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学校一の美少女は、告白されると俺の名前を出して断るらしい  作者: 城野白
四章 運命になれなかった初恋へ
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63話 運命になれなかった初恋へ

 強くなりたかった。

 俺にとっての強さは、守ることだった。


 誰かの前に立って、道を切り拓くリーダーのようなものじゃない。

 隣に立って、支えになって、困難を打ち払うような存在のことだった。


 そういう意味では、目指していたのはヒーローだ。誰ものヒーローじゃない。唯一人、憧れた女の子を守れる強さが、ほしかった。


 そのために俺は、たぶん、人生で初めて努力をした。野球をやって、勉強して、苦手だったことを人並みにできるようにした。


 それまでの自分を捨てて、『阿月哲』という理想を目指した。大量の虚構で塗りたくって、強くて、優しくて、正しい姿を作り上げた。


 なのに、一番辛いときに、花音は俺に頼らなかった。俺は花音を守れなかった。


 たった一つ守りたかった俺の手には、偽物の『阿月哲』だけが残った。

 それが正体だ。


 必死に強がって、余裕なく動き回って、どうにか辻褄を合わせようとする。誰にもでいい顔をしたがって、曖昧な正義を抱いて生きている。


 だから悲しいんだ。

 守るものがなくても、捨てられなかったから。空虚だとわかっていても、止まれなかったから。


 いつだって、俺の歩む道は不確かだった。幸福はこぼれてしまいそうで、ふとした瞬間に距離を置きたくなる。心を許しても、限りある時間を前提にしてしまう。


 もし。

 俺が肩を壊さず、野球を辞めず、ずっとあのマウンドを守り続けられたら、違ったのだろうか。花音は、相談してくれたのだろうか。


 もし。

 俺が小さい頃からずっと、花音の前を歩いていたら、頼ってくれたのだろうか。


 もし。

 俺がもっと優れた人間で、なにをやっても一番で、学校でトップスターと呼ばれるような人間だったらよかったのだろうか。


 もし。

 俺が花音より年上に生まれていれば、それだけで、重荷を預けてくれる理由になったのだろうか。


 答えがあるなら教えてほしかった。でなきゃ俺は、どうやって後悔すればいいかもわからない。この欠落にふさわしい名前は、ずっと見つからないままだ。






 花音は、長い間黙っていた。

 橋の手すりに寄りかかって、静かな水面を見つめている。俺はずっと、彼女の横顔を見ていた。


 がくんと首を傾けて、歪んだ笑み。


「その話、しなきゃダメ?」

「俺は、ちゃんとしたい」


「いいじゃん。どうせ今日で終わりなんだよ、私たち。わざわざそんな、暗い話しないほうがいいって。哲ならわかるでしょ?」


 投げやりなその態度に、苛立った。

 止めた方がいいと、頭ではわかっているのに。背筋が冷えた。血が上って、言葉に熱が乗る。


「終わるかよ……バカなこと言ってんじゃねえよ!」

「なに怒ってんの? らしくないなぁ」


「怒るに決まってるだろ。ふざけんな。俺もだ。俺も、適当なことばっか言った。それは謝る。けどな、これだけは言うぞ。なにが今日で終わりだ。今日が最後だ。そんな簡単に割り切れたら、俺たちはここにいないだろ!」


 花音は息を呑んで、固まった。


「二年。何回も何回も、花音の夢を見た。ふとした瞬間に思い出すのは、お前のことだった。明日からもそうだ。俺はこれからも、ずっと、何度も、お前のことを思い出す。考える。後悔して、死にたくなって、心配になる」

「だから――っ、」


 舌打ちが聞こえた。手すりから手を放して、花音が正面から睨んでくる。


「それを終わらせようって、言ってるんじゃん!」


 言っていることが伝わらない。意図していることと、ことごとく逆のことをしてくる。


「思い出さないでよ! 思い出したくないよ! 哲のことなんて考えたくない。哲に私のことなんて考えてほしくない。忘れようよ……もう、嫌だよ」


 大粒の涙が、花音の瞳からこぼれた。頬を伝って、コンクリートに落ちていく。


 彼女の言葉を、否定することはできない。


 俺だってずっと、心のどこかで花音を忘れたがっていた。消し去ることでしか、前に進めないのだと思っていた。

 だけど、やり通せなかった。


 連絡先を渡されて、メールを送って、顔を合わせてしまった。


 ぐちゃぐちゃだ。筋が通っていない。理屈なんて、どこにもない。

 なにも諦められないくせに、大人ぶったからこんなことになる。格好つけるから、いつも大事な人に手が届かない。


「本当は、わかってるんだ。花音が頼ってくれなかったんじゃない。俺が気がつけなかった。そのほうがずっと、悪いことだったって」


 奥歯を噛みしめた。そうしないと、いろんなものが溢れてしまいそうだったから。


 花音が俺になにも言わなかった。そのことは許せない。許せなくて、恨んで、だから二年も想いは続いた。もし次会ったら、恨み言を言ってやろうと思っていた。その方法だけは、入念に考えてあった。


