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10.地区合同錬成大会

 集合がかかり、学校ごとに列を作って並ぶ。偉い人の挨拶があり、申し込みのあったメンバーに変わりがないかが確認され解散した。

 先鋒は俺。中堅が斎藤。大将が瀬良垣でオーダー票を出している。

 対戦相手もこの地区では実績のない俺には油断するだろう。それもあって先鋒を志願した。斎藤も後に瀬良垣がいるなら安心して戦える。剣道は個人競技だが、団体戦は戦略を練って相手の出方を読む知能戦だ。

と言っても俺たちは誰一人として負けられないのだが。



 第一試合が始まる。


 第二試合になったことは運が良かった。斎藤は三年ぶりの試合となるため、先のチームを見て所作をいろいろと確認できたからだ。

「メンと小手、竹刀を付けるのは俺だけ。うちは次鋒がいないから、斎藤は下がったらすぐメンを付けて」

 など、細かく説明をした。

「あほ工だ、あいつら素人みたいなこと言ってんじゃん」

 近くでどこの学校か分からない奴からヤジが飛ぶ。青波工業というだけで侮られる、これがここの現実だ。

 子どもみたいなヤジは無視を決め込んだのだが、その時知らない男が間に立った。


「礼に始まり礼に終わるのが剣道だ。今ヤジを飛ばしたやつ。前に出ろ。たたっ斬ってやる」

 そう地鳴りのような低い声が聞こえてきた。

 どうやら正義感の強い好戦的な奴がいるらしい。垂れを見ると西城と書いてあった。西城の選手のおかげでその不快な奴らはいなくなった。俺が視線だけで礼をすると、彼は小さく手を上げてすぐ試合場を見る。

 どうやらすでに先鋒が竹刀を合わせて蹲踞していた。

 俺たちはそれに合わせて道具を持って、控え場所に並ぶ。

 対戦は赤が私立の商業高校で、白は県西のもう一つの強豪 美浜商業だった。

 この試合を勝ち上がった方が次の試合相手だ。


「始め!」

 美浜商業の先鋒は好戦的なタイプだった。開始早々、怒涛の連続打ちをしている。なかなか入らないのは赤の次鋒が躱すからだ。赤が耐えかねてとうとう姿勢が崩れたところに小手を抜かれた。試合が始まって三〇秒くらいのところだ、早い。

「二本目!」

 赤がすぐに一足一刀に間合いを詰めて、引きメンをした。だが白の先鋒は冷静に受けて追ってドウを打つ。審判の旗がばっと上がる。

 すごい、さすが強豪と言われるところだ。体の捌きがうまかった。

 次鋒が下がると同時に先鋒が前に出る。


 そのまま、試合は続き。次鋒と中堅は引き分けとなった。

 こちらのコートの副将が蹲踞したタイミングだった。向こうでわぁっと拍手が起こった。なんと西城がもう勝負を決めていた。西城が強いというのは本物らしい。


 美浜商業は副将 大将とも一本勝ちで勝ち上がった。


 そして、次は俺たちの番だ。

 監督席には高橋先生が座り、補助として隣に染森が座っている。


 俺は横に並んで審判の合図を待つ。相手は五人きっちり揃っていた。



「礼!」

 一斉に礼をして、先鋒の俺は前に出る。

 俺はゆっくりと蹲踞した。手と足、重心を意識する。そして目の前の敵を小さく広く見ることを意識した。

「始め!」

「ヤァアアアアア!!!」

 第一声は思いっきり声を上げた。相手の動きを見て一足一刀に入る。

「メェエエエエエン!」

 相手も竹刀を上げたが、それを左から摺り上げて面を打ち左を抜けた。すぐ振り返り相手に剣先を向ける。

「メンあり―!」

 白い旗が三本上がる。

 うん、調子がいい。

 いつも瀬良垣相手に練習していたせいか。相手の動きが遅く感じる。


「二本目!」

 俺は相手に合わせて素早く立ち上がった。すぐに間合いを詰めてくるが下がって冷静に剣先を向ける。余裕のない攻めだ。青波相手なら簡単に勝てると思ったのだろう。そうやって侮った相手に早々と一本とられたことをぐちゃぐちゃと考えているのだろう。せわしなくメンを打ってくる。なんだか相手が小さく見えた。

