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学校一の美少女は、告白されると俺の名前を出して断るらしい  作者: 城野白
四章 運命になれなかった初恋へ
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56話 阿月哲 その1

「泣かないよ。おれは男だから、強いんだ」







 お盆休みは移動が激しいからと、二日早い便を予約した。早起きして、キャリーバッグを転がして駅に行き、電車で水戸まで。バスに乗り換えて、茨城空港。


 お土産には、適当な地元の菓子屋で買ったものを。ご当地のものじゃないけど、原料は茨城産ってことで。


 搭乗時刻になって、飛行機に乗り込む。窓際。平日ということもあって、空席はそこそこある。

 アナウンスが機内に伝わって、シートベルトを確認するキャビンアテンダント。荷物を足下に押し込んで、文庫本を開く。


 しばらくして、ゆっくりと飛行機は動き始める。滑走路に入る。急加速して、体が座席に押しつけられ、傾く。地面を駆けるように自然に、機体は空へと上昇していく。

 文字を追うのが億劫になって、本を畳んだ。膝の上に載せて、ぼんやりと窓の外を眺める。小さくなる街並み、というか木々。空港の周りは、高い建物が見当たらない。


 加速して、高度が安定する頃には徐々に眠気が襲ってくる。

 コーヒーのサービスを受け取るより前に、意識は途切れた。


 寝不足だったせいだ。


 再び目を開けたとき、景色は一変していた。灰色のアスファルト。整備員と、ガラス張りの空港。

 北海道最大の空港。新千歳空港に到着したらしい。


 予定より五分早くついた旨を伝えるアナウンス。皆様のご協力のおかげで――というが、俺は寝ていただけだ。みたいなことを、毎回思ってしまう。


 電源を切っていたスマホをつけなおし、家族グループに「到着」とメッセージを送っておく。数秒で凛から了解のスタンプがきた。

 凛は暇だから、札幌駅まで迎えに来るらしい。俺の家、札幌駅が最寄りじゃないんだけどな……あいつ、何考えてるんだろ。


 新千歳空港と札幌駅をつなぐ快速エアポートに乗り込んで、椅子に座り、ぐったりと壁に寄りかかる。

 ダメだ。上手く力が入らない。


 理由はわかってる。精神的な問題だ。俺、いっつも精神やられてんな。学習能力がない。

 でもって、もっと疲れるとわかっているのに、スマホを開く。メールボックスを確認。


『明日、楽しみにしてるわ』


 短く送られてきたメールは、ほんの数日前のもので。

 なのにもう、永遠に繋がることのない場所にある。


 その代わり一番上には、【新島花音】の名前があった。昨晩送られてきたものだ。



『哲へ

 いよいよ明日、札幌に来るんだってね。

 私は昨日着いて、今は登別にいます。温泉サイコー!(笑) 明日は熊牧場に寄って、夕方頃に札幌に戻ります。

 だから、会えるとしたら明後日かな。お盆には道東に行って、母方のお墓参りをするらしいから。で、そのまま長野に戻ります。

 詳しい話は、会ってから。

 花音より』



 昨日から見て、明後日。つまり、今日からは明日。


 明日。俺は花音と会う。


 あれほど遠く、永遠に交わることがないと思っていた彼女と。再会する。

 二年の時が経った。あまりに長い時間だ。どんな顔をすればいいかわからないし、やっぱり心は整理できないでいる。


 俺の理想は死んだけど、新島花音は存在する。

 だから――揺らぐのだ。


 わけがわからない。脳がバグったみたいに、自分の感情を言葉にできずいる。

 俺にすらわからないことを、誰かにわかられたくない。


 そうやって、俺は氷雨を拒絶した。自分は踏み込んだくせに、踏み込まれるのは苦手で、馬鹿みたいだ。冷静になるほど愚かしい。だけど、撤回しようとも思えない。

 この決着は、俺が俺自身の手でつけないといけない。


 電車は田舎道から徐々に発展し、新札幌あたりから見慣れた風景になっていく。終点、札幌。のアナウンスが流れるタイミングで立ち上がり、出口までスーツケースを引きずる。


 深呼吸を一つして、表情を作る。

 あれでウチの妹は鋭いところがある。いろいろ察されるのは面倒なので、明るく振る舞わないといけない。


 さて。

 どうせいるんだろ? ホームに。定期券を持ってるはずだからな。


「やほほほい哲にぃ」

「俺の家系にサルは混じってないはずだが」


 キヨスクの影から出現した我が妹、阿月凛には驚かない。冷静に初っぱなのボケをさばく。このへんの感覚は、長年培っただけあって安定しているらしい。


「こんなに可愛い妹をサル呼ばわりするなんて!」

「本当に可愛いやつは、自分のことを可愛いって言わないんだよ」


「なしてや!」

「周りから言われるから」


「うぐっ、真理だ」


 目に見えてダメージを受ける凛。

 うちの妹、可愛いのかな……血が繋がっているせいかよくわからん。っていうか、俺にちょっと似てるから。判定しづらいというか。


「つーか、なにしに来たんだよ。家で待ってればいいだろ」

「ところがどっこい、そうもいかないのです」


「なにが」

