77話 君に届きますように その2
地元の子供達が演奏する祭り囃子と、屋台から響く客寄せの声。生ぬるい風に乗って、甘ったるい匂いが会場に満ちる。
「打ち上げまで時間あるし、なんか買ってくか」
「回ってみない? いろいろ見てみたいの」
「じゃあ、一周するか」
人混みの中を、ゆったりしたペースで歩く。氷雨の歩幅は、いつもより小さく、ペースも遅い。それに合わせて歩くのが、不思議なほどに心地よい。
「懐かしいわね」
「祭りが?」
「ええ。ずいぶん前に行ったきりだったから」
「そっか。その時のこと、どのくらい覚えてる?」
「金魚すくいをしたわ」
「せっかくだし、やる?」
「持って歩くわけにはいかないでしょう。それに、飼うのは大変よ」
「だな。他には?」
「焼きそばを食べた……と思うけど、後のことは曖昧ね。金魚のことだけは、覚えてるの」
水槽にポイを沈めて、すくい取る。それを一生懸命になってやっている氷雨を想像して――あまりにも容易に想像できるものだから、笑いそうになる。
「阿月くんの好きな屋台はどれ?」
「射的かなぁ。豪華な景品のじゃなくて、お菓子とかのやつ」
「やりましょう」
食い気味だった。
「じゃあ、あったらやるか」
「あそこにあるわよ」
「見つけんの早っ!」
俺がすぐ近くの屋台を見ている間に、氷雨はけっこう遠くまで見ていたらしい。指さす先は、奥の方。
「あそこまで競争よ」
「走ると危ないぞ」
「じゃなくて――射的で競争よ」
「言い間違えたのかよ」
「人は誰しも、間違えながら生きていくものよ」
「深い深い。急に深い」
でもって、いいこと言ってやったみたいな顔すんな。そのドヤ顔、ちょっとムカつくなぁ。
「射的で競争はいいけど、なんか賭けるのか?」
「勝った方が負けた方の言うことをなんでも聞く、というのはどう?」
「ああ、なるほど……って待ておい! 明らかにおかしいよな!?」
「どうしたの?」
「いや、逆だろ普通。なんで勝ったのに言うこと聞かされてんの!? 新種の詐欺!?」
「阿月くん」
真剣な目で、氷雨が見つめてくる。
「私、射的をやったことないわ」
「そうか」
「つまり、勝てる可能性は皆無よ」
「じゃあ他のことでいいじゃん。勝負なら、いろいろあるだろ」
「特盛りラーメン早食い対決、とか?」
「それのどこに勝機を見出したんだよ」
圧勝する自信があるし、氷雨はギブアップする未来が見える。
「阿月くんに勝てること……」
唇を尖らせて、真剣に考え込む。
いろいろありそうだけど、案外、パッと考えると出てこないものかもしれない。男女の違いで、単純に力は俺の方があるし。力で解決できることは、世の中多い。
……まあ、絵とか歌とかは、中の下くらいしかできないから、負けると思うけど。この場でできることではないし。
そもそも、俺に聞かせたいお願いってなんだろう。
…………。
「射的でやるか、勝負。で、勝った方の言うことを聞く」
「――え」
眉根を下げる氷雨。
「嫌だったら断っていいし、常識の範囲内でっていう条件もつけてさ」
「なら、やりましょう」
駄菓子のタワーが作られた射的の屋台。景品が豪華ではないぶん、誰でもある程度は取れるし、楽しめる。こういう軽いやつのほうが、俺は好きだ。
お金を払って、五発ぶんのコルクをもらって、銃口に詰める。横で戸惑っている氷雨に、声を掛けた。
「貸してみ」
別に難しいことではないのだが、弾を込めると感動したように目を輝かせていた。
「お手本を見せてもらえる?」
「ん。じゃあ、久しぶりに」
銃身に顔を近づけて、片目をつむり、狙いを定める。コーラ味のラムネのタワー。側面を狙って、引き金を引く。
ヒットして、二つ落ちる。屋台の人が取って、渡してくれる。
「やってみ」
「こう?」
不慣れな動きで、目標を狙う。引き金を引くと、フーセンガムが三つ落ちた。
「おっ!」
「で、できた……! 見てた?」
「見てたよ。すごいな」
「リードしてるわよ」
「確かに。頑張らないと、負けるかもな」
俄然やる気になって、二発目を装填する氷雨。
もし負けたら、なにをお願いされるのだろうか。考えながら、淡々と残り四発を消費した。
結果は俺が六個で、氷雨が四個。
「完敗ね」
「いや、けっこういい勝負だったろ」
「負けは負けよ。さあ、なんでも言うことを聞くわ」
駄菓子を詰めた袋を片手に、潔いことを言う。
「俺が負けたら、なにをお願いするつもりだったか――ってのを、聞くのはありか?」
「考えておくわ」
「わかった。なら、俺のはそれで終わり」
「いいの?」
「いいよ」
伝えたいことはあるけれど、それは今じゃなくていい。
「なんか食べようか。そろそろ腹が減ってきた」




