93話 そして少年は、現実と出会う
文化祭が終わると学校行事も一段落で、徐々に年末に向けて落ち着いた空気になっていく。
山も谷もなく平凡に日々は続き、あっという間に時間が経っていった。
だが、平凡は例外なく続かない。
生きていれば当然のように山があり、谷がある。
きっとこの先もそうだ。難解な問題が降りかかって、俺たちの関係が引き裂かれそうになることもあるだろう。どれだけ大切に想っても、それゆえに遠ざかることも。
だけどおそらく、すべての問題はたった一つの答えに収束する。
結論を言おう。
俺は、氷雨小雪を愛している。
◇
十二月に入ると、クリスマスに向けて街が色づき始める。空気は乾燥し、木枯らしが木々を丸裸にし、吸った空気が肺を冷やす。
北海道に比べれば断然マシではあるが、しかし一年間ずっと茨城にいる身だ。普通に寒い。むしろ普通の人より早くコート、マフラー、手袋の三種の神器を解放した。
今日も今日とてフル装備で、日曜日の街に出る。時刻は二時半。デートの時間よりは遅く、スーパーに行くよりは早い。そんな中途半端なタイミングでの外出。
行き先は雑貨屋。ちょっとオシャレで、普段は縁のないところだ。
まあなんだ。そろそろ、そういう時期だしな。プレゼントでも準備しようと思ったわけだ。
いちおう名取に「なにがいいと思う?」と聞いてみたのだが、「リア充爆ぜろ。やっぱ阿月だけ爆ぜろ」と言われた。あいつは今年一人で過ごすそうだ。
流れで小日向に聞いたら「……よく効く湿布、かなぁ」と言っていた。練習はほどほどにしてほしい。
一輝には「プロテインしか勝たん」と言われ、エージには「やっぱ苗字じゃないっすかね」と言われた。俺の友人達にはろくなやつがいない。
その後いろいろと考え込み、様々な案が生まれ、没し、三周ほど巡ってからどうにか決めた。
店内を歩き回り、目星のものを見つけて購入。
「ラッピングお願いできますか?」
という一言で、ああ、俺ってリア充なんだなと自覚する。普段から自覚していることではないから、ふとした瞬間に思い出すと、小さな驚きがある。
出来上がったものを持って、店の外へ。
クリスマスはどうしようか。イブか本番か、というところも決めなくてはならない。幸いなことに、俺も小雪も帰宅部なのでそこらへんの融通は利くだろうけど。
どうしたもんかね――
「すみません。森本珈琲ってどこかわかりますか?」
向かいから来た人に道を尋ねられる。
「まっすぐ行って、三つ目の信号を左です」
「そうですか。ありがとうございます」
「……………………ん?」
丁寧にお辞儀して、男性は去って行く。スーツ姿の中年となれば、なにかの話し合いだろうか。森本珈琲に、そういう客層はあまりイメージできないが……今日、日曜日だし。
それだけではなく、なにか……そう、言葉にはできないなにかが引っかかる。
いそいそと歩く背中から、しばらく目を離せないでいた。
「気のせいだよな」
なにがどう気のせいかは、自分でも説明できない。ただ、その言葉はやけにしっくりきた。
視線を切って、歩き出す。けれどすぐに、足が止まった。
なにもないかもしれない…………でも。
嫌な予感は、見逃すべきではない。これまでの人生で、なにも気がつけず取りこぼしたものがいくつある?
とはいえ、意識したところでできることもないのだが。
…………。
……………………。
なんとなく落ち着かなくて、スマホを取り出す。着信履歴の一番上から、小雪に電話。すぐに繋がる。
「――もしもし、阿月です」
「な、なにかあったの?」
「いやべつに、なんもないけど」
「そう……なら、いいのだけど」
電波の向こう側にいる小雪は、妙に歯切れが悪い。
「今って暇か? 用事はないけど、会いたくなってさ」
「時間ならあるわ。いつも通りよ」
「そっか。じゃあ、場所はどうする? 今は駅のあたりにいるんだけど」
「駅はだめよ」
「ん? ――ああ、そうだな。駅はやめようか」
そういえば俺、プレゼント持ってたな。一回家に戻らないと……。
でも、小雪がだめな理由ってなんだ?
「じゃあ、三十分後に森本珈琲で――」
「ごめんなさい。今月はちょっと、お金がなくて」
「なら、俺んちに来るか?」
「そうしてもいい?」
「わかった。待ってるよ」
電話を切って、一つ息を吐く。
小雪もプレゼントを買ってくれたのだろうか。確かに俺も少し財布が心許ないからな。
とは、ならない。
確かにその可能性もあるだろうし、全部が嘘ってわけでもないんだろうけど。
違和感の正体は繋がってしまった。
「…………もう、か」
呟いて、今度は深くため息を吐く。
できればもう少し、俺たちが大人になってからがよかった。そういう約束だったはずだ。話が違う。だけど、現実なんてそんなもんだ。
確かにあった。面影があった。
丁寧にお辞儀をして俺を見つめたあの顔に、彼女と同じものを感じたのだ。
さっきの男は、氷雨小雪の父親だ。




