88話 嘘のない答えを その5
明け方から始まった作業は、そのまま朝まで続いた。六時ちょうどに、アラームが鳴って一輝が体を起こす。
「……ん。起きてたのか、テツ」
「おう。おはよう」
「おはようさん。なにやってんの?」
「ちょっと思いついて、なんとか形にしようとしてるとこ」
液晶を睨みながら、何度目かわからない書き直し。脳は覚醒していて、ほとんど眠気もない。
「顔洗ってくるわ」
一輝が立ち上がる。時計を確認。教室での作業は七時から。六時半には家を出たいから……朝飯は学校で食べるとしても、そんなに時間はない。
「もうちょっとな気がするんだけどな」
「ほういうふぁんひ?」
「歯磨きしながらこっちくんな」
俺の言うことも無視して、一輝が画面をのぞき込む。
「おお!」
大きく目を見開いて、洗面所に飛び込んだ。興奮した声で言う。
「いいじゃんそれ!」
「俺もアイデアは悪くないと思ってる」
古今東西、お化けの有名どころを詰め込んだ場所。であれば、お化けたちが集まるようなイベントが開かれているという設定を作ればいい。招待状を受け取ったお化けたちが、黄泉屋敷に集まっている。
ただ、そうなるとお客さんの立ち位置がわからなくなる。人間には招待状が送られないわけだし、じゃあ、お客さんもお化け? それだとホラー感がない。
「なんかこう、もうひとひねりほしいよな」
腕組みして、天井を眺める。なんも思いつかねえ。天井になんか書いてないかな。なんもねえわ。人の顔みたいな染みすらない。
「なあ一輝、俺たちのお化け屋敷って、驚かせにいくんだよな?」
「そうなってはいる」
「だよなぁ」
「こんなのはどうだ? 『迷い込んだ愚かな人間よ、お前達を食ってやる!』的な」
「ちょっと面白いけど、それを紙に書いて配るのおかしくね? ……いやでも、人間は敵なわけか」
なにか掴めそうな気がする。
「なんだっけ、そういうの……ちょうどいい言葉があったはずだけど…………」
ちらっと一輝のほうを見る。こいつとの会話で出てきた言葉で、こういう場面に使える言葉があったんだ。喉の奥まで出かかっているのに――
「招かれざる客じゃね?」
「それだ!」
電流が走ったように繋がるピース。
「お客さんは、元々招かれてなかったんだよ。間違って招待状を受け取った人間が、黄泉屋敷に迷い込む。こんな設定でどうだ?」
「おお! それっぽい!」
「だろ? ええっと……そうすると人間は、誰宛のを間違ってもらったんだ?」
「ドッペルゲンガーとかだと、人間っぽくね?」
「その間違いはありそうだな。採用」
偽物のお化けに送ろうとしたら、本物に届いてしまった。ドッペルゲンガーの代わりとして屋敷にやってきた人間。
面白くなってきた。
昨日の虚無虚無タイムに、フォントとレイアウトは決めている。おどろおどろしい文字と、黒の背景。
『招待状
拝啓 ドッペルゲンガー様
今宵、我が輩の所有する黄泉屋敷にて怪異たちの宴を開く運びになった。
貴君のように精力的に人間達を脅かす存在を、労おうという意図だ。貴君と出会った人間は近いうちに死ぬ。という卓越した能力で怪異に貢献する存在。是非とも参加して頂きたい。
追記:屋敷の中で人間を見つけた場合は、貴君らの好きにしてもらって構わない』
長くはないが、これくらいでいいだろう。
「どうだ!」
「オッケーだ! 最高!」
一輝が手を掲げたので、迷わずハイタッチ。
ファイルをUSBに保存して、取り外す。あとはこれをルリ先生にお願いして印刷してもらえばいい。
「よっしゃ行くぞ! つーか遅刻する!」
「マジか! もうそんな……四十分!?」
まだ俺、着替えてないんだけど。
「急げテツ!」
寝間着を脱ぎ捨て、制服を慌てて着る。鞄を掴んで、家から飛び出した。
ひんやりした朝の空気の中を、俺たちは走る。
「ははっ、青春みてえ!」
「帰宅部にはきっつい青春だ……」
息がすぐに上がって、やっぱり運動部は体力あるなと再認識。でも、ここで置いていかれるようなことはしたくない。意地だ。
駅に駆け込んで、ホームへの階段を降りる。ちょうどやってきた電車に飛び込む。
「ギリギリ!」
鞄を置いて膝に手をつき、上がった息を整える。
「しんどすぎる」
小さく呟くが、内心は間に合った安堵のほうが大きい。疲れたけど、どうにかなった。
キツくても、けっこう絶望的でも、最後には上手くいく。そういうふうに、俺たちはできている。
俺と一輝で取りかかれば、だいたいのことは解決できる。だけど俺は別に、他の誰かでもいいんじゃないか――そんなふうに思っていた。今は違う。確信を持って、俺がいるべきなのだと思える。
一時的な勘違いかもしれない。だけどそれもいいだろう。進歩って、きっとそういうことだ。勘違いで踏み出した一歩が、俺たちを遠くへ連れて行ってくれる。
こういうことを言うのは柄じゃないけど、たまにはいいかな
「また勝ってしまったな」