「ヤァアアアア!」

 気勢を上げて気を張る。今度はこちらから間合いを詰めて剣先を上げた。

 相手がつられて竹刀を上げたところを狙う。

「コテェエエエエエ!」

 すぐに振り返り剣を構える。どうだ、コテは痛いだろ。

「コテあり! 勝負あり!」



 剣道では応援に声を出さない。皆拍手で健闘を称える。

 やはり、少数精鋭の俺たちはその拍手も小さかった。

 以前はオーディエンスの多い学校は有利だと思っていた。応援はそのままモチベーションのアップや、勇気に変わるから。

 今は仲間の拍手だけでもそれはちゃんと響くのだと思っている。俺は今本当の意味で仲間と剣道しているのだと感じることができた。


 コーナーで身を強張らせている斎藤とすれ違う。頑張れという意味を込めて軽く胴を叩く。斎藤は竹刀をぎゅっと握ってうなずいた。これも団体戦の醍醐味だ。

 控え場について、面と手拭いを取る。

 斎藤は蹲踞が終わり、気勢を出していた、声が出ている上々だ。


 斎藤は明るくてよくしゃべる。練習でも基本よりも返し技や、応じ技を練習したがった。だが基本ができてないと応じ技なんてうまくいかない。すぐ体が傾いて良い一本にならない。俺は少し口うるさく言ってしまう傾向がある。そのせいでちょっと斎藤と衝突しかけた。

 だが、瀬良垣は違った。彼は斎藤がそう言う技を使いたいと思うのは勝ちたいと思うからだと、勝ちたいと思う気持ちは剣道において一番大事な攻めの心構えだと言った。

 練習してみると、斎藤は返し技のタイミングがうまかった。小さなころからピアノを習っていてリズム感が良いのだと自分で言っていた。斎藤は不安だったのだろう。だから自分が得意なことを生かしたいと考えていたのだ。俺は気付かず自分の意見を押し付けていた。

 結局、斎藤の方から基礎を練習しようと言い出して、基礎もみっちり特訓した。


 斎藤はじっくりと攻めているようだ。試合中はことさら時間を長く感じる。相手は引き分けでもいいが、こちらは勝たなければならない。斎藤は前後に大きく揺れる。

「メェエン!」

 打ちに行った。相手はすかさず左に受けた。斎藤は鍔ぜりに入る。思わずニヤリとしてしまった。

「メーーーン!」

 斎藤は勢いよく押すと引きメンを打つ。それが相手の右面にあたる。そのまま、構えて一足一刀に入る。

 三本の白い旗がばっと上がる。俺は渾身の力を込めて拍手を送る。

 鍔ぜりは瀬良垣相手によく練習していた技だ。残心もとれて見事だった。面の中は見えないが、斎藤が笑っているのを感じる。

「二本目!」

 引き分けなら自分たちの勝ちだが、負ければこちらが勝つ可能性が残る。相手は焦りを感じているのかもしれない。強めの打ちで続けざまにメンを打つ。斎藤は耐えるように一本一本を受けていた。

振りぬかれるメンは地味に痛い。だが耐えろ、斎藤。

だんだんと相手の振りが大きくなってきている。あれだけ連続で力を込めて打てば、疲れても来るだろう。

「メェエン」

斎藤が仕掛けた。それに釣られるように相手が面を打つために振りかぶる。斎藤はその面を受けて、返し胴だ。

「ドゥォオオオ!」

バチンッといい音が響いた。得意だと言っていた返し技だ。



 斎藤が目指すのは魅せる剣道。今のはかっこよかった。

 ズバッと三本白い旗が立って、勝負ありとなった。

 俺は全力で手を叩く。


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