序章 捨石
躊躇いは無い――筈、だった。
しかし、迷いは手足の動きを鈍らせ、剣先の震えは宙に不可解な文字を刻んでいた。
彼女以外ならば全員殺せた。助けを請う老人だって、泣き叫ぶ子供だって、それを庇う大人だって殺せた。現に辺りは死体の山だった。死体死体死体死体。未だ彼方此方で仲間が村人を殺している。
血飛沫の水音、骨の砕ける軽音、皮の裂ける快音、肉を抉る雑音。
断末魔、笑い声、悲鳴、嘲笑、懇願。
様々な音が聴覚を支配する。
金臭い血の香りが嗅覚を封じる。
剣の重みが触覚を麻痺させる。
紅い赤い朱い血泉が視覚を覆う。
滴る血肉が味覚を犯す。
封じられた五感の中、第六感が――確かではない何かが――警告する。
目の前にあるモノに注意しろ……と。
「おい、どうしたよ?」
「……ん、あ、ああ」
仲間が肩を揺さぶる。無理矢理袖で目を拭うと、ある程度の視界を確保出来た。
「村人は全殺ししたぜ。……くっくっく、それにしても最高だったなぁ」
「何がだよ」
泣き叫ぶ恋人同士を惨殺した話を、いつもの様に自慢げに語る仲間の後を追いかけようとして――止まる。
村人は全殺ししたぜ、と言った。
では、目の前の彼女は何だ?
「あん? どしたよ?」
不思議そうな顔をする仲間を見て、更に思考は凍りつく。
気付いて、いない?
目の前にいるのに?
『愚かね』
彼女は唐突に語り始める。紅い海を波を立てずに歩きながら。
『他人を殺してでしか生きられない愚かな人々。さて……』
生きている資格などあるのかしらね、と彼女は右手を振るう。
「……あ、」
それだけで、あっさりと仲間の首が飛ぶ。
『それじゃあ、あなたも死ぬ?』
「あ、ひっ、」
殺しづらい、じゃない。殺せない。
抗うには圧倒的で、逆らうには絶望的で、楯突くには強力すぎて。
分かった時には、遅すぎた。
「ま、まて、お、俺はまだ、」
『死にたくない、とでも? あれだけ殺しておいて、それは無いんじゃないかしら』
「た、頼む。何でもするから、な。頼む」
そう、じゃあ――と彼女は少しだけ考えて、
『死んで頂戴』
艶やかな笑みと共にそんなことを言う。
「い、やだ、」
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイ――
「ちょっと待、」
『さよなら』
宣告は、あまりにもあっさりと告げられた。
初めまして。雄心と申します。以後、頭の片隅にでも記憶を留めて置いて頂ければ幸いです。
SFとファンタジーという相反したテーマを扱っておりますが、それが二サイドの対立といった感じになっております。序章段階では未だ方舟側も世界樹側も全く分からないと思いますが、それは後々書き進めますのでご容赦を。
交互に話が進む予定です。
では。