第七話 貴方を特別にさせないんだから
「それでは、皆さんの魔力を測定していきますが、ここからは魔導庁長官であるシンヨ・ネイの説明をお聞きください。ネイ長官、よろしく頼みます」
「承知いたしました」
漫画でいそうな教授的な見た目の中年男性だけれど、私たちを見る目がいかにもマッドサイエンティストって感じに、気持ち悪いわ。まるで私達を新しい実験体って感じにみてるけど、大丈夫なのかしらね、この男の前で自分の魔力量なんて測ってしまって。
⚫︎シンヨ・ネイ
ヒノス帝国魔導庁長官
五十二歳
男
保有魔眼無し
【備考欄】(▼更新)
帝国の貧困街から、遂には帝国の要職にまで登り詰めた男、それがシンヨ・ネイ。彼を周りはこう呼ぶ〝最も周りを騙す男〟と。
彼を初めて見た者の印象は、大概は同じである。信用できなさそう、知的好奇心の為には何をしても良いと考えてそう、倫理観が欠如していそう、冷酷そうなどなどである。
しかし、彼との付き合いが長くなればなるほどに、その印象が間違いだと気づく事になる。彼ほどに弱きを助け強きを挫く正義感に溢れ、心に熱き炎を滾らせる漢は、帝国には存在しない。
今回の異世界召喚に関しても、最後まで王に止めるように注進していたのは、彼であった。彼は洞察力に加え、並外れた胆力を持ち、王女の持つ〝魅了〟や〝扇動〟にも心を動かされる事はなかった為、今回の召喚が本当に女神の信託であるかを疑っていたのだ。
それ故に、自身の判断で長官という立場でありながら自ら転移者達の魔力測定へと赴いたのだった。
もし王女が世界を救うという女神の神託を悪用していた時、異世界から来た転移者達を命に換えても守るために……
「……」
完全なる善なる漢だったじゃないのぉおおおおお!!!!!????? 見た目で大分損しちゃっているけどもぉおおおお!!!!!!!!!
「さて皆様、まずはこちらの筋肉をご覧ください」
ん? 筋肉? 今、筋肉って言ったの?
「筋肉増大魔法『バルクアップ』! ぬぁぁあああああ!!!!!」
えぇぇ……裏で組織を牛耳ってそうなインテリ系中年の身体が、〝筋肉増大魔法バルクアップ〟の掛け声と共に、世界レベルのボディービルダーのように筋肉が肥大して、きていた服が全て破れ、ブーメランパンツのみとなったのだけど…備考欄を読んでイメージしていた人物像とのギャップが酷くて、クレームを出したいわね。どこにこのイラつきをぶつければ良いのか、全くわからないけど。
「「「おぉぉ!?」」」
「「「えぇ……」」」
男子達は、概ね筋肉漢へと一瞬にして変貌したことに興奮しているけども、女子達は一部の除いてドン引きしているわね、私を含めて。
「これが魔法であり、このような魔法を行使するのに必要なのが魔力なのです。これまでの勇者召喚の文献から、皆様もこの魔力を使用する世界ではなかったと推察しますが、如何ですかな?」
「そうだね。魔力という概念自体は、私達の世界にも当たり前のようにあったのだけれど、それらのものは創作物の中でしか存在しないものとして、私たちの世界では認識されているよ。一部の者達は、現実にも扱えると思って試行錯誤などしているようだし、自分にはそのような力が眠っていると思い込む病も蔓延しているが、概ねあっているね」
中二病ね。吉野先生の今の状態も、いわば病に罹っている状態と言えるような気がするけども、異世界にいるという、そもそもの世界設定が変わったことで、病が完治、否、世界に適応したと言えるわね。
ただ、吉野先生の背中から溢れ出る〝魔法〟や〝魔力〟という言葉へのワクワク感が、上限突破している感じなのは玉に瑕ね。
吉野先生の様子は生温かい目で見守るとして、この茶番の目的はおそらくは、王女からの〝扇動〟効果のリセットね。物理的にありえないほどの身体の変貌を見せることで、意識を〝魔法〟への興味へと移らせつつ、筋肉という見た目の暴力で全員の目を醒させるなんて……手段はキモかったけれど、やるわね、ネイ長官。
「ふむ、なるほど。文献に相違がないということは、異世界からの転移者である皆様には、すでに魔力が体内に宿っている筈。理由は判明しておりませんが、世界の壁を越えるという事は、その世界に順応するということになるのかもしれませんな」
「その事については、議論を深めたいところだけれども、まず先に我々の現状の把握が先だろうね」
「えぇ、また時間を作って、異世界の事についても語らいたいところです。それでは、これより皆さんの魔力量を測定いたします。ただ、測定と述べましたが、実際には数値が示されるわけではなく、おおよその現在保持している魔力量を光量で確認するということになります。実際に、見てもらった方が早いでしょう」
「数値化のパターンではないのか……なるほど。兵士、騎士、魔導士と順に我々に見せる事で、これを魔力量の参考にしろという事だね。みんな、よく見ておきなさい。自身がこれから、あの魔法陣の中に立ち入ることで体から発せられる光がどの程度かということが、今後の行動に大きく影響するのだから」
異世界への解像度が高い吉野先生が、分かりやすく解説しつつも、床に描かれた円形の模様を魔法陣と称し、それを当たり前に魔法陣と理解してしまうあたりは、サブカルへの理解度が高い日本人の強みかしらね。
だって、ほら。一路君も、じりじりと前に出てきているあたり、男の子なんだなぁってほっこりするわね。
ただし、私の魔眼と使って、貴方の魔力は、この世界の一般庶民以下的な評価になるまで、下げちゃうんだけどねぇぇえええ!!!!! どぅふどぅふどぅふ!