 だけど、会った瞬間に出てきたのは、安堵だった。

 心の底から安心した。花音がいて、元気そうで、笑ってくれて、俺と話してくれる。一緒にいて、手を繋いで、からかって、ふざけ合える。


 ぐちゃぐちゃだ。

 好きと嫌いは、確かに共存した。俺の体を真っ二つに引き裂きそうなほどの強さで、鮮烈にここにある。ぐちゃぐちゃだ。もう、なにが正しいか、なにが間違ってるのかわからない。いや、ぜんぶ正しくて、ぜんぶ間違ってる。


 だから、さっきまで怒鳴っていたのと同じ口で、


「ごめんな、気がついてやれなくて。俺、なんもできなくて」


 自分の無力さを、悔いてしまうのだ。怒りたいのに、それすらままならない。

 謝りたい。謝らねばならない相手に、なにを俺は怒鳴ってるんだ。ふざけんな。そう思うのも、俺だ。俺の心だ。


「――違う。それは、違うよ」

「違わない。謝らなきゃいけないんだ、俺は、本当は――」


 言葉に詰まった。

 じっと俺を見つめてくる目が、訴えかけているから。真剣に。そうじゃないと。


「私が言ってほしいのは、そんなことじゃないよ。……どうしてわかってくれないの?」


 どうして花音は、俺に会いたいと言ったのだろう。わざわざ連絡を取って、なにを確かめたかったのだろう。


 もう一度縁を繋いで、遠距離でも付き合うことが目的だったのだろうか。違う。だったら、今日で終わりなんて言わない。


 ……なんてさ、考えるフリもバカみたいだ。


 本当はわかってる。

 ずっと、気がついている。


 でも、俺にはそれを言う資格がない。そうやって、ずっと口にしないでいた。何度も心で思って、押し殺してきたものだ。


 捨てろ。

 そんな拘りは、薄汚い罪悪感は捨ててしまえ。


 ここにいるのは、俺と花音。それだけだ。それ以外のものなんて、なにひとつ、理由に値しない。


 天を仰いだ。青い空だ。

 息を吸う。少しは冷静になった頭。確かめるように、ゆっくりと口を動かす。


「……ずっと、お前のことを考えてた」


 大変なことだから、ちゃんと考えて答えてねと。そう言われたから。


 俺はバカだ。大バカだ。

 なにが終わらせない、だ。許せないだ。人を傷つけたことも、罪悪感を背負うことも、全部、後回しにしなければならなかった。


 俺がやるべきだったのは、復讐なんかじゃなかった。

 他のなにを差し置いても、答えるべきだったのだ。たった一つ、もらった想いに。


「遅くなったけど、聞いてくれるか?」


 声が震えた。我ながら情けない。

 これじゃまるで、中学三年生の、浮かれていた頃の俺みたいだ。


「うん。……聞かせて」


 頬を赤くして、花音が頷く。

 その姿が――あの日と重なった。


「おれは……おまえのことが…………」


 涙が、溢れてきた。


「ずっと…………ずっとさ、」


 言わなきゃいけないのに、声が詰まる。視界がぼやける。息ができない。


 やっとたどり着いたんだ。

 ずっと戻りたかった場所に。二度と帰れないはずの時間に。


「ゆっくりでいいから、ね」


 手を差し伸べられて、それが頬に触れて、優しくて。そっと近づいてきて、抱きしめられた。抵抗する意思はなくて、されるがままで。もう、だめだった。

 涙が止まらなかった。嗚咽を漏らしながら、みっともなく泣き続けた。ずっと昔に捨てたはずの、弱虫みたいに。


 泣いて、泣いて、泣いて。

 彼女の胸の中で、なにも出てこなくなるまでそうしていた。


 憎しみがあった。始まりは恋だった。その恋は、きっともう枯れ果てて、芽吹かないけれど。

 伝えたい想いは、まだここにある。


 息を吸う。周りの目が、急に気になる。けどもう、手後れだろ。今更、格好つけんな。だせえから。


 流れてしまった涙は、もう俺が強くあれない証拠だ。

 ずっと泣かなかった。男は泣かないのだと。強いから、泣いてはならないのだと。言い聞かせて、踏ん張って、なにがあっても俺だけは泣かないのだと。

 もう終わりだ。取り繕えない。


「ごめん。格好悪いな、俺」

「哲が格好よかったことなんて、数えるほどしかないよ」


「ははっ、ひでえな」


 ひどいけど、それが真実だ。


 どれだけ格好つけても、格好よくはなれない。

 でも、格好悪くても、俺は選んでもらえたから。応えたい。


 今ならそれが、できる気がした。


「大好きだよ、花音」


 それが、俺の答えだ。


 ぷっと噴き出して、すぐ近くで少女は笑う。


