1.人生はままならない
入学式が始まって10分。早々に俺はこの学校はひどいと感じた。
ざわざわするクラスメイトとヤジを飛ばす先輩たち、それを注意せずに進行する教師。スマホを取り出していじっている保護者もちらほらいる。
あぁ、この治安の悪さは何だ。
朝、張り切って結んだネクタイの結び目に人差し指を入れて緩めた。
ここで青春の三年間を過ごすのか。
俺の人生はままならない、まだ十五歳だというのに。
中三の冬。両親が解散した。
原因は父の浮気だ。しかも、浮気相手は十二歳年下で妊娠させたことが発覚した。家に帰ってこない父に不安定だった母は怒り狂い、泣いて消えた。いまだに消息不明。
父は関係ないと若い女と暮らし始めている。
取り残された俺は一か月ほどほっぽらかされて、二つ県を挟んだ場所に住んでいた母方のじいちゃんが見かねて世話をすると言ってくれた。
急な進路変更でじいちゃん家の近くで学校を探した結果、この県立青波工業高校を選んだ。
なんせ、じいちゃん家から徒歩五分で家から校舎が見える。朝ゆっくりできるのは誰だって魅力的だろう。
そう考えて選んだのだが、入学内定の書類を受け取りに来た時、ここがいわゆるヤンキー校と呼ばれる学校であることが発覚した。
今どき、本当に壁にスプレーでお絵描きしている学校がこの令和の時代にも実在したのかと驚いた。ちゃんと口コミとか見とけって話なんだろうけど。この学校じいちゃんの母校なんだ。
「専門的な知識も身に尽くし、校舎も広い。部活も盛んでな……わしはそこでたくさん友達を作った」
そんなじいちゃんの言葉を丸呑みした結果だ。そこに“昔は”という言葉がついていることに気づかなかった。
俺が呆然としている間に入学式は終わった。
そして、どっちを見ても女子がいない。あとで聞いたことによるとこの三年間女子の入学は0らしい。せめてそこは欲しかった。
俺は無駄に広い校舎内を教室に向かってとぼとぼと歩いた。
教室に戻ると、入学初日から目立ちたかったのかカラフルな頭のクラスメイトがちらほらいる。皆、お行儀悪く床だのロッカーだのに座ってらっしゃる。人数分の椅子があるのにおかしな話だ。
教壇にはメガネの細くて若い先生と、恰幅のいいおじいちゃん先生が並んでいた。彼らが自己紹介を始める。
「安心してください。僕らは去年、受け持った生徒の八割を卒業させました」
と、ちょっと得意げなのが笑える。
若い方、岡部先生がプリントを配りだしたタイミングで教室後方がにわかにざわめきだす。信号機みたいな色の頭をした人たちがこのクラスのてっぺんは誰かを競う戦いを始めたのだ。学級長とか、評議委員とかではなく『てっぺん』そのあいまいな称号だが、彼らは当たり前にそれを欲して戦うのだった。飛び交う罵声と、殴打する音が教室に響く。
おじいちゃんの方、森下先生が「物は壊すなよー故意だと弁償だからな」と言って、「窓は2万!ドアは4万!ロッカーは6万だ!」と叫んだ。
彼らは競うように運動場に飛び出していった。そして、運動場では他のクラスの人たちも飛び出している。今どきの若い人にしては元気だ……。俺、同い年だけどついていけない。
次の日、クラスのハ行の誰かが退学したという報告を受け、先生の言葉の頼もしさを知った。あーでももし八割なら少なくともあと七人はこのクラスからいなくなるのか。
ここは本当に修羅の高校なのだと理解した。
入学してからは割と忙しい日々を過ごした。
検診や、対面式。 いろんなイベントが目白押しだ。
「須佐!……次は体育館だっけ?」
廊下で俺を見つけて声を掛けてきたのは篠宮大河。席が前後ろで仲良くなった。
「あぁ。そのあと部活動見学だったはずだ」
大きな学校だけあって、部活動は運動部だけで十七個。文化部だけで十六個 同好会は八個あるらしい。
「部活かー、いろいろあるね」
「そうだな篠宮は何か入りたいのある?」
「俺はもう決めてる。ボランティア部だ。他校と交流があって女の子と出会えるらしいよ」
篠宮の目標は彼女をつくる事らしい。女子との交流、それは魅力的だ。
「須佐は?」
「俺は剣道部かな」
俺は小中と剣道をやってきた。どうせなら高校でも続けて三段を取りたいと思っていた。
「へー確かに似合いそう。姿勢いいよな」
と俺を上下に見ていった。適当に答えたのだろうが少しうれしかった。
魅力的な部活もあった。吹奏楽とか美術部はしっかりと部活をしている様子だった。自動車部とかも少し楽しそうだと感じた。運動部はどこも先輩の圧が強そうでちょっと怖い。文化部は工業らしい部も多かった。見ごたえのある部活動見学だった。
だが、希望を込めて臨んだ部活動見学だったが、無残に砕け散った。肝心の剣道部だが「休部中」だった。
「残念だったな、剣道部」
「剣道場は立派だったのに。無念だ」
剣道場は体育館の下にあり、広さも十分な大きさだった。
「篠宮もボランティア部大変そうだな?」
篠宮の希望するボランティア部には他校との交流があるため入部数制限があるそうだ。
「あぁ、でも体験入部の間にいいところを見せれば大丈夫だろ!?」
ポジティブにとらえてやる気をみなぎらせていたから、慰めなくてもよさそうだ。
話ながら廊下を歩いていると、ドアがガンっと音を立てる。どうやら教室内で誰かがぶつかったみたいだ。
だが、ドアの窓には針金が入っていてちょっとやそっとじゃ割れなさそうだ。完全に割れたら弁償、ヒビが入るまではセーフというルールがあるらしい。壊れたら4万だっけ?
ドンッとか、ガンッという。ものにあたる音は一週間で慣れた。しょっちゅう誰かが誰かを怒らせて、競っているからだ。
さすが修羅の高校だけのことはある。
「あぁ、部活できなかったら、バイト生活しかないかな」
俺がそう呟いて天井を見上げると篠宮が俺の肩を叩いて悲しそうな顔をする。
「無理だよ、履歴書にこの学校の名前を書くだけで採用されないから」
「……まじかっ」
それにしても生きづらい。どうなってんだこの学校。