第六話 激戦の果て
「よし!」
T-34を撃破して内田はグッとこぶしを握った。車内にも喜びの声があがる。
だが乱戦の最中、そのような油断は禁物だった。
ふたたび至近距離で大きな爆発音が響いた。あわてて見ると小隊の一両が爆発炎上していた。その前方には今まさにこちらへ砲を向けようとしているT-34が居る。
「み、右旋回!急げ!」
内田は操縦手の右肩を蹴る。車体の向きが変わりかけた瞬間、大きな音とともに内田の体は砲塔の内壁に激しく打ち付けられた。
車内に急に風が吹き込んできた。見ると砲塔の左側に大きな穴が空いている。どうやら敵の砲弾は掠っただけで浸炭装甲板を砕いたらしい。
「進路10時!敵の残骸の陰に逃げ込め!」
気にせず内田はすぐに指示をだす。
「見習士官殿、大丈夫ですか?」
軍曹が気遣わし気に尋ねた。
「問題ない。暑かったからね。風通しが良くなって丁度良いよ」
内田は目に入る血を片手で拭って無理に笑う。
弾け飛んだ装甲の破片とリベットで内田も負傷していた。あちこちから出血している様だが興奮しているせいか今は痛みを感じない。
背後で再び爆発音がした。振り向くと逃げそこなったのか僚車が炎上している。これで小隊はとうとう内田の車両1台だけになってしまった。
「一旦、止まれ」
今のところあのT-34以外に自分たちを狙っている敵がいないことを確認し、内田は敵の間に残骸を挟んで停車させた。
敵が再び発砲した。砲弾は残骸のT-34に命中し大きく揺らす。今だけはT-34の防御力に内田は感謝した。
敵がこちらを射界に収めようと動くのにあわせて内田も車両を移動させる。2台の戦車は残骸を中心に円を描く様に動いていた。
「くそっ!しつこい敵に目を付けられた!」
乱戦で獲物はいくらでもいるはずなのに、そのT-34は内田の戦車だけを執拗に狙い続けた。もしかしたら内田が撃破した戦車に親しい知り合いが乗っていたのかもしれない。
残骸の陰から出ればすぐに敵は撃ってくるだろう。
「……軍曹、前に使ってた徹甲弾はある?」
しばらく考えて、内田は三式穿甲榴弾の代わりに一式徹甲弾の使用を指示した。
「今さら徹甲ですか?一応3発だけ持ってきておりますが?」
57ミリ短砲身用の一式徹甲弾ではT-34相手にはほとんど効果がない。軍曹は不思議そうに聞き返した。
「今のままではいずれ殺られる。穿甲榴弾では敵を一発で仕留められない。だから敵の足を先に奪おうと思う。履帯を破壊するならば徹甲の方が可能性がある」
小さな穴をあけるだけの穿甲榴弾と違い一式徹甲弾は内部に炸薬をもっている。履帯ならば一発破壊できる可能性があった。
「軍曹、やれるか?」
「この距離なら外しませんよ。お任せください、見習士官殿」
軍曹がうなずく。そして内田は操縦手にも一つの指示をだした。
「よし行くぞ!ちょい躍進!」
覚悟をきめて内田は残骸の陰から自車を急発進させた。待ち受けていた敵はすぐに狙いを定め発砲する。
その直前に操縦手は事前の指示どおり急停車させた。最初に見た速度にあわせて偏差をもって発砲された敵の弾は、わずかに外れて前方を通り過ぎた。
「撃て!」
急停車で前のめりになりながら内田が叫ぶ。
軍曹の放った徹甲弾は敵戦車の右前の誘導輪に命中した。爆発が誘導輪とともに履帯の一部も吹き飛ばす。
いまだ回り続ける駆動輪が切れた履帯を転輪と車体の間に折り重ねる。無事な左側の履帯が敵戦車の車体を急激に右へと曲げていく。
「今のうちだ!躍進!弾種、穿甲榴弾!側面にありったけぶち込め!」
内田は再び自車を急発進させ敵の左側面に回り込ませた。敵は車体と砲塔の動きがあわず、こちらに狙いを定められない。
軍曹はこれまでに見た最高の速さで砲弾を叩き込んだ。
3発命中させた所で、敵戦車は砲塔を高く吹き上げて爆発した。車内に吹き込んだメタルジェットが装填手の抱えていた砲弾を誘爆させたためだった。
