事件解決
翌日、沢渕は奈帆子の仕事が終わる頃を見計らって、カラオケボックスに出向いた。店に入っては仕事の邪魔になると思い、裏の駐車場で待たせてもらった。前もってメールで連絡は済ませてある。
奈帆子は相棒の顔を認めると、小走りにやって来た。
「びっくりしたわよ。またあのお店に行くって言うんだもの」
「すみませんが、その前にホームセンターに寄ってもらえませんか?」
「それはいいけど、一体何を始める気なの?」
首を傾げながらも、彼女は町で一番大きなホームセンターに連れていってくれた。
運転手を車に残し、沢渕は一人で店内に入っていった。しばらくして大きな包みを抱えて戻ってきた。それに気づいた奈帆子は慌ててリアハッチを開けると、荷物の積み込みを手伝った。
「何を買ってきたの?」
奈帆子が左右を確認して車を出した。
「速乾性のセメントです」
「はい?」
聞き慣れない言葉が思考を停止させた。
「そんなの何に使うの?」
「悪者退治ですよ」
沢渕はそう言って笑った。
「ところで、昨日は謎が解けたって言ってたけど、実は私、何も分かってないのよね」
奈帆子は暗に説明を要求した。
「もう少し待ってください。これから店長に全てをぶつけてみますので」
途中ホームセンターに寄り道したせいで、店に着いたのは午後7時を回っていた。看板の電気は消えて、後片付けをする男性の背中が見えた。
そこへ遠慮なく車を滑り込ませた。
「すみません。今日の営業は終了しましたので」
店長が慌ててやって来た。
しかし奈帆子の顔を認めると、
「あれ、昨日のお客さんじゃないですか。どうかなさいましたか?」
不安な表情を浮かべた。交換したタイヤに不具合が生じて、クレームをつけに来たとでも思ったのだろう。
「いいえ、車は快調ですよ」
奈帆子はカラオケ店で培った得意の笑顔で返した。
「では、どんなご用件でしょうか?」
人の良さそうな店長は次の言葉を待った。
「実は、こちらの彼がお話したいそうです」
奈帆子は車から降りて沢渕を紹介した。
「立ち話も何ですから、どうぞこちらへ」
店長は二人を待合所に案内した。
「昨日、お父様が運転する軽トラックを見掛けたので、後を追って野菜畑を見に行きました」
沢渕がそんな話を始めると、店長の顔が途端に歪んだ。
「親父の後をつけていたというのは君たちだったのか」
ますます興奮の度が増して、
「野菜を盗んだのは、まさか君たちじゃあるまいね?」
ついには顔を真っ赤にした。
奈帆子は何のことやら分からず面食らった。しかし沢渕はこうなることを見越していたのか落ち着いた様子だった。
「いいえ、むしろその逆です。僕たちはその野菜泥棒とやらを捕まえたいのです」
「それは一体どういうことなんだ?」
「この店の無料タイヤ交換は、実は泥棒を捕まえるための罠だったのですね」
一瞬間があってから、
「何を言っているのか分からんね」
あくまで店主はとぼけた。目の前の若者をまだ信じていないようだった。しかし目を逸らしたのは、動揺を悟られないためであろう。
「どうか勘違いなさらないでください。僕たちはあなたの味方です。見たところ、あなたはいい人だ。お客や近所のお年寄りに両親の作った野菜を振る舞っている。そんなあなたが困っているのを知って、助けてあげたいと思ったのです」
店長はすっかり黙りこんでしまった。ただうなだれるだけだった。
「最近この辺りでは、夜中に野菜が大量に盗まれる事件が起きていた。そこであなたは犯人を捕まえるためにある作戦を考えた。野菜畑に通じる私道に黄色いペンキをまき、そこを通った車のタイヤに目印がつくように仕掛けた。
そして無料のタイヤ交換を名目に車を集め、リフトアップした際に黄色いペンキがタイヤや車体の裏についてないかどうかを調べていたのです。
