猫の壱
準備は出来ました。お話ください。お友達を待たせ
......おっと、それは申し訳ありません。ではなんとお呼びすればよろしいでしょうか?
......そうですか。畏まりました。では、コット様をお待たせしてしまっているのは大変申し訳ないのですが、お話ください。ご了承いただけますか?
......ありがとうございます。ではお願いします。
俺たちは久しぶりに言い合いをしていた。このたった2人のパーティを組んでから恐らく3度目の言い合い。だが、前の2回とは比べ物にならない議題だ。
「聖人の国か…。俺も入っては見たいが......。帰って来た奴らなんて見たことねぇじゃねぇかよ。」
「そう、だからだよ。大きな壁に囲まれた 、未だに国内の情報がほとんど流出していない未知の国、トルーナー! こんなのに興味をそそられない君のほうが不思議だよ!」
俺はコットの目を見る。戦ってる時とは違う目の合い方だ。人の目が輝いて見えるとはこういうことを言うんだろう。俺はその眩しさに目を逸らした。
「んなこと言ってもなぁ……。アホほど危ねぇじゃん。」
「そんなのいつものことじゃないか! 冒険者って言う仕事についてるなら行って然るべき場所だと思うんだけどなぁ。」
目を逸らした先には夜空があった。追月は半分に欠けている。窓際の席だったことを今思い出す。それと同時に周りの声も耳に入ってきた。こんなにも騒がしかったのか。
「それとこれとは話が違うだろ。確かに俺たちは職業的にそういうもんだし、俺もそうだ。けどな、聖人の国に行って戻って来てないやつの話も腐る程聞いてんだ。そいつらが定住してるってなったらどうするよ?俺たちの今までみたいなスリルはなくなっちまうぜ?俺はそんなの認めねぇぞ。」
「じゃあ君はあの大きな壁の内側が気にならないっていうのかい?」
意志を示すためにもう一度瞳を見た。だがその眩しさは増すばかりで、視界が歪む。歪んだ視界のせいか、俺はまた目を逸らす。
「いや、そういう訳じゃねぇけどよ。」
「なら行くしかないでしょ!!」
これまで、こんなに迷ったことはあったか? その時はどうした?俺は何故か答えを探した。いや、断り方を探した。
冒険者になろうと思って、家を飛び出してきたときはこんなに迷っただろうか。ギルドの看板娘に告白したときはこんなに迷っただろうか。俺の人生で、ここまで迷ったことはあっただろうか。一向に答えは出てこなかった。断れなかった。
「僕らはいつ死んでもおかしくないんだよ!
なら生きてる内に、思い立ったときに行くしかないでしょ!」
いつか聞いたことのあるような台詞だった。そう言えば、あんなこと言って家出したんだっけか。懐かしい。懐かし過ぎて反吐が出る。俺が退屈な日常を壊した言葉はこんなだったのか。
「..............あー! もう! しょうがねぇなぁ!」
俺たちはそんな会話を最後に、酒場を後にした。たった二人でしかも冒険者。正直、ここまで生きてこれたのは奇跡だ。なら、いつもどおりにギルドの依頼をこなして、酒飲んで、馬鹿しながら暮らして、無理してボロボロになってってのを繰り返して、死ぬとき死ねば良い。俺はそう思ってたけど、やっぱり新しい発見への好奇心とスリルには勝てないんだよな。冒険者ってもんはさ。
なかなか覚悟を決めて来られたのですね。まぁここはそういう場所でもありますから、仕方ないのですけれども。やはりそう思うと寂しいですね。
.......それは嬉しいですが、この国はあなたの知っての通りの国ですから。私もかなり考えてこの仕事をしているんですよ。