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7話 共犯者

「……と、いうわけでだな。昨日のことは誤解だったんだ」


 一時間目の数学が始まる前の時間。一輝と小日向と、ついでに聞き耳を立てる人に聞こえるよう、弁解する。

 いつものごとく大事なところは伏せているから、けっこうガバガバ理論だったが。


「なるほど、よくわかった」

「そうだったんだ! なら納得だね」


 こんな感じで二人が相づちを打って、追求しにくい空気を作ってくれる。


「ねえねえテツくん。どうすれば氷雨さんと仲良くなれるかな」

「知らんな」


「知らんかー」

「小日向はいつも通りにしてれば大丈夫だろ」


「大丈夫かな? うるさいって思われそう」

「本人に聞いてみたらいいんじゃないか?」


「そうだね。うん。そうしてみるの助!」


 力強く頷いて、小日向は自分の席に戻っていく。

 そのタイミングを見計らったように、一輝が教科書を取り出した。俺の机に置いてくる。


「テツ先生、わかりやせん」

「どこが」


「宿題のここ」

「え、ああ……もうちょっと早く言えよな。なんなら昨日の夜にラインしてくれればよかったのに」


「朝練の時間にやっていたんだ。仕方がないだろう!」

「朝練の時間には朝練をやれボケ」


 なにを堂々と言ってるんだこいつは。大丈夫か次期主将。

 ため息をついて、ノートを開く。


「ここをこうやってこう!」

「雑っ! でもノートわかりやす!」


 ふむふむと頷きながら、せっせと書き写す。たぶん俺のノートがわかりやすいんじゃなくて、一輝の理解力が高いのだ。


 授業が始まる前に解決した一輝は、「神様俺様アヅテツ様」などと意味不明なことを言っていた。

 俺様を含めるんじゃねえ。っていうかアヅテツって誰だよ。







 特に問題もなく、平和なまま一日が終わる。

 氷雨は今日、やることがあったらしく昼は別。まだ数日しか関わっていないはずなのに、彼女がいないのは違和感があった。


 担任から頼まれていた資料運びを終え、職員室で報告する。椅子に腰掛けたまま、菱崎ルリ先生は労いの言葉を投げてくる。


「いつもご苦労さん、阿月っち」

「ほんと、人使いが荒いんですよ。帰宅部は帰宅するのが使命であって、雑用係じゃないんですからね」


 ルリ先生は白衣を着た国語教師で、なんとなくやる気がなさそうにしている。実際、やる気はほとんどないのだろう。

 モットーは、『成績を上げるのは生徒の役目』。受験期にあたりたくない担任ナンバーワンである。


「阿月っちぃ。そんなこと言って本当は、雑用したくてたまらないんだろう?」

「したくねえよ! なんで俺がドMみたいになってるんですか」


「ドMじゃないか」

「ドMじゃないですけど!」


「ふうん」


 適当に流して、ルリ先生は立ち上がる。


「タバコ吸うけど、来るでしょ?」

「行きたくないです」


「訂正する。来い」

「最低。もうほんと、この人教育者として最低っ……」


 半ば拉致されるような形で学校から出て、近くのコンビニに行く。

 ルリ先生はコーヒーを二つ買ってきて、片方を俺に渡す。


「なんですか……急に呼び出して」

「氷雨小雪、アルバイト、校則違反」


 ポケットからタバコを取り出し、口にくわえる。そのまま火をつけず、ルリ先生はこっちを見てくる。


「どこでそれを知ったんですかって顔ね」

「…………」


 みのりんさんには、こっちから牽制してある。カフェで遭遇した女子たちではない、はずだ。確証はないけど、そう思う。

 だから情報が漏れるとすれば、俺の知らないところ。


「地元の人、とかですか」

「正解。残念ながら、あんた一人のネットワークじゃ粗があるってわけ」


 火のついていないタバコを指先でくるりと回す。