対象を軽自動車に限定したのは、あの狭い道を通れるのは軽自動車しかないからです。さらに軽トラックを優遇したのは、大量の野菜が一度に運ばれたことを考えると、荷台付きの車である可能性が高いと考えたからですね」
奈帆子はチラシに隠された店主の意図をようやく理解した。彼が反論しないところ見ると、沢渕の推理は正しいと思った。
店長は沢渕の誠意ある話にいつしか心を開いていた。この青年の前では隠し立てはできないと諦めたようだった。
「あなたには負けましたよ。すべて仰る通りです。実はこの店は売上が年々落ち込んでいて、近々畳むつもりでおりました。しかし最後は自分の仕事を活かして野菜泥棒を捕まえられないかと考えたのです。このままやられっぱなしでは、農家の苦労が報われません」
「大量に野菜が盗まれて、ご両親はさぞがっかりしたでしょうね」
奈帆子はいつしか同情していた。
「元々趣味で作っている野菜ですし、この店に置いてみなさんに差し上げる物ですから金銭的な被害はありません。しかし毎日毎日汗水流して作った野菜がいとも簡単に盗られたショックは言葉では言い表せません。だから何としても犯人を捕まえたかった」
「でも、店長さん。野菜泥棒がチラシを見て、車を持ち込むかどうかは一か八かの賭けですよね?」
奈帆子がもっともな疑問を投げかけた。
「はい、確かにその通りです。しかし私にできるのはこれが精一杯でした。何度も野菜を盗んでいることから、犯人は意外と近くに住んでいるのではないかと考えました。それならいつかはチラシを見て店にやって来ると信じていたのです。しかし残念ながら、それらしい車には出会えていません」
「ねえ、沢渕くん。確実に泥棒を捕まえるために私たち探偵部にできることはないかしら? たとえば夜中に交代で見張るなんてどうかしら?」
「あのような見通しのよい場所で張り込むのは現実的ではありません。泥棒はすぐに異変に気づいて、犯行を自重してしまうでしょう。それに連中はいつ現れるか分からないので、夜中ずっと見張るのは効率的とは言えないのです」
「それじゃあ、どうすればいいの?」
奈帆子は頬を膨らませて言う。
「実は僕に考えがあります。店長さんの許可さえ頂ければ、早速今晩にも罠を仕掛けたいと思います」
沢渕は不敵な笑みを浮かべた。
深夜、奈帆子から電話があった。起き上がって時計を見ると午前1時だった。
「こんな夜遅くにごめんなさい。でもどうしても気になることがあって眠れないの」
「それはいけませんね。どんなことですか?」
「例のチラシの件。私にはまだ分からないことだらけよ」
「そう言えば、細かい点は説明していませんでしたね。では、どうぞ」
「ありがとう。まずは軽自動車の色を白に限定した理由は?」
「おそらく被害は店長の家族だけではなく、周辺の農家にも及んでいたのでしょう。そこで自警団を作って昨日のように田畑に近づく不審車両をチェックしていた。そこで目撃された車が白色だったということではないでしょうか。だから他の色には用がなかった」
「なるほどね。では雨天中止という条件は?」
「雨が降っては、せっかくタイヤについた水性塗料が流れ落ちてしまうからです。すなわち犯人を特定できる証拠が消えてしまう」
「一番の気になっているのは、どうして私の白い軽自動車が除外されたかってことよ」
「それは奈帆子さんの車が綺麗に手入れしてあったからでしょう。タイヤ周りを見たところ、ほとんど汚れていなかったので、現場に立ち入った可能性は低いと判断されたのです。それに若くて可愛い娘が大量に野菜を盗むとは考えにくい。当時は他にも犯行の可能性を秘めた車が順番待ちをしていたので、そちらを優先したのです」
「そうだったのね。何だかすっきりした。これでゆっくりと眠ることができるわ」
奈帆子はすっかり安心したようだったが、
「あっ、そうだ」