「や、やった……」
難敵を撃破して内田は身体の力を抜いた。それはまたしても大きな油断だった。
周囲では戦闘は未だ継続しており敵戦車もまだたくさんいる。先ほどの戦闘中に他の戦車から狙われなかった事は奇跡に近い。
背後から激しい爆発音が響いた。同時にあれほどうるさかったエンジン音がピタリと止む。内田の戦車は別の敵からエンジンルームを撃ち抜かれていた。
後部から火を吹きながら内田の戦車はそのまま惰性で進んだ。衝撃で操向装置もいかれたらしい。戦車は左にフラフラと曲がり、先程撃破した敵戦車にぶつかった。
角度が悪かったのか内田の戦車はそのまま横倒しになる。
「うわーっ!!」
横転と同時に内田は車長席から転げ落ちた。そしてどこかに身体を激しくぶつけ、そのまま意識を失ってしまった。
「う、う……」
全身の痛みで内田は目を覚ました。
「気が付かれました!」
目を開けると自分を覗き込む軍曹と部下たちの顔が見えた。皆怪我はしているが一人も欠けていない事に内田は一先ず安堵する。視線を横に向けると巨大な鉄の板、いや戦車の底板が見えた。
横転で負傷し気を失った内田は、どうやら部下に運び出されて横転した戦車の横で寝かされていたらしい。身体のあちこちに包帯を巻かれている。右腕は折れたのか機銃の予備銃身が添え木代わりに縛り付けられていた。
「とにかく皆が無事でよかった」
痛みを堪えながら内田は笑顔で言った。
「ご無事でよかったです!少尉殿!」
軍曹が泣きそうな声で答える。他の乗員も皆が泣いていた。
すでに夜明けが近いのか空が白み始めている。戦闘音も聞こえない。
「戦闘はもう終わっているようだけど……敵は?味方はどうなった?」
無線手に手を貸してもらって上半身を起こすと内田は尋ねた。自分と部下がとりあえず無事ならば、次に気になるのは戦闘の結果である。
「……敵は撤退しました。その点では我々の勝利であります、少尉殿。しかし……」
「しかし?」
味方は勝ったはずなのに軍曹の表情は暗かった。
「連隊長殿以下、主だった方々は皆、戦死なされました。現在、連隊の最上位士官は第四中隊長の伊藤大尉殿となっております。第四師団の方も酷い事になっとるらしいです」
「……そうか、みんな死んじゃったか……」
この戦いで第十一連隊は36両の戦車のうち25両を失っていた。人員の損害も酷い。池田連隊長以下、連隊本部要員は全滅し兵員も半数を失っている。
第四師団も司令部こそ無事だったが100両以上の戦車を失っていた。つまりともに戦力的には全滅判定といってよい。
だが彼らの勇戦は決して無駄ではなかった。大きな損害を代価に貴重な時間を稼いだのである。
日本軍が損害を無視して激しく抵抗したため、ソ連軍はその撃破に想定以上の時間をかけることになってしまった。
夜が明けてしまえば日本軍の航空部隊がやってきてしまう。このため、ソ連軍はまだ50両以上の戦車が残存していたが、1時間ほど前に撤退していた。
「まあ、少なくともこれで自分らの戦争は終わりかな。皆、ご苦労様でした」
「こちらこそ、ありがとうございました、少尉殿。お見事な指揮でありました。おかげで生き残ることができました。この御恩は一生忘れません」
そう言って軍曹らは内田に敬礼した。内田も無事な方の手でぎこちなく答礼する。
こうして内田少尉の第二次世界大戦は終わったのだった。
いくらチヌやホニで相手の倍の数を揃えても、T-34/85を相手にするのは無理ゲーです。
戦闘シーンはフューリーのM4戦車対タイガー戦車のシーンをイメージして書きました。シチュエーションは全然違いますが。少しでも緊迫感が伝われば幸いです。
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