23.令嬢となった彼女の変化 -王弟殿下視点-
あの日の衝撃を、私は今も忘れられない。
カリーナが正式にオルランディ家へと迎えられてから、毎日必死で学び吸収し、立派な令嬢となるための教育を受けているのだと報告は受けていた。
だから、次に会う時が楽しみだと。
そう、思っていた私は。
いい意味で、その出来栄えに裏切られたのだ。
「殿下」
「久しぶりだ、な――」
「はい、お久しぶりでございます」
顔を上げて、今までと同じように会話をしようとして。
そこで、止まる。
何だ、この……輝かんばかりの才能の光は…………
人の才能が、ここまで光って見えるなど……
そんなことが、あり得るのか……
初めての事に若干戸惑いながら、驚きのままカリーナに近づいて。
その頬を挟んで、美しいヴェレッツァアイを覗き込む。
「……驚いたな…まさかここまでの逸材だったとは…」
「え、あの……で、殿下…?」
令嬢としての教育を受けたことで、王家の血に流れる才能が完全に目覚めたのだろう。
今の彼女が、本気で何かを作れば。
例えば演習で疲れ果てた騎士たちでさえ、簡単に癒すことが出来る。
本当に、恐ろしい才能だ。
まさか食の癒しにここまでの効果があったとは、文献や記録で読むだけでは分からない事もあるものだと。
そうしみじみ思いながら、一人考えに耽っていたのが良くなかった。
「殿下…?確かに立ち居振る舞いが洗練されて、立派な令嬢になられているとは思いますが…」
「いや、そうではない。…あぁ、いや。確かに見た目は立派な令嬢ではあるが、それ以上に……」
セルジオに声をかけられて、反射的にそこまで応えてしまって。
「そうか…。これは、私にしか見えないのだったな……」
ようやく冷静になった時には、目の前に戸惑うカリーナの姿。
正直、やってしまったと思いはしたが。
そこは態度にも表情にも一切出さず、あくまで冷静に、普段通りを装う。
「だが、まぁ……この場所でまで繕わずとも良い。私とセルジオしかいないのだ。今まで通りで構わぬ」
そう。これは令嬢教育の賜物。
だが同時に、今彼女は令嬢として私の目の前にいるという事。
それは確かに必要な事ではあるが、だが今この場ですら令嬢でいようとしなくても構わぬのだ。
彼女は彼女のままでいれば良い。
誰よりも私がそれを、望んでいるのだから。
「今まで通り、ですか…?」
「あぁ。……いや、だが…そうだな…」
カリーナの性格上、言葉で伝えるだけで素直に聞き入れるとは思えない。
何より本人が令嬢であろうと努力しているのだから、それを否定する必要もないのだ。
そう、だから。
それを私のような悪知恵の働く男に利用されても、彼女は文句ひとつ言わないどころか気付きもしない。
心の中で打算的な事を考えながら、それでも表面上はそうとは見えないように。
あくまで優雅に、間違っても口元は緩まないようにと、しっかり口を引き結んだ状態で歩いて。
「カリーナ」
名を呼ぶのと同時に、座ったソファの隣の席を手で軽くたたく。
以前にも何度かしている仕草だ。これで伝わらないという筈がない。
「え、っと……」
「筆頭公爵令嬢を立たせたままというわけにはいかぬであろう?今後はここが、君のいるべき場所だ」
「…………え……?」
戸惑っている事は分かっている。
だが、君はあくまで令嬢であろうとするのだろう?
では、正しく令嬢らしい扱いを私がしたところで。
何の問題もない。
「雑務に関しては私がしますので、カリーナ嬢は紅茶の用意だけをお願いできますか?あぁ、今後は二人分ご用意しますので」
私の言動の意図をくみ取ったのか、セルジオがさり気なく援助してくる。
うむ。流石私の右腕だ。
「わ、私はここにお仕事に来ているのであって、決して殿下とお茶を楽しむためでは…!!」
「えぇ、分かっております。けれど貴女は側仕えではなく、公爵令嬢としてこちらにいらっしゃるのですから。他は今までと同じで構いませんが、そこだけはどうかご容赦いただけませんか?殿下の面子というものもありますし」
「っ…!!」
しかもまた、セルジオも容赦のない言葉を選ぶから質が悪い。
諦めろ、カリーナ。
私たち主従に捕まった時点で、君に逃げ場はない。
「わかり、ました」
渋々と言った体で、それでも何とか自分を納得させたのだろう。
不本意という表情を隠しきれないまま、それでも私の隣に腰を下ろす。
そう、それで良いのだ。
これからは正しく、私の隣が君の居場所なのだから。
令嬢となった彼女の変化は、今後も目に見える形で実感できることだろう。
これだけ近ければ、間違いようもない。
そう。
私にとっては正しく、目に見える形で変化が分かるのだから。
だが、まぁ…そうだな……。
令嬢としての変化だけではなく。
女性としての変化を、今度は私が促せるのであれば。
それはそれで、良い特等席なのではないか。
そんな風に内心ほくそ笑む男が、何食わぬ顔で隣に座っているなど。
カリーナ自身は微塵も気付いていないのだろうがな。
逃がすつもりなど、毛頭ない。
既にオルランディ家とは話も進んでいるし、何より先にコラードには宣言してある。
カリーナはただ、そこで大人しく座っていれば良いのだ。
後は私が全て進めておく。
陛下からは娶れと、勅命もいただいているのだ。
この状況で少女が一人逃げ出す事など、既に叶わぬ。
今後もそうやって、素直に私の隣にいれば良い。
立派な令嬢となったカリーナを、私は必ず幸せにすると誓おう。
カリーナ手製の菓子を楽しみながら、私はこの先の未来に思いを馳せて。
一人心の中で、満足の笑みを浮かべるのだった。
本編37話の、殿下視点でした。
そしてなぜか、その後編へと続き。
最終的には不安にさせて焦る殿下なのでした。




