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5.才能を見抜く目 -王弟殿下視点-

 ドゥリチェーラ王家の直系は代々、王族特有の特殊能力という物を持って生まれてくる。魔術師たちとは違う、生まれ持っての才能のようなそれは魔法とも少し違って。だからこそ解明されていない部分も多く、生まれてきた子供がどんな能力を有しているのかもそれがいつ判明するのかもその時々だった。

 兄上の場合は割と早いうちに判明したが、それは能力そのものが動物との会話という分かりやすいものだったからにすぎない。現に私自身の能力は、かなり後になるまで分からないままだったのだから。

 もちろんそれは能力の内容だけではなく、生まれて数年のうちに父上が崩御し、まだ成人していない兄上が王の座につくことになり周りが慌ただしくなったことも要因の一つだったのだろう。まだ宮殿から出ることのなかった私には、それがどれだけ大変なことだったのか知るすべもなければ、そもそも理解すら出来る年齢でもなかった。僅かに残るその頃の記憶は、時折悲しそうな顔をしている母上と痛ましそうな表情の周りの者たち。それに少しだけ疲れたような顔をした兄上が、それでも私の頭を笑顔で撫でてくれていた。ただそれだけで。

 だがこの国の不運はそれだけでは終わらなかった。国王の崩御から僅か十年後、今度は事故で兄上を一番に支えてくれていた宰相が亡くなって。後継者もまだ育て切っていない状況での、宰相の不在。国の歴史上の中でも、こんな短期間に危機が何度も訪れるなど早々なかったというのに。

 それでも何とか宰相の弟が跡を継ぎ、ようやく落ち着いてきたと思った頃。今度は周辺諸国から流行り病が持ち込まれ、それは王都にまで広がり。その対応に追われるまま、ようやく落ち着いた頃には五年の歳月が経っていた。

 この混乱の中、唯一の救いだったのは私の能力が判明し、かつ有益だったということぐらいだろう。おかげで宰相を選ぶのに苦労しなかったと、今でも時折言われるほどだ。

 私が持っていたのは"才能を見抜く目"という、治世者の血筋としては有益すぎるほどの能力。この目があれば、兄上にとって必要な人材を選び出すことなど造作もなかった。成人すらしていない私が、少しでも兄上の役に立てることが何よりも嬉しくて。だから宮殿から城へ来ては、様々な人間を観察するようになっていた。爵位の上下を問わず、才能のある者は積極的に登用し。逆に才能のない者の名はこっそりと兄上や宰相に伝え。そうやって将来兄上の側近となる候補者たちすら、私の目で確かめてから選んできた。

 今思えば、何と残酷なことをしていたのだろうと思わなくもないけれど。ただそれでも必要なことだったと、今だからこそ尚更強く思える。あの頃は兄上のためにとしか思わなかったが、今こうして国政に携わるようになれば、国のため、民のためになっていたのだと、数値の比較からも明らかだったから。

 前よりも良くなった。それは国全体の識字率だったり、孤児の減少だったり、作物の収穫量だったり様々だが。

 けれどその中で一つだけ、言われ続けていることがある。

 それは……


「やはり、そろそろお前にも婚約者を探さねばな」

「兄上、その話はやめてください。お忘れですか?その話をした直後、国内で流行り病での混乱が起きたのですよ?」

「その前は宰相が事故で突然逝去したのだったな…。どうしてお前に婚約者を探し始めると、国に不幸が訪れるのか…」


 そう。もう成人して何年も経っているというのに、王弟だというのに。婚約者の候補すら、一人もいない。

 周りがずっとそのことを気にしているのは知っている。何せ本格的に探そうとし始めると、なぜか毎回図ったようによくないことが起きていたせいで、結局後回しになってしまって。ずるずるとここまで来てしまったものだから、一部の貴族たちからは気の毒にすら思われているようだが。


「私は気にしていませんから。今はそんなことよりも国の事を考えるのが最優先です。何より仕事に忙殺されていた兄上にも、ようやく一人目の子が出来たのですから」

「だが王子とは限らないだろう?」

「姫だったとしてもそこは喜んでください」

「喜んではいるさ。だが私の感情と国の在り方は切り離して考えなければいけない」

「でしたら王子が生まれるまで頑張ってください。私は一生独り身でも構いませんから」

「そういうわけにはいかないだろう!?」


 とはいえ、正直私が兄上の仕事を引き受けられるようになってようやく、国王夫妻に二人の時間が出来たことは事実だ。兄上よりも年下とはいえ、夫婦になって何年も経ってからようやく子を宿せた義姉上には長年つらい思いをさせてしまっていたし、悪いことをしてしまったと思っている。


