16.約束のお茶会を
「来たか」
前回来た時と同じように、読んでいた本をサイドテーブルにおいて立ち上がる殿下。
その姿をなんだか懐かしく思ってしまうのは、この短い間に色々とありすぎたからなのか。
「殿下、本日は――」
「カリーナ。ここを訪ねる際は、堅苦しい挨拶など不要だ。今後も必要ない」
その言葉にやっぱりと思うけれど、流石にこれだけは伝えておきたいから顔を上げて真っ直ぐ見上げた先で。
優しく細められている淡い瞳に、にっこりと微笑んで見せる。
「はい。ですが私が楽しみにしていたことだけはお伝えしておきたいので。どうかその気持ちだけは、受け取って頂けませんか?」
「ふむ、なるほど…。では今後は、私もそれを遮らないようにしよう。今回はそれで許してはもらえぬか?」
「許すも何も、受け取って頂けたのであればそれで十分ですので」
「それならば良かった」
ふんわりと笑いあえば、途端優しい空気に包まれる。
私がここまで殿下と自然に笑いあえるのには、ちゃんとした理由がある。
おそらくそのために、殿下が気をまわしてくれたのだろうけれど。
「お二人とも。そのように扉付近ではなく、もっと部屋の奥でお話しされてはいかがですか?」
今日の案内人は何を隠そう、セルジオ様なのだ。
車寄せからここまでも、そして部屋の中での給仕も、今日は全てセルジオ様が請け負ってくださるのだそうで。
だからこそ殿下の執務室にいる時と同じように、私も振舞えているのだ。
「そうですね。すみませ――」
「わふっ!!」
振り返った私がセルジオ様に話しかけている途中で遮ったのは、殿下の飼い犬のダニエル君。
今回は飛びついてこない辺り、本当に前回の殿下の言葉を理解しているのだろうけれど…。
だとしたらこの子、本当に賢すぎる。
「こんにちは、ダニエル君。お久しぶりです」
「わふぅ~…」
「わっ、あははっ!」
それでもかまって欲しいのか、目線を合わせて話しかけたら首元に擦り寄ってきて。
ふわふわの白い毛が少しくすぐったいけれど、それ以上にその手触りの良さとあたたかさについ嬉しくなってしまう。
「前回の訪問で、ダニエルは余程カリーナを気に入ったらしい。今日も傍を離れないと思うが、なるべく相手をしてやってはくれまいか?」
「勿論です!むしろ私の方が相手をして欲しいくらいですから!」
こんなに可愛いふわふわもふもふを堪能できるなんて、そう滅多にある機会じゃないから。ここは全力で頷いておく。
「……だからと言って、あまり私の相手をしてくれなくなるのも困るぞ?」
「そ、そんなことしません…!!」
「そうか?ならば良いのだが」
そう言いながら、私の髪を指に絡ませている殿下。
私はダニエル君と目線を合わせるためにかがんでいるけれど、手は撫でてと要求してくるダニエル君のところにあって。
これ以上しゃがむことも立ち上がることも出来ないまま、いつもより高い位置にある殿下の顔を見上げる。
緩く細められた目元に、淡く笑みを浮かべる口元。
言葉とは裏腹に、優しい声色と同じくらい優しい瞳でこちらを見ていて。
一言で表現するのであれば、幸せそう、だった。
今まで見てきたどんな殿下よりも、雰囲気も表情も柔らかくて。
あぁきっと、今は王族とか王弟とか関係なく一人の人間としていられる、安心できる時間なんだろうなぁと。
普段背負っている色々なものを一度その肩からおろして、休んでいる時間なんだろうなと思った。
そこに、私がいられるということが。
何よりも嬉しくて幸せだと。
そう思えば、自然と笑みが浮かんできて。
「どうしたカリーナ?やけに嬉しそうだが」
「はい、嬉しいです。こうやって殿下と休日をご一緒出来ることも、可愛い殿下の愛犬と戯れることが出来ることも」
同じ時間を過ごせることが、どれだけ幸せなのかと。
この部屋を訪れてすぐに感じられるほど、どうやら私は殿下のことが好きすぎるらしい。
「それは私としても嬉しい限りだが……残念だな。今日の本来の目的は、ただのんびり共に休日を過ごすことではないからな…」
「それはまたいつかの楽しみに取っておきましょう?それに私は、その目的自体も楽しみにしていましたから」
「そうか。それならば早速用意をさせるか」
殿下のその言葉を合図に、セルジオ様は一度扉の外へと消えて。
私は殿下にエスコートされて、前回と同じように部屋の奥にあるテーブルへと向かう。
まるで当然のように動く主従だけれど、本来ならばあり得ないことをしているのだという事にはとっくに気づいている。
だって本当なら、いくら婚約者同士とはいえ本当に二人きりにするなんて。あってはいけないことだから。
でもここは王宮の、しかも殿下の私室。
今日ここに誰が訪ねてきていて、そして誰が付き添っているのかも全員知っていて。
その上でこれなのだから、もはや全員が手引きしているような物だと言っても過言ではないと思う。
もちろんそこにあるのは、殿下への信頼だったり私への気遣いなんだろうけれど。
凄いよね、本当に。
これが許されるのは、本当に殿下がたくさんの人に慕われているからなんだと思うけど…。
逆に言えば、すごい信頼だなと思わないわけじゃない。
かくいう私自身も、その辺りは一切疑っていないから。
私やオルランディ家の名誉を傷つけるような事を、殿下がするはずがない、と。誰もが信じて疑わない。
それって本当に凄いことだと思う。
「どうした?」
一人心の中で感心していたら、殿下の顔を見つめすぎていたみたいで。
不思議そうに首を傾げて問いかけてくるけれど、その瞬間流れた金の髪が陽の光を浴びて透けているようにも見えて。
何気ないその仕草に、ついドキリとしてしまう。
「い、いえ……」
今更ながら少し恥ずかしくなって俯けば、それに気づいたのか殿下がクスリと小さく笑って。
「見る分には構わぬ。私もここでは遠慮せずカリーナを見つめ続けられるからな」
「な…!」
そんなことを言いだすのだから、本当に油断ならない。
こっちの限界を超えない程度でお願いしたい…!!
