異世界に転生したはずなのに、ここって元の世界なんじゃないのか?
おかしい。俺はあの時、確かに異世界に転生させられたはずだ。
──あの日、会社の帰り道で車にはねられた直後、光の溢れる空間で『神』を名乗る爺さんと会った。
どうやら、俺にはまだ寿命が残っているのに『神』側の手違いで死んでしまったらしい。
そのお詫びに生まれ変わらせてくれるということだったが、元の世界に生まれ変わらせることはできないそうなのだ。
そこで、あまり生活に支障がないよう、なるべく元の世界に似た異世界に生まれ変わらせてくれるということだったんだが──これ、ただ過去に戻っただけなんじゃないか?
俺は21世紀の日本に生きていたんだが、ここはどう見ても50年代くらいのアメリカの地方都市にしか見えないのだ。
まあ、その時代の映画とかは好きだし、その空気感にちょっと憧れていたこともあって、思春期くらいまではそれなりに第二の人生を楽しんではいたんだけどな。
「おい、ジェイ。お前、卒業ダンスパーティに誘う相手はそろそろ決めたのか?」
放課後、悪友のチャーリーが意地悪そうな顔で訊いてくる。俺にそんな度胸がないのをわかっていて、わざと訊いてくるんだよな。
神様も、どうせなら転生のおまけに凄い能力とかをくれればよかったのに。特にこれといった特技もない俺は、この世界でも冴えない一般人のひとりでしかないのだ。
「いや、まだ決めてないよ。俺なんかが誰かを誘っても、断られるのがオチだろうしな」
そう苦笑いしながら答えると、チャーリーが急に真顔になった。
「本気で言ってるのか? 俺の見立てでは、マーサはお前の誘いを待ってるんだぞ?」
「マーサだって? 無い無い。あんな素敵な娘が俺の誘いを待ってるなんて──」
クラスの中でも一番の美人が、俺の誘いを待っている? そんなことがあるわけないだろう?
「──ジェイ。お前、臆病も大概にしろよな」
そう凄むように言うと、チャーリーは妙に芝居がかったポーズを決めて──なぜか急に歌い出したのだ。
「♪ あの子がずっと待っているというのに、どこかの間抜けは気づきもしないんだ♪」
えっ、何が始まったんだこれは。
当惑している俺を尻目に、今度は周りにいる連中が何だか妙に揃ったダンスを踊りながら一斉に歌い出したのだ。
『♪ 彼女の大切な愛犬を助けた時から、彼女はそいつに首ったけなのさ。なのにそいつときたら、まるで意気地がないときている♪』
何なんだよこれ。これってもしかして、『フラッシュモブ』とかいうやつなのか──?
だが次の瞬間、なぜか俺の口からも突然歌が飛び出したのだ。
「♪ だって俺は冴えない男だし、きっとあの子にはふさわしくないのさ♪」
おい、何で俺まで踊っていて──それが周りとぴったり合ってるんだ?
『♪ ヘイ、ジェイ、そいつを決めるのはお前じゃないぜ。勇気を出して、彼女の答えを聞いてみろよ♪』
──ま、まさか⁉ 俺はてっきり、ここが昔のアメリカだと思い込んでいたんだが、まさかこの世界って──⁉
やがて、俺たちのダンスの最中に、脈絡もなくマーサが歌いながら登場してくる。
「♪ 私がこんなに待っているのに、彼は誘ってくれないわ。どうしたらいいのかしら♪」
──い、イヤだっ! こんな『50年代ミュージカル』みたいな異世界は絶対にイヤだぁぁぁっ!
あ、いや、筆者はあの時代のミュージカル映画とか大好きなんですよ、ホントに。