「それでは、魔力量についてのご理解が進んだところで、順に魔力量を測定していきましょう。順番は、そちらにお任せいたします」
「先ずは、こちらの年長者である私から行こうじゃないか」
ウキウキが止まらないのね、吉野先生?
「では……うぉぉおおおおお!!!!! これが私の、全力だぁああああ!!!!!!!!」
魔力測定するのに、特に叫ぶ必要なかった筈だけれど? その魔力測定魔法陣の中で、テンション上がってしまったのは分かるけども、どんどんこちら側が冷静になっていく様子が、火を見るより明らかね。
完全に先程までの王女の〝扇動〟による効果に、これでとどめを刺されたわね。ちょっと王女も表情が引き攣ってるわね。筋肉中年と中二病女に、こんな感じで自分の策が破られたと考えたら……よくあの王女、耐えてるわね。さすが、神託を利用するほどの腹黒王女は、一味違うってことかしらね。
「クルミの魔力量は、おそらく帝国の宮廷魔術師筆頭級でしょう。ふむ……一人目でこれとは、異世界召喚とはこれほどまでに凄まじいものだとは……」
吉野先生の魔力量が示した光量に、ネイ長官は驚いているようだけれど、次は私よ?
「それでは、次は生徒の代表である私が測定させていただきます」
思っていた以上に、本人も眩しいのね、これ。よく吉野先生、あの光量で目をガン開き出来ていたわね。
「これまた、宮廷魔術師筆頭級……いや、既にS級冒険者に匹敵、否、超えていると言えるか?」
S級冒険者という新しい言葉が出てきたけれど、おそらくは相当な強者なのでしょうね。S級というランクの表現自体は、おそらく私たちが理解できるように言語が翻訳されている結果でしょうから、その上にSS級とかあるかもしれないけれども、あちら側のネイ長官と王女以外の反応を見るに、すでに化け物じみているのでしょうね。
それから冴斬君も続き、案の定、騎士団団長級との評価をネイ長官からもらっていたけれども、その他の生徒達も軒並みにこの世界のエリートレベルの魔力量を保持していることがわかったわね。
ただ一人を除いてね。
「どうして……また僕だけ……」
一路君の示した魔力量は、庶民以下、むしろ光を確認することすら難しいほどに光らなかったの。
だって……
私の魔眼〝狂愛の魔眼〟で、完全なる雑魚モブ級に弱体化させているものぉおおおおおお!!!!
まだよ! ほら、まだ諦めないで! ちょっと、魔眼の効果を緩めれば……
「!? 少し僕の光が強く!」
ならないのぉおおお!!!! 魔眼の威力調整を、私がしているのだからぁああああ!!!!
「あぁ!? また弱く!?」
諦めちゃダメよ! まだまだここからが、貴方の本番なのだからぁあああ!!! でもほらほら、もっと気合い入れないと光が消えちゃうわよぉおおお!!!
ん? 吉野先生が、一路君に近寄って……
「日野、いや、一路君。慌てなくて良いんだ。この世界は、元の世界とは異なる理が存在している。これまでの君とは、違って良いんだから。だから、またダメだでなく……今、君がすべきことは、〝ここで俺は変わるんだ〟と魂の核から、叫ぶことなのさ」
「先……生……」
ちょっ!? やめてやめて!? 片膝ついて、打ちひしがれる主人公の肩に優しく手を乗せて、覚醒するきっかけをあたえるお姉さんポジヒロインとか……お呼びじゃないのよぉおおお!!!
それに、今回は洒落にならな……んぁ!?
「そうだ……ここで、俺は……ここでの俺はぁあああ!!!」
一路君の光量が増してくる!? 一般兵士級……騎士級……これ以上は……させないわぁああああ!!!!!!
「会長? 会長!? 何故そんなにも歯を食いしばって!? それに拳を握り込みすぎて、血が!?」
冴斬ぃいい!!! うるさぁああああいいいい!!!!! こっちも全力なのよぉおおおおおお!!!!!
ということで、結果的に一路君の魔力量は、上級騎士級ということになった訳だけれども……あのお姉さんポジヒロインには、注意が必要ね。
それに……力を抑えた感覚から、一路君の力の一端を垣間見たけども、あの力は本当に〝化け物〟といって良いわね。であるならば、こちらも同じく〝化け物〟となるだけ。
この世界で、貴方だけを化け物にさせないんだから。




