衛兵密着記
この駄文を読むと、お酒を呑みたくなるかもしれません。
御注意をお願い致します。
ここはショードゥク王国。
その中でも王の座す都である、メチルアルコ王都。
その王都は近隣国と比べて、格段に治安が良い。
王様の善政が大前提なのはもちろんのことだが、善政だからこそ悪党は密かに忍び込んで、悪さを為すのだ。
平和な国だからこそ悪を見抜く目が養われず被害にあったり、平和であるからこそ国民同士の気安い交流がふえ、そこから生まれる些細な諍いから刃傷沙汰へと発展したり。
そんな悲劇を阻止すべく、朝も夕も夜も無く国民の安全を守る組織がある。
それこそが衛兵隊である。
その衛兵隊の中でも、取り分けて優秀な者が存在した。
スペリトゥス。
錆び色の髪は常に七分刈り。 がっしりした体格によく似合う支給されている制服と装備を隙無く着込み、民と接する際に笑顔を忘れない柔和な顔つき。
だがその紫色した瞳は、悪を決して見逃さない。
彼は衛兵対の中でも花形と呼ばれる、凶悪事件を主に取り扱う部署にも目をくれず、衛兵になる志望動機から一貫して拘る部署がある。
それは、巡回部署。
彼は志望動機からそうなのだ。
「あそこって花形部署とか言われてますけど、正直な話で言えばあの部署が動いたら、治安維持を命題とする私としては負けだと思っています。
そして殺人事件を起こすほど憎むにしても、最初から命を狙うほど、仲が悪いなんてそうないですよ。
そこまで至る前に問題を見つけ解決することが、我々衛兵の矜持だと思うのです
もちろんそんな大きい話ではなくても、王都で困っている人がいて、それを手助けした後に感謝の言葉をくれた時の充足感も魅力ですけどね」
メチルアルコ王都生まれの、メチルアルコ王都育ち。 都の良いところも悪いところも見てきて、その上で衛兵を志した青年。
暑く語る彼の目には充実した気力が満ちており、それは同時に平和を求め続ける決意を表している。
そんな彼の巡回に、気温が下がり随分と肌寒くなってきたこの時期に、筆者も同行して取材しようと思っている。
「巡回は基本2人以上で組んで廻ります。 こいつは頼れる相棒、グレーン。 幼馴染みで、よく一緒に過ごした大親友です」
「今もこうやって関係が続いてる、腐れ縁だな」
茶化す彼も、スペリトゥスと並び優秀だと評判だ。
キリッと引き締まった肉体と顔立ちで、若者らしいショートヘアをした好漢。
悪を許さぬ剣であるスペリトゥスとは対となり、例えるならばそれは盾。 善良な人類をこそ守りたいと願う者。
この者達はとても頼りになる二人として、王都で評判が知れ渡っている。
そして道行く女性からは、なぜかこの二人組を熱く見つめる存在も……。
見つめるのは恋慕からかと訊ねてみたが、どうやら少し違う種類の熱がこもった視線らしいが筆者には正直理解不能だった。
彼らの主な巡回ルートは大通り……より一本ずれた道だ。
大通りは新人や見目麗しい看板衛兵、又は貴族の子息等の怪我をされては困る種類と、ベテラン数名が担当。
そこから適性等をみて各所へ振り分けられる。
スペリトゥスとグレーンの両名は地元との繋がりから、住宅も多い箇所だ。
今日も仕事の時間。
今回は夜番で、夜間の巡回だ。
それで決められた順路に従い警らを続けていると、大通りから呼子の音が鳴る。
我々が音の発生源へ急行すると、そこには険しい顔つきの衛兵達と、それらに囲まれた挙動不審な男性。
平均よりは高い身長で、身の丈と見合わぬ大きな黒い外套。
いくら寒くなってきたからと言って、不釣り合いと見えてしまう装い。
さらに男性はなぜか懐を強く押さえいるらしく胸部が外套の下から押し上げられ、身を固くしていた。
しかし身を固くしていてもその瞳は活路を見出だそうと、辺りを油断なく窺っている。
「貴方はなぜこんな時間に、こんな場所で立っていたのかな?」
疑問は囲んでいる衛兵からの、これに終始する。
男性はそれをこそ言いたくないらしく、ずっと惚けていた様子。
「なんでだろうな?」
「言いたくないんだよ」
「分かった分かった。 帰るから放してくれよ」
「悪い事はしてないから!」
「もういいだろ? 解散してくれよ!」
我々(スペリトゥスとグレーン)が来てからは、とにかく離れたいようで語気が強くなった。
――――これは何かある。
筆者含めて、我々が共通して感じた事。
