第三話 全力で貴方を堕としてみせるわ
「あら、ごめんなさい。とりあえず、全員が無事であることに安心しちゃったら、不意に涙が出ちゃったみたい」
「そっか……神ノ木さんは、優しいんだね」
「ふふ、そんな事はないのだけれどね。日野君も元気出してね」
「ありがと」
一先ず、日野君の前から脱出しなければ、もう情緒が限界ぃいいいいい!!!! なになになになにあれぇえええ!!!! 絶対にここらからの異世界冒険譚が、日野君の無双ファンタジーになるのだけは、絶対ぃいいい絶対にぃいいい阻止ぃいいいいいい!!!!
「冴斬君、吉野先生、他の生徒達は今のところは落ち着いて話を聞いてくれる状態でした。ただ、この異常な状況からの脱出、もとい彼女の言い分が正しいとするならば、この異なる世界から元の世界へと戻るということを行動目標にするのが良いかと思います」
「そ、そうね。私も、同じ考えよ。ただ、このパターンだと、元の世界に帰る方法があるかどうか、分からないけど……」
相変わらず、吉野先生は自信無さげだけれども、何故かどこか此処に来てからは妙にどこか雰囲気が違うわね。
⚫︎吉野来海
兎木崎高校社会担当教師
二十七歳
女
保有魔眼無し
【備考欄】(▼更新)
いわゆる、異世界系小説家になろうオタクである。本人も小説投稿サイトに自作小説を投稿しており、ネット小説コンテストが開催されている期間はドキドキ出来るので、入賞を目標としている訳ではないが、お祭り感覚で楽しんでエントリーしている。
〝分からせ系〟や〝ざまぁ系〟を好むが、本人的に一番好きなジャンルは〝モブ覚醒無双系ハーレム系〟であり、この手の作品を本人も好んで執筆している。
日常生活から自作小説のネタにならないかと観察している為、学年でも下位よりの成績であるが、授業態度や課題に対する取り組み方から、そして長年のネット小説読者の勘から、彼はいつか〝化けるのでは?〟と密かに注目しており、実はこの自体が異世界転移だと説明を受けた際は、さりげなく日野一路に何か起きていないか気にしている。
両親を事故で亡くしており、兄弟もおらず、親戚とも疎遠な為、特に元の世界に戻りたいと強く思っている訳ではないが、なろう小説が読めなくなるのと、こんな絶好のネタを自作小説に活かすことができないことは悔しいとはおもっている。
その為、この世界においても小説があるのかを、今現在は一番気にしている。
「……吉野先生、わりと余裕がありそうですね」
「えぇ!? そ、そそそんなことないわよ!?」
備考欄は音声付きじゃないのに、なぜか凄く早口で話された気分がするのは何故かしら。
いえ、問題なのはそんなことより、吉野先生が目下最も危険な人物であることがわかったことが大きいわね。まさか、私以外にも日野君に注目している人間がいるだなんて、動機が動機なだけに非常に危険だわ。
日野君が覚醒無双ハーレム系主人公になり得る素材だと知られるのは、なんとしても阻止しなければ。日野君の長い前髪をたくしあげてオールバックにしたら、美少年寄りの美青年なところとか、絶対に吉野先生の大好物に違いないわ。備考欄には記載がないけれど、これは女の感として間違いないわね。
まぁ、正直私も帰る帰らないはどちらでも良い派なのところは、先生と同じね。戻ったところで、私は政略結婚の道具に過ぎないのだし……でも、あれね。ここで日野君を私に惚れさせて、元の世界に帰った時に、無謀にも神ノ木財閥へ私を自分が貰い受けるために立ち向かい、いろいろな困難に立ち向かいボロボロにさせるのも……
有り寄りのありね!
「神ノ木さん? 目が、その……大丈夫?」
「はい、何でもありません」
危ない危ない、うっかり目が白目を剥いていたようね。幸い私の真正面にいたのは先生だけのようだし、冴斬君には見えなかったようね。
「会長、一先ず我々としては安全の確保を最優先事項として行動し、ここが異世界と仮定し、元の世界への帰還を目標として行動するということでよいでしょうか」
まぁ、それしかないわよね。二人が話し合ったとしても、常識ある人間であればそれしかあり得ないと分かっているから、二人に任せて日野君を視にいったのだから。
「えぇ、そうね。他の皆の様子を見てきたけれど、その方針に反対するような人はいないでしょう」
先生のように、本当にこの方針に反対していないかは、腹の中を視てみないとわからないけども、今のこの時間で全員のを視る時間はないもの。
「問題は、先ず彼らが私達をどう扱うか。そして、帰還方法の有無だけれども……吉野先生は、どのようにお考えですか?」
冴斬君が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔しているけど、この私が一科目の担当教諭でしかない彼女に意見を伺うなんてこと、想像もしていなかったでしょうね。
でも今は、現実では起こり得ないことが起きてしまったのだから、元の世界ではあり得なかった事をするのが、おそらくは正解なのよ。
「ど、ど、どのようにと聞かれても……さっきも冴斬君には伝えたけど、私より貴方達二人の意見の方が、きっと正しいと思うわ……」
学年どころか全学年の神が私であれば、冴斬君は王だものね。数多いる教師の一人にすぎない彼女が、私達を前にして自分の意見を強く出すとは思えないけれど……でも、私は貴方をすでに視ているの。