と何かを思い出した。
「店長の許可をもらって、一体どんな罠を仕掛けたの?」
あの後、店長と沢渕は意気投合して、これから現場に向かうから先に帰るようにと言われたのである。よって奈帆子は何を行ったのか聞かされていない。
「沢渕くんったら酷いわよ。私ばかりのけ者にして」
責めるように言った。
「いえいえ、そんなつもりはありません。ただ奈帆子さんのおしゃれな服を汚す訳にはいかないと思いまして」
「服?」
「はい。実際、僕たちは泥だらけになりましたから」
そう言えば、沢渕はTシャツにジーンズという軽装だったことを思い出した。あれは野良仕事をするのを見越してのことだったのか。この年下の男子は、よくそこまで先を見通せるものだと感心した。
本当はどんな仕掛けをしたのか知りたかったのだが、そんなことはどうでもよくなった。彼に任せておけば間違いないだろう。今はそれで十分に思えた。
「沢渕くんに気を遣ってもらえて嬉しいわ。また今度、詳しい話を聞かせて頂戴」
奈帆子はあっさりと電話を切った。
いつもの疎外感を覚えて電話を掛けてきたのだろうが、実はそうではなかったことを知って気分も晴れたに違いない。
沢渕はそんなことを考えると、一つ大きなあくびをした。
それから二日後、沢渕は店長から連絡をもらった。
畑の脇の私道に軽トラックが放置され、荷台には盗んだ野菜が残されていたというのだ。警察に届けてナンバーを照会したところ、犯人が検挙されたという。これまでに何度か盗みを働いたことを自供したらしい。
それを聞いた奈帆子は自分のことのように喜んだ。
「ねえねえ、沢渕くん。どうやって犯人を捕まえたの? どうして犯人はトラックを放置したわけ? ホームセンターで買った何とかセメントを使ったんでしょ」
電話での質問攻めであった。
「水の入ったビニール袋と速乾セメントの入ったビニール袋を用意して、道路に溝を掘ってそこに二つを重ねて置いたのです。その上から軽く土を被せて目立たないようにしておきました。
泥棒の車がそれをタイヤで踏むと、ビニールは簡単に破れるので両者は混ざり合います。この時期ですと二十分ほどで硬化が始まり、タイヤにセメントが付着して動けなくなるという仕掛けです。実は完全に固まらなくても、車にとっては十分障害となります。タイヤがうまく回転せず、大きな音を立てたので驚いたに違いありません。それで慌てて車を放置して逃走を図ったという次第です」
「でも、硬化するより前に、犯人が手際よく仕事を済ませてしまったら?」
「そこはちゃんと考えてありますよ。農家の協力を得て、道路近くの野菜は前もって収穫しておき、盗ませる野菜は道路から遠ざけておきました。さらに不規則に間引いておくことで、作業に手間が掛かるよう仕向けたのです。それによって思いのほか犯行時間が延びてしまったのだと思います」
「さすがは沢渕くん。やるじゃない」
後日、三台の軽トラックが山神高校に現れた。どの車の荷台にも溢れんばかりの野菜が積まれていた。タイヤショップの店長をはじめ、農家の方々が感謝の気持ちとして、山神高校に贈呈したいと申し出たのである。
事前に学校側には伝えておいたので、その日は生徒会長の森崎叶美をはじめ生徒会の面々が玄関で出迎えをし、簡単な贈呈式をとり行った。
生徒会はその野菜の使い道を思案したが、よいアイデアが出せなかった。そこで叶美が多喜子に相談したところ、学園祭の出し物として無料サラダバーを開催してはどうかと提案した。同時に家庭部が全面協力する約束も取りつけてくれた。
その企画を知らされた全校生徒はみな一様に驚いたが、一風変わった学園祭への期待は高まるばかりだった。
そしてその話を聞きつけた卒業生の奈帆子は言った。
「もちろん、私にも参加する権利があるわよね。ぜひ、学園祭には招待してよね」
完