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8話 たとえば、君に好きだと言ったら。

 氷雨と服を買いに行く約束してから、しばらく俺はパニックに陥っていた。なにぶんその手のことには疎いので、自信がない。


 一輝や小日向に相談したいが、嫌な予感しかしないのでやめる。


 結果として一人で黙々と、ウェブサイトを右往左往するはめになった。結論はわからん。なんか綺麗な女の人が、綺麗な服を着てたよ。眼福。収穫はゼロ。ふざけんな。


 ただ、気になったことはある。

 ベッドにスマホを投げ、仰向けに寝転がる。


 氷雨に聞いてみるか、やめておこうか。


 決めるのは明日の自分に任せることにして、目蓋を降ろした。







 懐かしい夢を見た。

 目覚ましの時間より少し早く、ベッドから這い出る。


 重い身体を引きずって、シャワーを浴び、ゆっくりと身支度を調える。


 服、か。

 個人的には最低限の清潔感があって、着られればいいと思っている。だから数は少ないし、オシャレとも言い難い。無難。という言葉がひたすらに似合う。


 準備をして家を出て、集合場所の駅に向かう。


 今日は暑い。もう夏だな。

 日陰を選んで歩いていると、ばったり氷雨に会った。


「お、おはよう。偶然だな」

「家が近いもの」


 確かに。

 そうでなければ、彼女を家まで送り届けることなんてしない。昨日は土曜日で、初めてその役目を果たしたが、まあ、かなり近い。うっかりコンビニとかで会う距離だ。


 間違っても、俺の家を知られたくはないが。


「暑いな」

「そうね」


 氷雨はTシャツにロングスカートという装いで、涼しげながら品がある。きっと彼女が短いスカートをはくことはないのだろうな、と勝手に思う。


「今日くらい暑い日になると、話題を繋ぐために『暑いな』って十回は言いそうになるよな」

「そういうものなの?」


「黙ってるのがしんどかったら、なるかも」

「私は沈黙が嫌いじゃないわ」


「ならいいか」


 話題が切れたら、ぼーっとしていればいい。お互いに気にしないなら、気楽にいこう。


 ショッピングセンター行きのバスに乗る。朝の時間帯だからか空いていて、二人分のシートは確保できた。

 俺は窓側に座って、氷雨が隣に腰掛ける。それで気がつく。けっこう近い。


 窓の外を眺める。この距離で女子の顔を見るというのは、なんとなく罪悪感がある。


 ここから三十分。けっこう長い。


「暑いな」

「冷房来てないの?」


「や、なんでもない。ごめん」


 内心の動揺が出たせいで、変なことを口走ってしまった。ちっとも暑くない。むしろ寒くならないか不安なほどだ。公共の場のクーラーは、しばしば度が過ぎる。


「今日、どんな服を買うつもりなんだ?」

「可愛い服よ」


「それ、俺が選ぶので大丈夫かよ」

「阿月くんが可愛いと思ったのがいいわ」


「すっごい恥ずかしいんですけど。あの、俺すっごく恥ずかしいんですけど」

「どうして?」


「わかってくれよぉ」


 情けない声が出てしまう。

 なんの罰ゲームで女子の服を見て「うん。可愛いね」などと言わねばならないんだ。付き合っているわけでもないのに。


 いつから俺の人生はこうなった?

 知らないし、できれば知りたくない。


「阿月くんはどんな服が好きなの?」

「布面積がでかい服」


「大きいのが好みなのね」

「そこだけ切り取るのやめてくれない?」


 悪意はないんだよなぁ。純粋な顔しやがって。


「ロングスカートは正解だったみたいね」

「ん、まあそうかもな」


 嬉しそうな顔で言われると、困る。

 短いスカートで脚を見せられても、それはかなり困る。うまく説明できないけど。


 上手いことこっちのペースを作りたいのに、二言目には崩されてしまう。


「ねえ、阿月くん」


 肩を叩かれる。


「どうしたよ」

「あれ。なんの行列かしら」


 氷雨は身を乗り出して、窓の外を指さす。

 窓側に座っていたのは俺で、横顔がすぐ近くに来る。ふわりと甘い香りがした。


「す、スイーツの店とかじゃないか? ほら、俺たちと同い年くらいで、女子が多いから」

「そうなのね」


「行きたいのか?」

「…………」


 少しの沈黙を挟んで、氷雨は首を横に振る。


「興味ないわ」


 ほんの一瞬、そこには【氷雪の女王】と呼ばれるにふさわしい冷たさが宿っていた。

 そうだよな。バイトしてるんだもんな。わざわざ。


「すまん。余計な質問だった」

「気にしないで」


 唐突に触れた彼女の冷たい部分。

 だからだろう。口は勝手に動いていた。


「ついでに一つ聞いていいか」

「ええ。なんでも」


「たとえば。俺が氷雨さんを好きだって言い出したら、どうする?」


 今まであったように、毒舌を発揮して切り捨てるのだろうか。

 純粋な疑問だった。他意はない。


「無駄な質問ね」


 そう。これは無駄な質問だ。

 だけどまさか、気がつかれているとは思わなかった。


「阿月くんは、そういうことを言わないでしょう?」

「……だな」


 それがわかっているから、こうも無防備なのだ。薄々予想はついていた。だけど、言葉にできるほどとは。

 俺が思っている以上に、氷雨小雪は俺のことを理解しているのかもしれない。


 バスは目的地にたどり着く。


 気まずい空気は、少しもなかった。

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