藤」
違う角度から見るとじいちゃんのメンの動きが良く見えた。軸がぶれず腰からスーッと前に進み。吸い込まれるように面に竹刀が当たる。七十一歳という年を感じさせないような力強い踏み込み音が響く。
すごい、前触れというかさわりを感じさせない。流れるような体捌きだった。斎藤は
立ち尽くしたまま受けていた。
振り返る斎藤の目がキラキラと輝いている。
「おぉおおおー」
「よろしくお願いします!」
流星が手を上げて元立ちに立つ。
じいちゃんはうなずいてメンを打った。
流星が目をキラキラ輝かせていた。
「すげぇ、気迫が違う」
そこからは掛かり稽古も行った。
「右手に力が入っている。それだと腕が伸びないぞ」
「しっかり、左で打つように。体が上下して無駄な動きが多い」
じいちゃんは次々と俺たちの難点を上げていく。
気付けば稽古の二時間はあっという間だった。
最後に神前に並んで今日の稽古の総評を受ける。
「皆さん、お疲れ様でした。剣道は練習したからと言って、すぐにうまくなるものではありません。ですが、練習をさぼればすぐに腕が落ちていきます。たゆまぬ努力と正しい稽古を行ってください。真っ直ぐ振りたい。早く振りたいそう言う目標をもって練習すると習得が速いように思います。目標を明確に持つことは気剣体の気の鍛錬にもなります。明日の自分につながるように今の自分を鍛えてください」
「はい!」二時間に及ぶ稽古を終えたというのに溌溂としていた。
その後、続いて高橋先生が俺らを見回してうなずいた。
「いい稽古だったようですね。教わったことをこれからの稽古に生かしてください」
「はい!」
「では、お互いに、礼!」
じいちゃんの初稽古が終わった。稽古の余韻を噛みしめて交剣知愛の応援幕を見上げる。
じいちゃんは立ち上がると皆に手招きする。
「「守屋師範!お久しぶりです!」」
「おお、大河。でかくなったな! 詩音もいかした髪だな。ははは!そっちは流星、智樹、卓也だな。うん、皆いい顔だ」
じいちゃんは目を細めて五人を見回す。
「よし、じゃあここからは宣の祖父として話そうか」
じいちゃんは防具袋から袋を取り出した。
「君らにプレゼントを用意した」
それは名前の刺しゅうが入った紅白タスキだった。
「剣道は同じ道場、同じ部活仲間でも時にライバルになる。だがいつだって仲間は一番の味方でもあるんだ。そろいの紅白タスキを持っていれば、それを忘れることはないだろう」
そして、一人一人の名まえを呼んで手渡してくれた。
「宣。強くなったな」
紅白タスキを受け取る。
「交剣知愛 宣」
俺の紅白タスキは苗字が入っていなかった。驚いて視線を上げると。
「大人の都合で振り回してすまんな」
じいちゃんがそう言った。
俺は首を横に振って、紅白タスキを胸にぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう」