「殿下。婚約者殿を口説くのもよろしいですが、それはやるべき事を終えてからにしていただけませんか?」
「セルジオ…、お前はどうしてそう、雰囲気というものを考慮しないのか……」
「考慮していては進みませんからね。何より私が料理をお出しできません。後ほどお二人だけの時間を作りますので、そのためにも早く私を下がらせて下さいませんか?」
……え…?待ってください、セルジオ様。
二人だけの時間って……私、聞いていませんけれど…?
「お帰りのお時間になるまで、殿下をよろしくお願いいたします」
「え…!?」
「では、失礼させていただきますね」
どう考えても問題発言なのに。
それだけ笑顔で私に告げて、そのままテーブルの上をセットし始めてしまう。
しかも。
「本日ご用意いたしましたのは、グラタンのプチキッシュとトマトとチーズとプロシュートのタルトです」
なんて。
お仕事に切り替えてしまったセルジオ様は、どのレシピの再現なのかを淡々と告げていて。
「紅茶との相性もお聞かせ願いたいとのことでしたので、今回は癖のないストレートティーでお楽しみください」
「ふむ、なるほどな。確かにこれは、どちらも茶会に出しても問題なさそうだが…」
「プチキッシュという発想もですが、そこにグラタンを入れてしまうという着眼点に驚いていたようでした」
「面白い組み合わせではあったからな。だが冷めてしまうと、折角のグラタンが生きないだろう?」
「ですのでサンドウィッチと同じ場所か、もしくはそれぞれの皿に乗せて初めから提供してしまうか迷っているとのことでした」
「そうか…そうだな。確かにこれは迷うところだが……カリーナはどう思う?」
あれ…?状況について行けていないのは私だけなんですかね…?
さっきのセルジオ様の言葉を掘り下げる間もなく、二人で料理の話に移ってしまっているし……。
とはいえ、もとはといえば私が提案した料理。
ここで何も言わないわけにはいかなくて。
「出来立てのグラタンは熱すぎるので、火傷してしまうかもしれませんし。その辺りを考慮するのであれば、少し時間を置いた方が確実かと」
「そうか。では皿での提供より、サンドウィッチと同じ場所にして各々手を伸ばす形の方が良さそうだな」
「タルトの方も、チーズがまだ熱い可能性がありますので」
「そうだな。特に今回のようにどちらも小さい場合は、皿での提供をする意味もないか」
「何より女性は甘いものがたくさん食べたいという可能性が高いので、こういった物でお腹が膨れてしまうのはあまりよろしくないかと…」
「では提供する際に、男性と女性の割合を考えた上で用意すべきだな」
「それと置き場所にもこだわったほうがいいかもしれません。男性側にはこういった物を多く置いて、女性側には従来の甘いものを多く、といった風に」
なんて。
思わず真剣に話し合ってしまったけれど。
そのせいで、私はすっかり先ほどのセルジオ様とのやり取りを忘れてしまっていて。
最終的に、全て意見を出し終えた後。
いつの間にやらセルジオ様がいなくなっていたことに気づくまで。
私は一切思い出すことはなかった。
それこそが、お二人の意図だったと。
そこまで気づいたのは、今日一日の事を思い出していた寝る直前のことだった。
策士な主従に、気付かないカリーナ。
そしてお茶くみ係に誤字報告をいただいた件につきまして、活動報告を更新してあります。
とてもあとがきでは書ききれなくなってしまったので、報告して下さった方お時間がありましたら覗いていただけるとありがたいです。
ページ移動というお手間を取らせてしまって申し訳ないです……。




