目標は、友だち以上恋人未満。
朝7時。
眩しい光が差し込むパン屋の店先には、香ばしいバターの香りが漂っている。
青年――真島拓は会社の名札を首から下げているのを確認して、店の扉をくぐる。
いつもこの時間には玉子サンドが並んでいる。
そしてカウンター横の冷蔵庫から牛乳飲みきりパックを一つ。
これが拓の毎日の昼食だ。
店のエプロンをつけた若い女性が笑顔でレジに立つ。
「おはようございます、真島さん。今日もありがとうございます」
「あ、うん。ええと、俺の知る中でここのパンが一番、美味しいから」
「うちのパンを気に入ってもらえて嬉しいです」
彼女の名は美咲。この店の看板娘で、拓が毎朝ここに足を運ぶ理由だった。笑顔がパーフェクトかわいい。
半年通ったおかげで名前を覚えてもらえたし、街ですれ違えば雑談くらいはする。
名も知らぬ一度きりの客よりはランクが上のはずである。
「はい、どうぞ!」
美咲がパンを店名入りの紙袋に詰めて渡してくれる。
「それにしても、毎朝来てくれて。真島さん、本当にパン好きなんですね」
「パンがというか、この店でないとだめというか」
好きなのは君だ! と言えないチキン。
次のステップは友だち以上恋人未満の関係になること。
(今日こそ美咲さんを映画に誘うぞ。早くしないと公開が終わってしまう)
公開前から話題だった恋愛映画、デートに誘って告白したいと思って早ふた月。
ノロノロしている間に、映画館のサイトに今週末で公開終了というお知らせが出た。
「え、えい…………ごほん」
振られたら店に通えなくなると思ったら口にできなかった。
「ふふっ。ありがとうございます。お仕事頑張ってくださいね! 行ってらっしゃい!」
店を出た後、パンの袋を抱えながら拓はチキンな自分が情けなくなり、小さく息をつく。
チキンなくせに「行ってらっしゃい真島さん」から「行ってらっしゃいあなた!(はーと)」になる日を夢見て、拓は明日もこの店に通うのだ。
END