3.名前を呼んで
評価やブクマ、ありがとうございます!!
今回はおまけにおいては数少ない主人公視点のお話となっております。
主人公視点の場合は本編同様タイトルのみの記載としていますので、よろしくお願いしますm(_ _)mペコリ
それは婚約後のある日のことだった。
「カリーナ。そろそろ名前を呼んではくれぬか?」
「……へ…?」
いつものように殿下の午後の休憩時間に、執務室で短いティータイムを楽しんでいた時。ふと殿下が、そんなことを口にした。
「いつまでも"殿下"では味気無い。何よりいずれ生まれる陛下のお子も、男児であれば王子であり殿下だ。そうなればややこしいことになる」
「そ、れは……」
そうは言われても、だ。
正直、今更名前を呼ぶなんて恥ずかしくて。
「今すぐに変えろとは言わぬが、徐々に慣れていかねば呼べぬだろう?」
「そう、ですが……」
「婚約中はそのための準備期間でもある。よもや正式に婚姻を結んでからも名を呼ぶ気はなかったわけではあるまい?」
「そ、の……」
分かっている。
いずれはちゃんと名前で呼ぶべき時が来るのだという事は。
令嬢教育だけではなく王弟妃となるための教育を受け始めた私は、殿下がいずれ王族から籍を抜く可能性もあるのだと知っている。もちろんかなり特殊な状況下ではあるけれど。
ただ無いとは言い切れない以上、その辺りのことはちゃんと考えておかなければいけないわけで。
何より。
たぶん殿下は、純粋に私に名前を呼んで欲しいんだと、思う。
きっとそれは、自惚れなんかじゃなくて……
「カリーナ?」
「ひにゃっ!?」
自分の思考に没頭してしまっていた私の頬に、そっと殿下の手が触れて。
いつの間にか、殿下の綺麗な顔が目の前にある。
それほど、近い位置に。気づかない内に入り込まれていて。
「で、殿下っ…!!」
こういう時、私は本当に焦る。
まだ殿下のこういう過剰なスキンシップに慣れていないので、どう対応すればいいのか未だに分からないのだ。
そして、何より。
「せ…セルジオ様がいますから…!!」
「構わぬ。むしろセルジオしかいないのだから、今が一番人目を気にせずにいられる」
「えぇ。私のことはお気になさらず」
いやいや!!気になりますって!!
「カリーナ。私の最愛。どうか……私の名を呼んでおくれ?」
「ぁ、ぅ……」
「その可愛い唇で、紡いではくれぬか?」
「で……でんかぁ……」
限界を超えた私は、耳どころか首まで真っ赤になった顔を隠すために俯いて。さらに両手で覆い隠す。
けれどそれで諦めてくれるほど、殿下は甘くない。
「カリーナ?」
「ひぅっ…!」
私が真っ赤になっていることは分かっているはずなのに。
今度は耳元で、吐息と共に甘く優しく囁くから。
もう、無理……
耐えられない……
「せ、せめて二人きりの時だけにしてくださいいぃぃ…!!」
そう、懇願するしかなかった。
なのに、だ。
「……ふむ…。なるほど二人きり、か。それはまた…何とも大胆な誘いをかけてくるものだな」
どこか驚いたように、でも隠せない嬉しさをに滲ませた声でそう殿下が言うから。
もしかしたら、私は何かを間違えたのかもしれない。
そう思って、恐る恐る見上げたその先で……
「っ!!!!」
それはそれは素敵な微笑みを湛えた、甘く優しい淡い瞳とぶつかって。
「他でもないカリーナの望みだ。叶えてやらぬわけにはいかぬからな。今後は定期的に二人だけの時間を作らねばなるまい」
「え、あ……あの、え、っと……」
「二人きりであれば、呼んでくれるのだろう?」
「そ、れは……」
どうしよう。逆らえない…。
そもそも今自分でそう口にしてしまったのだ。今更違いますとか、言えるわけがない。
こんな、期待に満ちた瞳をした殿下を前にして。
「しかし婚約者とはいえ二人きりになりたいとは…。まさかカリーナの方から、こんなにも積極的な言葉が聞けるとは思ってもみなかったな」
「え……?」
「というわけだ、セルジオ。しばし私の婚約者殿の願いを叶えてやれ」
「……本来であれば、お止めするべきところなのでしょうが…。そう、ですね……殿下にもカリーナ嬢にも、そういう時間は必要なのかもしれませんね」
「え?え?ちょ…え…!?」
待って待って…!!このままじゃ本当に二人きりにされちゃう!?!?