「遅いよ。二年待った」

「ちょっと考えすぎたな。反省してる」


「反省してよね。ずっと待ってあげたんだから」


 目を合わせて、アホらしくなって、笑ってしまう。


 心が解ける。

 痛みが消えていく。傷が癒える。欠落に、十分すぎる温もりが満ちていく。


「哲を頼れなかった理由、知りたい?」

「ああ。聞かせてほしい」


「正直に言うね。あの頃、怪我で野球を辞めた哲に、これ以上負担をかけるわけにはいかないって思ってました」

「…………だよなぁ」


 考えていた可能性の一つだ。意外性など、なにもない。


「そのことは、私も反省してるから。その……ごめん。結果的に哲を傷つけたのは、ずっと、申し訳ないと思ってた」

「いいんだよ。もう、いいや。答えなかったことに比べれば、大したことじゃない」


 過去は過去だと、そうやって割り切るのは無責任だろうか。だけど、俺が背負っていた罪を花音が背負う必要はない。俺も、降ろしていいかなと思っている。


 俺は俺のために、自分を許す。

 ただの感情論だ。最低の自己中心主義。


 せめて聞きに行ってみよう。今度、あの頃の担任に。俺がいなくなった後のことを。

 それで終わりだ。本当に、ぜんぶ終わり。


「そっか。なら、私ももういいや」


 手を組んで、猫みたいな伸びをする花音。

 風が吹き抜けて、火照った身体から熱を奪っていく。


「俺たちはさ、辛かったし、最悪だったけど、不幸じゃなかったよな」

「うん」


 一日だけのデートごっこなんて、そんなの、敗北した人間のやることだ。俺たちはそうじゃない。ちゃんと両想いでいた。手を伸ばせば、届く場所に心があった。


 だから、こんなものは必要なかった。


「私たちは、ちゃんとゴールできた」


 ゴール。それはきっと、そのままの意味だ。

 打ち切りの終わりではなく、やりきった終わり。


「あはは。なんかもう、満足しちゃった。私って、変かな?」

「いや、わかるよ。俺ももう、満足だ」


 今日が始まるときは手を繋いでいたのに、告白を終えた俺たちは、少し距離を保っていた。


「付き合うって、大変なんだって」

「らしいな。俺の親友も、しょっちゅう別れてる」


「遠距離とか、絶対しんどいよね」

「会えないのは、お互いに不安だよな」


「じゃあ、やめとこっか」

「だな。無理してまたグズグズになるのは最悪だ」


「ほんとに。やっと仲直りしたんだもんね」


 最後に俺たちは、優しい嘘をついた。


 恋という熱量を維持するには、二年はあまりに長すぎた。俺は花音が好きだ。だけど、その好きはもう落ち着いたものになった。この身を焼き焦がしはしない。


 好きだから。大好きだからこそ、この距離がいい。一番落ち着く、幼なじみという関係が心地いい。


 わざわざそれを、言葉にする必要はないだろう?







 ずっと、心の中心で繰り返す。


「泣かないよ。おれは男だから、強いんだ」


 十歳の俺が、弱虫の顔で強がっている。そいつはずっと、そこにいてくれた。俺を守ってくれていた。

 だけどもう、いいよ。


「俺は泣くよ。弱いけど、それでも進むんだ」


 置き去りにしていた思い出に手を伸ばす。これからは、一緒に歩いて行こう。

 弱さも、醜さも、一つ残らず俺だ。

 そんな俺になれたから、言えることがある。


 初恋は祝福だ。

 人を好きになる意味を教えてくれた。愛おしさを知ることができた。苦しみも、痛みも、なにひとつ無駄ではなかった。


 花音。

 俺は、君を好きになれてよかった。


四章はここまでです。

完結まで残り二章を予定しています。

過去を乗り越え、不器用ながら歩き始めた阿月哲の物語。

もう少しだけお付き合い頂ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 長くなるし、今となっては蛇足だし、答え合わせに過ぎないかもしれないけれど、やっぱり書きます。こちらに。 当人たちにはifは無いんだろうけれど、外から見ているものはやっぱりifを考えてしまう…
[一言] 「もし」とか「なぜ」とか考えてもきりがないからね~ 自身も相手も傷付かなくてよかったよかった
[良い点] 俺TUEEEとは違った感じで心を動かされますね。 [一言] 過去の清算がほぼ終わって本来の哲の姿で先に進むのでしょうか。
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