 愛煙家だとルリ先生は言っているが、俺はこの人が火をつけたところを見たことがない。


「とりあえず、情報はアタシんとこで止めてあるけど。あんた、どこまで踏み込んでるの」

「勘違いしないでくださいよ。俺はまだ、あいつのことをなにも知りません」


「でも、解決したい?」

「傲慢ですかね」


「自覚してるならまだマシだ。でも、もっと上手くやりなさい」


 結局、煙を出さないままタバコを灰皿にこすりつける。

 捨てられたタバコは、その値段分の働きをしたのだろうか。俺にはわからないことばかりだ。


「上手く……ですか」

「あんたは教育者でもなければ、大人でもない。こうやって教師と悪事を働く、小狡い人間だ。そのことはわかってる?」


「重々承知してますよ」

「わかってない。あんたはまだ、わかってない」


「…………」

「大人ってのはね、思うように動けない生き物なのよ。常識とか、しきたりとか、責任が多すぎて。だけど、まだ子供のあんたらは違う」


 それはそうだ。知識としては持っている。

 だけど俺は大人じゃないから、どれだけ不自由かは知らない。


「バカみたいな理想、ぶん回しなさいよ。若者なんだから」

「ルリ先生も十分若いですよ」


「うるさいわね。退学したいの?」


 肩をすくめて誤魔化す。


 理想。

 理想ってなんだろう。

 俺は氷雨に、どうなってほしいのだろう。

 俺は氷雨と、どうなりたいのだろう。


 考えても答えは出ない。きっとまだ、ここにはないから。







 駅のホームで電車を待っていると、氷雨が階段から降りてきた。俺に気がつくと、小走りで近づいてくる。


「久しぶりね、阿月くん」

「いや、一日も空いてないけど」


「そうだったかしら。でも、しばらくぶりな気がするわ」

「そうなのか?」


「そうよ」


 はっきりと肯定されると、じゃあそうなのかなという気がしてくる。今日も今日とて、氷雨小雪は難しい。


「今日はどうだった? なんかあったか」

「なにもないわ」


「そっか」

「阿月くんと会わない日は、とても退屈ね」


「そ、そそ、そっか」


 聞きようによっては勘違いしてしまうことを平然と言ってくる。平静を保とうとするが、噛み噛みだ。


「俺といると退屈しない?」

「ええ。阿月くんは見てるだけで面白いわ」


「もしやと思ってたけど、俺って動物枠なの?」

「人間は総じて動物よ」


「知ってるけど!」


 そういうことじゃなくって!

 まあいいや。氷雨が楽しいなら、……不本意だけど、いいや。


「ねえ。今度の日曜日、空いているかしら」

「日曜日ならだいたい空いてるけど――え、日曜日?」


「そう。キリスト教で安息日と勘違いされていることの多い、日曜日よ」

「あ、そうなんだ。実際の安息日は?」


「金曜の午後から土曜の午前らしいわ」

「へえー。ためになった。いや違う、そうじゃなくってだな」


「諸説あるらしいわ」

「そっちじゃなくてだな!」


 キリスト教の安息日とか、俺には関係ないし。


「日曜、なんかあるのか? バイト?」

「お買い物よ」


「ふーん。買い物ね」

「服を買わなければならないわ」


「そりゃ大変だな」

「一緒に来てほしいのよ。阿月くんの意見が聞きたいの」


「俺が意見、ね。まあいんじゃないか。それくらいだったらできそうだ――……ん? ゑぇっ!?」


 驚きのあまり旧字体になってしまった。


「よかったわ。人からの意見をもらえるのって、貴重だから」

「俺、意見? 俺でいいのか?」


 まずい。頭がパニックになっている。

 どうにかしてなんとかしなければならない。


「楽しみにしているわ」

「……あ、はい」


 流れに任せて頷いてしまった。


 俺、そんなことできんの?

夏服、いいと思います。

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