これは何が何でも聞き出そう。 王都の平和の為に、この男性を解放する訳にはいかない。
よって真実を聞き出すまでは、岩のように地面と一体化したみたいにここから動かない。
既に衛兵隊の本部へ伝令は出ている。
この場でとる我々の行動方針が決まった。
~~~~~~
「あの……その人が何かしたのでしょうか?」
3分の1鐘(およそ1時間)経っただろうか。
夜がすっかり深まっていると言うのに、一人のうら若い女性がこの場にやって来た。
素朴ながら使い方によって、華やかに見える髪飾りを効果的に使い、魅力を引き立てるロングヘアー。
化粧をされてない所から平民だとわかるが、それでも甘やかな容貌を醸し出しているのは、天然ゆえか匂袋がほのかに魅せる幻影か。
いかにも他所行きの装束で、この時期では体温低下を心配されかねない。
「サティアさんだな」
スペリトゥスがぽつりと呟いて男性のみに注意を戻した姿を見ると、王都では有名な人物みたいだ。
「いえ。 不審者がおりましたので、こうして職務質問をしている所です。 夜はこの通り危険です。 貴女はこのままお帰り下さい」
衛兵が平民へそんな丁寧に接する様子は、どこの国でもそうそう無い場面だ。
不審者を囲んだ状態ならば、むしろ余計に威圧してこの場から追い払う位するのが普通なのだ。
こんな場面を目撃しただけでも、筆者は衛兵について取材した価値がある。
そこまで思ってしまうが、それはそれ。 これはこれ。
筆者すらも女性へ安全の為に離れて欲しいと願うが、当人はそうしてくれない。
むしろその不審者が誰か、検めようと躍起になっていて、とても危なっかしい。
「もしかしてその不審者は、キビトではありませんか?」
彼女の中で、何かが焦れたのだろう。
最初に話しかけてきた時より強く大きい声で、この集団へ呼びかけた。
すると、劇的な変化が不審者におきた。
「サティー!? ごめん! もう少し待っててくれ!!」
サティア嬢へ、愛称で言葉を飛ばしたのだ。
こんどは衛兵達が変化する番であった。
逃がそうとしていたはずのサティア嬢を呼び込み、事情聴取へ参加させる。
結果。
キビトは腹をくくり、全てを白状し始めた。
こんな夜更けに何をするつもりだったのか。
そして…………。
「サティー! 結婚しよう!!」
「こんな場面(むくつけき衛兵達に囲まれた状態)で返事なんて出来る訳ないでしょーーー!?」
「サティーーーーー!!?」
駆け去ってしまうサティア嬢と、衛兵から制止されて、悲壮な顔で必死に届かない腕を伸ばすキビト氏。
つまりそう言うことだ。
夜に逢い引き。 の前に、静かな所でプロポーズ。
成功したら大きな外套の内側へ招き入れて、そのままセイコウ。
そうしようと気合いを入れて、入りすぎた気合いが漏れて、不審者として判断されてしまった。
願いは口に出すと叶わなくなるとされる願掛けを信じ、衛兵には言えなかった。
これには衛兵達全員が苦笑い。
――――内心では謝罪の声が渦巻いていたと、後にここへ出くわした衛兵全員がそう語っている。
治安を守ろうとする善意が、裏目に出てしまった事態を引き起こしてしまった夜となった。
我々の取材期間は1ヶ月。 取材開始から2日目で起きた事件である。
補足。
キビト氏はしばらく間を置き、落ち着いた頃に改めてサティア嬢へプロポーズし、周囲がうらやむ甘々な仲良し夫婦として元気にやっかまれているそうだ。
蛇足。
ショードゥク
消毒。 エタノール。 消毒用だが、アルコールの一種。 呑むな危険。
メチルアルコ王都
メチルアルコール。 メタノール。 呑むなマジ危険。 失明するぞ。
スペリトゥス
スピ○タス。 呑めるけど、アルコール度数がヤベー酒。 日本では、なんかガソリンと同等の扱われ方らしい。
つまりガソリンを扱える資格も無しに、いっぱい買って家に置いとくと、お巡りさんから「めっ!」って怒られるぞ!
グレーン
穀物。 酒の原料として使われる。 スピリ○スを調べてたら、なんか見かけたので採用。
酒繋がりで、スペリトゥスと相性バッチリ。 なおバッチリ過ぎて、世の御腐人方からよく勘違いされる模様。
サティア
サトウダイコン。 煮詰めて精製すれば砂糖が作れる。 もちろんウォッカとか酒の原料にもなる。 あまーい!
キビト
サトウキビ。 言わずもがな。 砂糖以外にも、焼酎やラム酒の原料にだって使われる。 あまーーーーーい!!!