81話 つつがなく日々は続き その1
学校が始まって二週間ほど経つと、本格的に文化祭に向けて動き始まる。学校全体がそわそわして、放課後の教室に残る生徒も増える。
生け贄として役員にされた俺も、最近は帰る時間が遅くなっていた。
「テツ先輩って、氷雨先輩と付き合ってるんすよね。どこまでいったんすか?」
「お前のその躊躇いのなさは、もはや尊敬に値する」
「そんな、自分は尊敬されるような人間じゃないっすよ!」
「落ち着け。皮肉だから」
サッカー部が休みだから、今日はエージも役員の仕事に来ている。
仕事内容は、文化祭期間中の体育館について。設備に不足、故障がないかを確認して、利用団体に確認して回る。
「で、どうなんすか?」
「粘るなぁー」
「そりゃ気になりもしますって。この学校の男、ほぼ全員が気にしてますって」
「嫌すぎる」
「気になりすぎて、一部では阿月哲アンチなるものが生まれてるらしいっすよ」
「とんでもないことになってんな!?」
アンチがつくのは有名人の証。とでもいうのだろうか。
嫌だ。別に有名になりたいわけでもないのに……。
「なんでそんなことになったんだよ」
「現実感がないんじゃないすかね」
「氷雨に恋人がいるっていう?」
「はい。だからガツンと、あいつの彼氏は俺だ! っていう動きを見せた方がいいと思うんすよ。テツ先輩は、報われない男達の淡い希望を断ち切るんです」
「うわぁ……」
亡霊みたいだな。
まあ確かに、学校の中で小雪といると恨みがましい視線を感じることは多い。一定の反感を買っていることは事実だろうし、
「ま、考えとくよ」
どこまで進んだかは……自分でも、よくわからん。
◇
役員の仕事がある日は先に帰っていい。そう言ってはいるが、実際はほとんど待ってくれている。
メールを送って昇降口にいると、ほどなくしてやってきた。階段を降りる上履きの音で、なんとなくわかってしまうのは末期症状か。
いつも通りの待ち合わせ。俺を見つけると、小雪は微笑んで近づいてくる。
「お疲れさま」
「…………」
彼女の頭に、見慣れない二つの山ができていた。
ぴょこんと小さく、黒く、可愛らしいそれは――
「ネコミミ!?」
小雪がネコミミ。ネコユキ!?
だめだ頭が混乱してる。え、ネコミミ? なんで? 可愛い可愛い。ちょっと頭バグりそうなくらい可愛い。
「どう? 似合ってるかしら」
「似合ってるけど、どういう経緯でそれを着けたんだよ」
普通に生活してたら絶対にたどり着かないだろ。あるとすれば、男側のちょっとアレなお願いとか、そういうお店とか。
「文化祭のお店で着けることになって――だから、最初に見てもらいたかったの」
「なるほど」
なるほどそれはまた随分と可愛いな。あまりにも可愛すぎて思考が可愛いに汚染されていく。あれ、俺ってこんなタイプだっけ。
「似合ってるなら、安心ね」
ほっとしたようにネコミミを外すと、鞄にしまう。
残念な気持ちはあるが、着けたままだと正直理性が保たない。なんかやらかす自信がある。
危険だ……ネコミミ。
「小雪のクラスは、喫茶店か」
そういえば、各クラスの申請で見た気がする。ネコミミ喫茶とはなかったけど、コスプレ喫茶的なのがあったはずだ。
コスプレ。
小雪がコスプレ!?
そのクラスのやつら、GJすぎるのでは!?
「どうしたの阿月くん。かつてないほど挙動不審だけど」
「あ、ごめん。俺今ちょっとキモかった……」
「そう? 顔はいつも通りよ」
「内面的な問題です」
小雪は不思議そうにしているだけで、ちっとも気がつかない。
俺の彼女さん、純粋すぎやしませんかね。
ネコユキ!?