15.剣道部部長になる
剣道場に入り、道場に礼をする。
流星たちB組チームはすでに着替えを終わらせ各々素振りを始めていた。俺と大河も急いで準備をするために更衣室に向かう。
五人揃うと神前に集まって黙想から始める。
「神前に礼、お互いに礼」
まずは準備運動から号令をかける。それが終わると竹刀を持って打つ練習だ。大河は初心者だからゆっくりと一つ一つ動作を確認しつつはじめた。
「まず握り方なんだけど、左手はしっかりと握って、右手は軽くで」
大河はうなずいて竹刀を握る。
「えっと、親指は下に向けて上から持つ感じ。それでまっすぐ上げて、まっすぐ下ろすんだ」
俺も人に教えた経験はない。ほとんどが小学生のころ師範やじいちゃんに教わったことを思い出してそのまま伝えている。
「竹刀だと、まっすぐが難しいな。木刀に変えるか?」なんて、手探りも良いところだ。
「なんか、守屋師範とこで習ってたころを思い出すよ」
「俺も小学生の頃のこと思い出してた」
ほのぼの練習をしている。
今日は初心者の大河に合わせてと言ったら智樹が吠えた。
「俺はもっとガンガンやりたい!」
智樹は錬成大会から怒涛のやる気を出して、ガンガン竹刀を振り回している。せっかくできている綺麗な型が崩れそうで心配だ。
「もっと丁寧にしたほうがいいんじゃないか」
そう言うと智樹が猛犬のごとくかみついてくる。
「俺は強くなりてぇの! お前らみたいにずっと剣道を続けてたやつらに俺の焦りが分かってたまるか」
「もっと早くから剣道をしていればって焦る気持ちは分かる。でも焦っても過去には戻れないよ。あれだ、歌詞にもあるじゃん。今日がこれからの人生の最初の一日目なんだっていうやつ。どんなに急いでも今日より早い日はないんだから焦るんじゃなくて、基本技を磨いて、明日の自分に繋げてやる方がいいんじゃねえの?」
「強くなりたいって悪いことか?」
智樹が不貞腐れたように言う。
「俺も強くなりたい。俺より強い奴なんてたくさんいると思うから。だけど、昨日までの自分が積み上げてきたものを壊すような練習はしたくない」
俺は智樹に対面して、竹刀を構える。
「剣道は最初にこの最強の構えを覚えるんだぜ?」
親指を下にして握り、右手は添えるように。左足と右足の中間を意識して重心を置く。剣先は相手の喉元に向け。無心で相手全体を見るようにする。
正眼の構え。
最初に習う構えだけど守りに長け、攻めにもすぐに転じられる隙のない構えだ。
「確かに技を知れば攻撃の幅は広がるかもしれない。でも、どんな技も基本を土台にしている以上、そこをおろそかにすれば崩れてしまうんだ。剣道の一本は気剣体一致しないと入らない。だから一つでも欠ければ台無しになる。この最強の構えを支えるのは、すり足、正面に剣先を向ける。重心を意識して左足と右足の間に軸を置く。そう言う基本なんだ」
剣道場内がシンとする。
「なんだよそのど正論」
智樹がぐっと手を握ってうつむいた。俺はすぐ熱くなってしまうところがある。
「俺は錬成大会の時の智樹のコテ。めちゃくちゃかっこよかったと思う。あれは流星と練習して、地道に素振りを頑張った智樹にしか出せない技だったと思う」
智樹は困ったような、驚いたような変な表情を浮かべて顔を上げる。
「あの技を出せたのはそれまで基本を頑張った智樹がいたからだ」
「……ありがとう」
微妙な沈黙と、変な空気になってしまった。だが、俺はこの空気の戻し方が分からない。
どうしようかと考えて、卓也に視線を送る。
「まぁまぁ、言い合いはそこまでにして。練習しよう」
卓也は視線から察してそう言ってくれた。
そこから高橋先生が顔を出すまで、みっちりと練習をした。
「お互いに礼!」
「練習お疲れさまでした。大会のすぐ後からテスト休みになってしまって。今日が久しぶりの稽古となったのですが。どうですか? 楽しめてますか?」
「はい!」
皆揃って大きく返事をした。
「うん、いいね。篠宮君、宮下君の入部届も認められました。晴れて部活動として活動できます。それで部長と副部長を決めないといけないのですが、自薦推薦ありますか?」
俺はすぐに流星に視線を向けた。
部活再興のきっかけを作ったのは流星だからだ。だが、流星からも視線が返ってくる。
「はい! 部長は須佐君がいいと思います」
そう言ったのは、智樹だった。
「え?俺?」
間違いじゃないかと見回すと、残り三人も手を上げて同意しますと言った。
「じゃあ、満場一致で須佐君が部長です。副部長は……「瀬良垣君でお願いします」
俺はかぶせるように言う。流星は驚いた顔をしたが、皆が同じように同意しますと手を上げて決まった。
「分かりました。ではそれで申請を出しておきます」
高橋先生を見送り、更衣室に走って着替えた。
校門でもう一度五人集合した。
「なぁ、俺が部長で良いの? ほんとに?」
四人は視線を交わして笑う。
「あぁ、僕は宣しかいないと思う」
流星が俺の肩を叩くと、皆がうなずいた。
「うれしそうな顔してるけど、一番気が強そうだから選んだんだぞ」
智樹がにやりと笑う。それに合わせて他の三人も笑い出した。
「あのさ、智樹は誤解してるけど。俺中学ではほとんど剣道できなかったんだ。最後の県大会も二回戦敗退だった」
彼らなら話しても良いだろう。そう思って俺は中学時代の話をした。
中学では剣道部に所属していても、母が不安定でほとんど部活に参加できなかった。団体では選手にも選ばれず、最後の大会は情けで出場させてもらった。大事な個人枠の出場を部活仲間は攻めなかったが、後ろめたさから仲間とはぎくしゃくしていたこと。ただひたすら素振りばかりをしていた。
「だから本当にこんどこそ、仲間で強くなりたい」
中学ではたくさん悔いを残している。
「それなら僕もだ」
流星が言った。流星のいた剣道部には女子部員はいたが、男子部員は流星だけ。団体は組めず、練習も後輩が入るまでは一人だったそうだ。その後、中二の冬に大きな事故に遭い、入院したために中三では大会に出られなかった。足のケガだったために退院後も竹刀を振ることしかできなかったという。あの安定した上半身の動きは、その練習の成果だという。
「入院したおかげで身長が伸びたからな。良いこともあった」
流星はからりと笑う。
「そこに因果関係あるのかよ!」って大河の突っ込みも入って深刻ぶった空気は軽くなる。
夕方の柔らかな風が頬を撫でていく。吐き出せたことで心が軽い。




