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第一話 ロング・テレグラム

861.00/2 - 2246: Telegram


発:駐ソ連代理公使(ケナン)

宛:米国務省


『極秘』


モスクワ, 1945年7月22日 9 p.m.

[受信:7月22日--3: 52 p.m.]


511. Dept284(受信7月8日)への回答


 この回答には、非常に複雑で、繊細で、我々の思考形態からみて理解しがたい部分を含みます。これは今後の国際環境の分析にとって極めて重要なものです。


 簡略化すれば大切な部分が零れ落ちる恐れがあるため、短くすることは出来ませんでした。ご容赦ください。

 :

 中略

 :

 ソ連の権力はヒトラーの率いたドイツほど計画的でもなければ冒険的でもありません。そして決まった計画に沿って動くわけでもありません。


 彼らは不必要な危険を冒しませんが、理性の論理に鈍感なくせに力の論理には非常に敏感です。このため簡単に撤退を決断でき、強い抵抗に遭遇したときには大抵撤退します。


 つまり、もし我々が十分な戦力を持ち、その力を用いる用意があることを明確に示すならば、ソ連に対して実際に戦力を用いる必要はなくなります。状況が正しく処理されていれば威信をかけた対決は必要ないのです。


 我々資本主義勢力と比べて、ソ連は依然としてはるかに弱体な勢力です。それゆえ我々がどれくらい結束と断固たる意志と気力を発揮しうるかが重要となります。そしてこの点こそが我が国が影響を与えることのできる部分なのです。

 :

 中略

 :

 共産主義は、病気の組織だけを食べる悪性寄生虫のようなものです。


 ソ連と共産主義を封じ込められるかどうかは、我々自身の社会の健全さと活力にかかっています。我々自身の社会の内部問題を解決し、我々自身の国民の自信と規律と士気と共同意識を高めることは、幾百の外交覚書や共同会見にも匹敵する外交的勝利を我々に与えるでしょう。


 我々は、これまで提唱してきたよりもはるかに前向きで建設的な世界像を他の国々のために策定し、提唱しなければなりません。

 :

 中略

 :

 ヨーロッパでは、多くの外国国民が戦争に倦み疲れ、恐がっています。抽象的な自由などというものは安全より薄い関心しか持たれていません。


 彼らは責任ではなく指導を求めています。我々はロシア人よりも彼らにこれを与えることができるはずです。もし我々が与えなければ、ロシア人がそれを代わりに与えてしまうでしょう。


ケナン


800.00B - 2546: Airgram



 ジョージ・ケナン駐ソ代理大使はかれこれ10年以上のソ連駐在を通し、米国内で当時最もソ連の知見に富んでいた人物である。彼はドイツ第三帝国の降伏後もモスクワでソ連の振る舞いをつぶさに観察していた。


 そのケナンより送られた3万4千字にもわたる長文の電報は、その重要性からすぐ国務省から大統領スタッフに回覧された。


 それは米国の戦後政策、対ソ戦略に大きな方針転換を齎すこととなる。




■1945年7月23日

 ドイツ ベルリン郊外 ポツダム

 ツェツィーリエンホーフ宮殿


 ソ連に略奪の限りをつくされたものの奇跡的に建物は残っていたこの宮殿に、先週から米英ソの首脳が参集していた。目的は戦後の枠組みを見据えた首脳会談である。


 米国に割り当てられた一室で国務省のレポートを読み終えたハリー・S・トルーマン大統領は大きなため息をついた。ゆっくりと眼鏡をはずし目頭を揉む。


 連日チャーチルやスターリンなど癖が強いどころではない連中を相手にしていたせいか酷く疲れが溜まっている。


 彼は眼鏡をかけ直すとデスクの前に立つジェームズ・F・バーンズ国務長官に向き直った。


「つまり君たちはこう言いたいのか?ソ連を大人しくさせるには融和ではなく武力をちらつかせるのが一番で、共産主義の浸透を防ぐ秘訣は社会に隙を見せないことだと?」


「はい大統領。端的にいえば仰る通りです。省内でも検討した結果、彼の分析は妥当であると判断しました」


 バーンズは頷いた。


 今回の会談にあたり、トルーマンは将来のソ連に対する戦略方針の検討を国務省に命じていた。国務省はその解をもっともソ連に詳しいと思われるケナンに問い合わせ、その回答がきたのが昨日であった。