「吉野先生、今回の事象は異世界転移と理解しているのですが、この後の展開としては、どのようなストーリーが考えられるでしょうか?」
「今回の場合、少人数を狙った勇者召喚という事ではなく、相手側の反応を見るに、そもそもある程度の人数を召喚しようした多人数異世界召喚とみて間違いないね。いきなり拘束されたり、身体のどこかに隷属紋があるように見えないから、胸糞系異世界召喚物ではないと願いたいところだね。ただ、さっきの王女は、ちょっと怪しい感じは出ていた。私の読みでは、純粋に魔王を討伐する王道ファンタジー物って感じは……何故かしないな」
キリッって感じのドヤ顔を向けながら、ものすごい早口で喋ってきたけど、冴斬君はついてきて……ないわね、この顔は。
「……会長? 先生は、何を言っていたのでしょうか」
「そのままの意味よ。吉野先生は、この世界に来たことで水を得た魚となったのよ。吉野先生、私も先生の読みに賛成です。今回の騒動は、あの王女の言葉通りの王道ファンタジー物語という感じでなく、何やらきな臭さを感じます」
「きな臭さ……そのワードを現実で聞けるなんて、それだけでもこの状況になった会があったってものさ」
「会長? 先生の口調や顔つきも、先ほどからどんどん変わっていっていますが、これは何が起きているのでしょうか?」
私もそんなこと、全くわからないわよ? ちょっとどころか、結構私も引いちゃってるけど、私がこれを引き出したのだろうから、しょうがないから乗っかってるだけだもの。
「ただあまりにも急なことだったから、不味ったね。本当にあの王女が、腹黒王女だった場合、この部屋は盗聴や盗撮されている可能性が高いね。魔法が存在する世界において、私たちの成長のポテンシャルが高かったとしても、今は丸ごしのお上りさん状態。言うなれば、カモネギね」
「吉野先生、もう少しゆっくり話してもらって良いでしょうか? 私はともかく、冴斬君が急なキャラ変についてきていないようですので」
「それは申し訳なかったね。オタク界隈では〝賢者ミクル〟と称されているものだから、ついその領域に足を踏み入れると、自ずと口調もこうなってしまうようなのだよ。ちなみ〝教授〟という呼び名も良かったのだが、私の領域が異世界だったこともあり、賢者という肩書きの方がしっくり来るだろうと、周りの勧めもあってこちらで呼ばれるようになったのだよ。あぁ、私が女性であるにも関わらず、このような男役のような話し方をしているのは、こういうことなのさ」
ゆっくり話せと言ったのに、全く無視して一息で喋りきったなぁ。肺活量は、どうなってるの? ん? おもむろに分厚い眼鏡を取り、目を隠していた前髪をかきあげたけど……う、嘘でしょ?
「う、美しい……は!? 僕は一体何を口走った!? 会長! これは違うんです!?」
冴斬君が何をそんなに焦っているのかは分からないけれど、今目の前で起きたことによってそれが引き起こされたことは、十分に理解出来るわ。
「吉野先生……これまで、よくその顔面偏差値の高さを隠してこれましたね」
取り外した眼鏡のレンズに細工がしてあったのか、それとも長くたれた前髪が隠していたのか、妖しく煌めく緋色の瞳は、まるで見たものを魅了でもしてしまいそうなほどに、深い色をしているけれど……これは、危ないわね。
しかも瞳の美しさだけでなく、私や王女に引きを取らない整った顔に、オドオドと猫背だった背筋を伸ばしたことにより、凛とした力強い印象を纏いながらも、大人の女性としての色香をもつ身体のシルエットは、本当に今までどうやって隠してきたのそれ? って、レベルの存在感なのだけれど。
何が危険かって、この特殊な状況で、これまでの先生の姿に対するギャップが凄まじいのよ。
「これは……クラスが割れるわね……」
「そうだね。きっと私、神ノ木クン、王女様との三つ巴の勢力が出来上がるだろうさ」
「なっ!? 今の呟きが聞こえ……」
「そりゃそうさ。私は、難聴系異世界転生主人公ではないのだから。オタクとして、どんな小さな声だろうが、それを拾える耳に日頃から鍛えているからね」
なんと言う地獄耳……と、あわせて驚いて見せたけど、正直私も悪ノリしすぎたわね。ただ、先生の言っていることは、私が本当に懸念していることだ。それを証明するように、すでにクラスの少ない人数が吉野先生に見惚れている。
更には、吉野先生は現実世界でどの程度使えるか分からないけれど、状況的にはこの異世界転移の専門家と言って良いほどの知識がある上に、こちら側唯一の大人であり、責任ある教師という立場が彼女を強く見せるだろう。
私は吉野先生が率いてくれれば御の字なのだけれど、私の重度の信奉者はそれをおそらく許さないだろうから、面倒なのよね。
そんなことよりも、私が今一番きにしなければならないのは……日野君がどんな反応を見せているかだけれど……
「なん……ですって……!?」
日野君が、目を見開いて吉野先生をみているですって? まぁ、そうね。あれね、あれよ? 別に彼は私の癖に最高なだけであって、恋愛対象というわけではないから、別に良いけども? 一路君だって、健全な男子高校生なわけで? 急に美人教師が目の前に現れて、見惚れるのはわかるわよ?
いや、分からないわ。分かりたくないわね。なぜかしら、とてもイラつくわ。えぇ、すこしだけですけどぉ?
……くそがぁあああああああ!!!! 私を見ても、今はそんな表情してくれないのにぃいいい!!!!! あああぁあああああああ!!!!