「そもそもお前、夜会にも参加していないだろう」

「既に成人した年に参加しましたから」

「次の年から一切出なくなったではないか!」

「仕方がないではありませんか。この目(・・・)に適う相手がいなかったのですから」

「フレッティ……」


 呆れたような顔でこちらを見ている兄上の視線を遮るように、目の前に置いたグラスを煽る。

 ちなみにフレッティというのは私の愛称だ。母上と兄上しか呼ばないが、だからこそ特別なものでもある。


「お前はそうやって才能で人を見てしまう悪い癖がある」

「ですが王弟の相手ともなれば、それなり程度では困るのではないですか?それこそ義姉上のような、流行を作り出せるような方は滅多にいませんし」

「それは、そうなんだが……」


 困ったような顔をした兄上と、それならばどんな才能を持つ女性ならば相応しいのかと議論したその数日後のことだった。

 この目が捉えたのは、貴族の娘でも商人の娘でもなく。

 教会の孤児院で暮らす、一人の少女だった。

 遠目からでも分かった。あの娘の中には、本来あってはいけないこの血筋と同じ系譜(・・・・・・・・・)の能力がある、と。

 そしてそれが間違っていなかったことをすぐに知る。シスターが持ってきた、あの娘が作ったというクッキーを口にしたその瞬間に。

 一応連れてきていた毒見役は気づかなかったようだが、明らかに普通のものとは違うそれ。


「っ…」

「殿下?どうかなさいましたか?」

「……いや…。美味いなと、思っただけだ」


 セルジオにそう答えたのは、嘘ではない。実際こんなにも菓子を美味いと思ったのは初めてだった。おそらく普段食べているものとは違い、砂糖で甘ったるくされていないから好みに合ったということもあるのだろうが。

 だが、それよりも。

 甘さではなく、不思議な力が疲れた体に染み渡っていく。

 この力は王家の、特に女性によく現れていたとされるものと全く一緒だった。

 記録にあるものだと、確か"食の癒し"とされていたか。食とはいえ、基本的には紅茶を淹れたことで判明していたのだが。

 そのため今では王族と言えど、全員が一度は紅茶の淹れ方を学ぶ。本来ならば必要はないのに、だ。

 とはいえ自らの身を守るためには、飲み物一つでも自分で用意できた方がいいに越したことはない。毒を盛られる可能性がそれだけでかなり抑えられるのだから。


「殿下…?」

「……セルジオ。帰ったら、一つ調べてもらいたいことがある」

「はい、何なりと」


 帰り際、教会の廊下で夕日に照らされている中庭に目を向けてそれだけを告げる。内容は分からなくても心得ているセルジオは、それだけで重要案件の可能性があると察してくれるのだから、本当に彼は有能な人材だ。


「一つで、済めばいいのだがな…」

「殿下?」

「いや、なんでもない」


 流石に本人に会って確認は出来なかったが、あの時少しだけ見えた娘の瞳は、不思議な色合いをしていたような気がする。まるで、昔兄上に聞いたことがあるようなとある色そっくりで。

 鮮やかな青から中心に向かって少しずつ、完全には混ざらずに黄やオレンジに変化していく。その特徴が神聖化されていたという国の名前から、ヴェレッツァアイと呼ばれているそれ。

 数日後。

 教育がある程度終わったからと、初めてセルジオが連れてきたときにじっくりと観察してみれば、まさにそのままの色をしていて。少し濃いブラウンの髪が、よりその色を際立たせているようで。

 そしてやはり、作らせてきた菓子からも即興で淹れたはずの紅茶からも、癒しの力を感じられた。今度はその能力のことを事前に伝えておいたセルジオにも試食させたが、やはり彼も気づいたようだったし。間違いはないだろう。


「しかし、本当に…思った通り(・・・・・)不思議な色合いをした、美しい瞳だな…」


 来た時同様セルジオに部屋まで案内させるために二人が退出してから、ふと思い出して一人呟く。

 能力に関しては、あの娘がどこぞの高位の貴族の落とし(だね)の可能性があるからとセルジオに調べさせてはいるが。まだその結果は報告されていないところを見ると、難航しているのだろう。

 だが私にとってそちらはどうとでもなる話だった。国内のしかも貴族となれば、過去に降嫁した同じ能力を有する王族を当たるだけで該当する貴族の数はかなり絞られる。

 けれどあの瞳の色に関しては……


「国内で、あの色を自然に持つとは考えにくいな」


 我が国は民を含め、ほとんどが青い瞳なのだ。その濃淡に差がある程度で。

 となれば、だ。


「亡くなったという母親もヴェレッツァアイだったという可能性も考えるべき、か。もしくはその母親の系譜が国外のいずこかの国のものか」


 いずれにせよ、これで王家の血脈であることは確実になった。しかも本人はおそらく何も気づいていないまま、能力を顕現させるほどの濃さで。


「まずは兄上に報告、だな。今後の処遇に関しては、それからでいいだろう」


 とはいえ下手に市井に出すわけにもいかない。王家の血をあちらこちらにばら撒かれては困るのだ。

 それに折角使える能力を持っているのだから、どうせなら手元に置いて今後も役立ってもらいたい。そのために連れてこさせたのだから。


「今度兄上に差し入れられるようなものでも作らせるか。私以上にお疲れだろうし」


 久々に楽しい気分になりながらそう考えていた私は、この時何も気づいていなかった。

 思い出すのはその能力ではなく、不思議な色合いをした瞳の方だったことに。それが意味することに。

 何一つ、気づいていなかったのだ。






 ヴェレッツァアイは、イメージとしてはアースアイのようなものです。



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