そうなった時の殿下って、本当に今以上に際限がないんですよ!?
私の身が持たない…!!あと精神的にも…!!
主に恥ずかしさにやられる…!!!!
「では、休憩時間が終わる頃に戻ってまいりますので」
「あぁ。それまでは誰もこの部屋に近づけさせるな」
「承知いたしました」
なのに。
私の心の叫びなんてまるっと無視して、二人だけで会話を進めて。
そうして流れるように綺麗な礼を取って、あっけなくセルジオ様は執務室から出て行ってしまった。
「さて。今後はなるべく執務室以外でも二人きりでいられる時間を作れるよう調整するとして…」
「そこもなんですか!?」
「当然だろう?むしろセルジオは積極的だったではないか」
「な…!?」
さっきのあのやり取りって、休憩時間のことじゃなかったんですか!?
「この時間は元々二人きりになる事も多かったからな。その関係で周りも何も言わないだけだ」
「そうだったんですか!?」
「本来であれば、婚約者とはいえ男女が部屋に二人きりなど…まぁ、許されないだろうな」
「え、じゃあ…!!」
「だが、まぁ……私が言えば、多少は目を瞑ってもらえるだろう。特に兄上は私に甘いのだから、な」
「!!!!」
そう意地悪そうに笑った殿下の表情は、今までに見たことがないもので。
なのに、すごく楽しそうで。子供みたいで。
「何。そもそもにして私たちの婚約期間は王族にしては特に短いのだから、むしろ積極的に仲を深めねばなるまい?」
「そっ…そういうものじゃないと思うんですがっ…」
「さぁ?それはどうだろうな。案外、兄上本人が一番そのつもりであるかもしれぬし」
「え…?」
いやいや、ちょっと待ってください。
それって、つまり……
「陛下公認、というわけだ」
……っていうこと、ですよねぇ…?
で、そうなると、だ。
「逃がすつもりなど毛頭ない。私も、陛下も」
あぁ…、やっぱり……。
いや、まぁ…こっちも逃げる気はさらさらないんですが……
ただ、その……
「逃げ、ないです、が……」
「ではそろそろ観念して、名を呼んではくれぬか?」
「ひゃぅっ!!」
表情も声もひたすら甘いのに、視線だけは妙に熱くて。
そして何より。
するりとうなじを撫でる指先が、その行動が。
見えないのに、色っぽい。
「カリーナ?」
「ぅぅっ……」
そのまま抱き寄せられて、あっという間に殿下の腕の中に閉じ込められる。
「名前を、呼んで…?」
「ぁ……」
耳に直接吹き込まれているかのように錯覚するほど、吐息の混ざった小さな囁き。
この甘さに、私は毎回やられてしまって。
「あ、るふれっど、さま……」
結局、今回も勝てないのだった。
「カリーナ、もう一度…」
「……アルフレッド、様…」
乞われれば、きっと私は抗えないまま際限なく与えてしまう。
だってもうこんなにも大好きで、ドキドキして。
何よりこの腕の中にいる時間が、一番の幸福だと知ってしまっているから。
「……名を呼ばれることが、こんなにも心を満たすものだとは思っていなかった…」
嬉しそうに、幸せそうにそう言われてしまえば。
もらっている幸福分全てを返せてはいないかもしれないけれど、少しでも同じように満たされていて欲しいから。
こうして私たちの間にはまた、新たな約束事が増えていくのだった。
本編後の二人のいちゃいちゃを書いてみましたが、どうでしたでしょうか?
基本的に婚約後の二人は……というか殿下は、常にこんな感じです。