 それは国務省の対日戦略にも大きな影響を与えるものだった。


「それで?国務省としては対日戦略の大幅な見直しが必要だと?」


「その通りです。日本の降伏は既定路線です。しかし完全な武装解除と民主化、農業国化は悪手です。戦後の対ソ戦略を考慮すれば、逆に日本を早急に復旧させ我々の側につける必要があります」


 ケナン、そして国務省は、現時点でまともな軍事力を自力で生産、維持できるのは世界中で5つの地域に過ぎないと考えていた。


 アメリカ、イギリス、ライン川流域の欧州中央部、ソ連、そして日本の5ヶ所である。


 ソ連を封じ込めるには、ソ連以外の4地域に共産主義が浸透しないようにする必要があった。つまりソ連が手出しできない軍事力の配置と、国民が不満を持たない政策の実現である。


 ケナンの電報以前の国務省の対日占領政策は、非軍事化、民主化を優先し最終的に農業国まで落とし込むというものであった。


 だがその様な政策を行えば、貴重な軍事拠点を失うだけでなく、国民の不満が容易に共産主義を呼び込むことが予想された。


 このためバーンズら国務省は、新たな対日戦略として日本の政治的、経済的、軍事的な復興を優先するものを提案していた。それは将来的には米国に経済的に統合し、米国に友好的で、太平洋方面で唯一の信頼できる同盟国を作り上げるというものだった。


「つまり日本に対する勧告の内容も見直すのか?」


 トルーマンは首脳会談後の発表を控え準備をすすめている降伏勧告について問いただした。


「はい大統領……勧告は日本が受け入れやすいものに変更する予定です。もちろん軍の無条件降伏は変えませんが、軍の保持と政治体制の自由は保障する予定です」


 答えるバーンズは少しだけ不満そうに見えた。


 その内容は、「天皇制の存置については日本人の自由意志に委ねる」という、ジョセフ・グルー国務次官が提案していた初期案に近いものであった。それは民主国家である米国とは相いれないものであるため勧告案から一旦削除されていたが、それを復活させるとバーンズは言っていた。


「だが、それだけでは日本が降伏を受けいれるとは限らないだろう?やはり原子爆弾の威力を示す必要があるのではないか?バーンズ君もその点は同意していたはずだが?」


 別にバーンズは天皇制そのものに反対していた訳ではない。単に日本が早期に降伏した場合、日本に原子爆弾を使用できなくなる事を恐れていただけである。


「……その点は諦めるしかありません……個人的には非常に残念ですが」


 言葉を切ってバーンズは肩をすくめる。そして言葉をつづけた。


「……必要以上の恨みは戦後の日米関係に悪影響しか齎さないと判断しました。既に日本の指導者の心は十分に折れています。ソ連にしきりに終戦の仲介を頼んでいるのがその証拠です。そのソ連が参戦すれば原子爆弾がなくとも日本はすぐに降伏を飲むでしょう」


「ならば私から何も言うことは無い。その線で速やかに日本を降伏に導きたまえ」


 それから三日後の7月26日、急遽変更された勧告案が参加国に提示され、英中はこれに概ね同意した。


 だがソ連だけは無条件降伏を主張し、米国の勧告案に強く反対した。現時点ではソ連はまだ日本に参戦しておらず、日本が受け入れやすい降伏案ではソ連が参戦する前に日本が降伏してしまう可能性があったためである。


 結局、この勧告案はソ連の同意を得ないまま、トルーマン、チャーチル、蔣介石の三名の署名をもって発表され、同日ラジオ放送で日本に伝えられた。また日本占領分担についても、トルーマンはスターリンに対し、ヤルタ会談は正式なものでないため別途協議するとの書簡を送っている。


 ソ連はこれを米国の裏切りと捉え、対日参戦をこれまで以上に急がせる事となる。

米国の戦後戦略を決定づけたケナンの長文電報がポツダム宣言前に送られた事が歴史の変化点となります。これにより米国のソ連への態度が冷戦時のように変化します。


ケナンは10年以上にもわたるソ連駐在の経験から、ソ連とロシア人の考え方を非常によく理解していました。ちなみに内容はかなり意訳しておりますので、書籍やネット情報とちょっと違うと思います。


ただ、これだけでは変化が弱いため、次話でもう一つ歴史の変化点をいれます。


作者のモチベーションアップになりますので、よろしければ感想や評価をお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] また予想外に面白い内容ですね。ソ連に神風台風が吹いたというのは面白い。 [一言] お久しぶりです。 歴史の歯車が変わればこうなっていたかもしれない展開が面白いですね。
[良い点] こうなっていたら最高だったのに。
[一言] ホント、このくらいの時期に話があれば、全てに影響してもおかしくはない。
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