sideフロランシアの母
sideフロランシアの母とアリジゴク
辺境伯領への遠征2回が無事に終了して私たちは日常に戻った。
私たち家族は全員がレベル700を越えた。
使用人・領民・取引のある商人は全員レベル350を越えた。
フロランシアは早々にヴシュターク家へ疎開させた。
「行ってきます」とか「お元気で」とかそういう挨拶もなしだった。
私は寂しさに負けて連日、研究室の片づけをしている。
フロランシアと2人で日昇から日没まで庭いじりをしていた日々を思い出しては胸が焼けるようなノスタルジックに苛まれている。
最近まで進めていた研究、ローレンツ3号の件は私の手を離れてしまった。
今は研究室を片づけながらローレンツ4号の具体案を頭の中だけで回している。
☆☆☆☆☆☆
たくさん並んだガラスケースの中にアリジゴクがいた。
存在を忘れ去っていた自分の薄情さに泣いた。
8年間フロランシアが育てていた。
娘が急にいなくなるなんて思わないから引継を受けていなかった。
フロランシアが幼い頃「ダンジョンマスター捕まえた!」なんて言うから何事かと思えばアリジゴクだった。
凄い真顔でダンジョンマスターだと言い張っていた。
アリジゴクでしょ?とは言わずに娘の言い分につき合った。
娘が言うには「アリジゴクの1万分の1くらいの割合でアリジゴクに擬態したダンジョンマスターが混ざっている」
突拍子の無い事を言う娘は可愛かったが大きくなっても突拍子の無さは変わらない。
というか8年って……アリジゴクってそんなに長生きするものじゃないと思うんだけど。
この個体、人の言葉がわかるっぽい。
長文も理解する。
例えば
「虫と魔力どちらが好き?虫なら横に揺れて。魔力なら縦に揺れて」
とか問うと即座に縦揺れする。
「あれ?魔力??虫じゃないの?」
手の平から魔力を流すと吸われる感覚がする。
目眩がする勢いで魔力が減る。
レベル上げしてあるから耐えられるけど以前のレベルじゃ10秒も持たなかった。反対側の手で魔石を握る。
この魔石は辺境伯領遠征のお土産だ。
純度も濃度も高くサイズも大きい。
これ竜の魔石じゃないかな…………?
フロランシアが飛竜をカジュアルに倒していた。
こんな大きさの魔石買うと1個1000万ゴールドするよ?
飛行船が飛ばせるサイズだ。
お土産で貰った18個のうち17個使い切った時点でようやく吸われるのが止まった。
アリジゴクがクマ程度の大きさになっている。
ちょっとこれは極秘案件なので、麦舎に連れ出した。
アリジゴクは地面の表層を掘り出した。
頭半分くらいの深さを掘ってから私の顔をガン見する。
私は(フロランシアのいるヴシュターク領まで掘ってくれないかな〜〜)とか思いながら
「好きなだけ掘っていいよ」とアリジゴクに口頭で伝えた。
ああ、フロランシアに会いたい。
長男は長期休みのたびに戻ってくるけど娘は秘密主義のヴシュターク家に嫁に行ってしまったのでもう2度と会えないかもしれない。
(娘を匿って貰っているのでヴシュターク家に思うところはない)
顔を見に、気楽にヴシュターク領に行けない理由は他にある。
王都にあるセントラルステーションを利用すると顔と名前と利用目的を王家に把握される。(辺境伯家へは辺境伯家の軍用転移陣だから行けた)
過去に現王の側妃を断った為、王都に足を踏み入れるのが怖い。
セントラルステーションを利用しないでローレンツ領からヴシュターク領へ馬車移動すると片道半年掛かる。
研究者として重要人物である自分は危険に身を晒す無責任な事は出来ない。
ラーン王家は本当に糞だ。
関わり合いになりたくない。
貴族でなければすぐに出国していた。
私は側妃に召し上げられるのが怖くて、たっぷり日焼けしてそばかすを大量に作った。
歳をとると消えないね……。
ラーン王家の事を考えるとますます気が滅入る。
今考えるべきはローレンツ4号だ。
アリジゴク(仮称ローレンツ4号)は穴を掘り進めている最中なので手出し出来ない。
掃除しかする事ない。
研究室の掃除は他人を入れられない。
これ手伝えるのはフロランシアだけだ。
保存する書類と破棄する書類の区別は私にしか出来ない。
破棄する書類も焼却して灰になるまで確認しなければいけない。
灰から書類を復元する魔法があると家庭教師のフラナガン先生が口を酸っぱくして言ってた。
そんな魔法使えるのフラナガン先生だけでしょー?とは思う。
書類の処理の他に大事なのは試薬類の処分だ。
試薬を見て何の研究してたか解る人は解る。
どちゃくそ難しいのが廃液だ。
廃液の処分は個々に違う。
文献を見ながら1手順づつ作業する。
中和したり殺菌したりとか色々。
娘に頼むと簡単だった。
「収納!売却!」という謎詠唱で廃液を処分していた。
空間魔法の1種だと思うんだけど。
売却魔法なんて聞いた事がない。
フロランシアはたまに別体系の魔法を使う。
人前で使ってはいけないとフラナガン先生に厳重注意されていた。
ビーカー類の洗浄もフロランシアに頼っていた。
「収納!耐久度リセット!」
あれは洗浄魔法じゃない。
空間魔法でもない。
時間魔法の可能性が微レ存。
新品になってる感じがする。
瓶ブラシでビーカーをちまちま洗っていると、単純作業ゆえ頭の中が寂しさで溢れてきた。
フロランシアに会いたい。
ローレンツ1号2号3号の研究資料はそれぞれファイル2冊分にまとまった。読めない部分は清書した。乱雑なメモは綺麗に書き写した。
しっかりした表紙をつけトレントの蔓で綴じた。
表紙には状態保存の魔法陣を刻んだ。
6冊の資料を木箱に詰め釘を打った。
これは私の研究人生そのもの。
フロランシアに送りつけて、ヴシュターク家に保管してもらう。
研究資料を纏めたら、一仕事終わった安心感で眠くなって来た。
研究棟の仮眠室で眠っていたら夫の話し声で目が覚めた。




