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番外 親友になった日:佐藤一輝

 佐藤一輝という人間は、オールラウンダー寄りの天才である。高校に上がって以降はサッカーを中心に評価されるが、他のスポーツもできるし、運動もできる。遊びも得意で、リーダーもやれる。


 だが、一輝を最も一輝たらしめるのは、自分の能力を自覚していることだった。

 自分よりも要領が悪い人間に対して、努力が足りないとは思わない。自分が恵まれていることを知り、それゆえに与えられる立場を受け容れてきた。


 リーダーであること。人を引っ張って、物事を成功に導くこと。

 エースであること。勝ち負けのかかった場面で、自分が全責任を負うこと。


 常人ならプレッシャーで押しつぶされることを、一輝は「まあ、それが俺の役割だわな」と軽くこなしてきた。

 人よりできる自分がそうすることは、当然だと思っていたし、そう思われていたから。


 そんな一輝に対して阿月哲は、努力型のオールラウンダー。

 なんでもそこそこできるが、目立つほどではない。運動に関しては平均以上だが、それも喝采を浴びるほどのものではない。


 じゃあ性格が特別いいかというと、いい奴ではあるが、わざわざ親友になるほどとはいえない。面白いし、つるむのが楽しい相手ではあるが。それなら、サッカー部の奴らとやればいい。


 それでも、佐藤一輝は阿月哲を親友と呼ぶ。

 高校で偶然クラスが一緒になっただけの彼を、迷いなく。




 きっかけになったのは、一年の球技大会。バスケの試合をしているときだった。


 一輝はバスケも得意で、バスケ部を除けば校内でも屈指の実力者である。相手を抜くのも、シュートを決めるのもほとんど一人でできてしまう。

 だから、必然的にボールは一輝に集まる。


 ワンマンチームになるのは、慣れたことだった。もっとみんなボールに触ればいいのに、とは思うが口には出さない。


 そんな中で、ふと気がついた。

 同じチームにいる阿月哲が、あまりパスをしてこないのだ。元々は野球部だったとかで、リバウンドを拾ったり、咄嗟の反応でボールを持つ場面は多い。なのに、そのボールは大抵、一輝に回ってこない。


 ――まさか……いや、偶然か?


 緊迫した場面になれば、きっとあいつもボールを回してくる。そうなるのが当然だ。正しいかは別として、普通はそうする。


 チームは勝ち上がり、決勝。一年生としては異例の快挙で、得点にはほとんど一輝が絡んでいた。クラスメイトの歓声は、ほとんどが彼に注がれる。


 だが、その裏にはもう一人の功労者がいたのだ。

 淡々とチーム内でパスを回し、相手の狙いを絞らせないように努めている凡人が。一輝が伸び伸びとプレーできるのは、彼がいるからだった。


 そうして始まった決勝戦。


 同点で迎えた、ラスト二十秒。ボールが味方側に渡る。

 それと同時に、佐藤一輝は覚悟を決めた。いつものように、自分が最後の勝負をすることを。


 ボールは近くにいた阿月哲に渡る。そこから一輝までは、パスが通る空間がある。


「テツ!」


 一輝が手を挙げる。会場の注意が一気に引き寄せられる。

 佐藤一輝と、相手チームの一騎打ちが始まる。


 誰もがそう思った――のを無視して、哲は一番近くのチームメイトにパスを出した。

 目の前の守備を抜くためだけの、最低限のパス。「こっち!」すぐさま自分にパスを要求する。


 一輝が来ると踏んでいた相手チームの反応が、明らかに遅れる。

 その隙を嘲笑うように、安定したレイアップ。派手さはないが、確実に二点を積み上げるシュートが入った。


 その背中を、一輝は初めて見た。

 自分よりも前に立って、最後の一瞬を背負う誰かを。

 決して特別ではない友人が、それを成し遂げるのを。


「テツ。お前、なんで最後俺にパス出さなかったんだ?」


 試合が終わって、クラスメイトにもみくちゃにされた後、一輝は聞いた。

 哲は当然のように答えた。


「だって、めっちゃ警戒されてたじゃん」


 理屈の上では、当然の回答だ。

 だが、一輝にとっては衝撃的だった。


 球技大会なんて所詮はお遊戯で、なにかを賭しているわけでもない。それでも、その瞬間は誰もが真剣で、否応なく本質を浮き彫りにする。


 阿月哲は、自分が平凡だということを誰より知っている。だが、彼は自分の平凡さを棚には上げない。簡単に頼ってしまえるものがあっても、ちゃんと最善を考える。


「一人か二人なら、一輝が抜いてくれるだろうけど。三人は無理だろ? ……いけるってんなら、今度は出すけど」

「ははっ。ははははっ、無理無理! 無理に決まってんだろ!」


 佐藤一輝という人間の才能を、なにひとつ否定しないままで、対等でいてくれる。

 こんなに力強いのは、初めてだ。


「あー、めっちゃ笑った。やっぱテツ、おもろいわ」

「そうか? 別に、ウケ狙いじゃないけど」


 困惑する哲に、一輝は手を差し伸べる。


「佐藤一輝と阿月哲、最強コンビの結成だ。これからもよろしくな、相棒」

「なんだよそれ。恥ずかしい」


 苦笑いながらも、哲は握手に応じた。

 その日を境に、一輝は哲を親友と呼ぶようになった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 率直なところ、きっかけがそれほど強いか、というと判らないなあ。きっかけは、きっかけでしかなかったんだろうな。 書かれていない、その後の積み重ね、があるんだろうな。
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