「うちが共働きなのは知ってるでしょ。そうすると、昼ご飯を自分で用意しなくっちゃいけない」


「すればいいじゃん」

「めんどい」


「貴様」

「いいじゃん今日くらい、ね、可愛い妹とランチしたいでしょ?」


「俺は家帰るから、お前はランチ食って帰ってこいな」

「哲にぃが冷たい!」


 乗り換えのホームに移動しようとするが、後ろから凛がしがみついてくる。


「重てえっ」

「女の子にそういうこと言っちゃいけないんだよ」


「お前は女の子に含まれねえんだよ……」

「助けてよぉ。ラーメン屋には一人で入りづらいんだよぉ」


「あぁ?」

「日刊妹ちゃんのお願い。ね」


「頻度がたけえ」


 ラーメンか。まあそりゃ確かに、仮にもJKが一人で行けるようなところじゃない。行けることは行けるけど、やっぱり抵抗はあるのだろう。


「……今回だけだぞ」

「ちょろいね、哲にぃ」


「やっぱ帰るわ」

「ごめんなさい!」







 結局ラーメンを食べた後も、凛のショッピングに付き合わされた。妹の買い物とか、鬼のように興味がないんだが。保湿クリームに化粧用品、秋服の準備も、そろそろしないといけないらしい。


「女の子は大変なのですよ」

「わかったけど、せめて俺の荷物は家に置かせろよ」


 スーツケース持って移動するのがどんんだけ面倒か、わかってんのか。


「でも哲にぃ、家に帰ったら二度と外に出ないじゃん」

「否定はしない」


「自由に連れ回せるのは今日だけだから、許してちょ」

「絶妙にムカつくなお前な」


 許しを請う態度ではないし、どうせ俺が怒らないことを知っている。

 電車に乗って、やっと家路につく。


 時刻はすっかり夕刻。オレンジ色の空が、いやに懐かしい。

 十五才まで歩き続けた道を通って、住宅街の中の一軒家。我が家に帰る。戻ってくるのはお盆と正月だけだから、半年ぶりか。


 玄関に入った途端、全身の緊張が切れるような気がした。実家に戻ると、いつもこうなる。急激に眠気が襲ってくる。


 洗面所で手洗いうがいをして、スーツケースを二階の自室に。


「疲れたからちょっと寝る」

「り。晩ご飯になったら起こすねー」


「ん。助かる」


 自分の部屋は、中学を卒業したときから時間が止まっている。高校受験の参考書、二度と使わない野球用品、集合写真、卒業アルバム。それらが奇妙なほど整然と並べられた、俺の人生の博物館みたいな空間。


 もうここに住んでいるわけじゃないから、どこか殺風景で空っぽだ。

 ベッドに倒れ込んで、すぐに意識は暗闇に飲まれた。







 ――七年前――



「哲はダメだなぁ」


 足が遅くて、反応が鈍くて、頭が悪くて、クイズもできない、演技も苦手で、歌も下手、絵ができるわけでも、工作が得意なわけでもない。

 幼稚園から小学校にかけて、人気者になるための要素を俺は、なにひとつ持ち合わせていなかった。


「花音がすごいんだよ」

「そう? 私は普通にやってるだけだけど」


 対照に、全部を持っているのが幼なじみの新島花音だった。

 背が高く、足も速く、可愛くて、オシャレで、なんでもできる。成績だってオールAなんてのを取ったりして。誰もが憧れるスーパースター。


「哲だって、ちゃんとやればできるんだから。頑張りなさいよ」

「いやー、ぼくはいいよ」


 幼いながらに、才能というものを感じていた。だから素直に首を横に振る。やっても届かないことは、明白だから。


 本を読んだり、ゲームをしているほうが自分にはあっている。花音と一緒に野球チームには入ったけど、そこでもずっとベンチにいるし、これからもたぶん、そうだ。だけど、そのことは不満じゃない。スーパースターは花音だ。そのことを誇れれば、それでいい。


 だけど、花音は完璧じゃなかった。

 すごいけど、強くはなかった。


 それを知ったのは、嵐の日。

 雷なんて滅多に鳴らない札幌に、その日は世界の終わりみたいな轟音が響いた。ほんの十才の子供にとって、それは強烈に不安を煽るもので、授業中の教室は混乱に包まれた。


 哲の隣にいた花音は、窓の外が光るたびに震えていた。震えて、多くの女の子がそうするように、ぽろぽろと涙をこぼしていた。


「怖いの? 花音」


 怖いのは自分も同じだった。けれど、泣くほどではないと思った。というか、花音が泣いているのに驚いて、恐怖が薄らいでいた。


「怖い……哲は平気なの?」


 濡れた瞳で見つめてくる。

 その時、ずっと大きく見えた少女が、自分と同じ大きさに見えた。


 新島花音というスーパースターは、ありふれた女の子なのだと知った。守らなくてはならない相手なのだと、大切な人なのだと自覚した。


 だから。


「平気だよ」

「……泣かないの?」


「泣かないよ。おれは男だから、強いんだ」


 強がりたいと思った。

 強いと思われたかった。花音を守りたいと思った。

 彼女の隣に、立ちたいと思った。彼女にはずっと、笑っていてほしいから。


 そうやって、初恋は始まった。







 つんつん、つんつん。

 鼻先をつつかれる。くすぐったくて目を開ける。


「あ、起きた」


 掠れた視界。聴覚だけがクリアで、変な音を拾う。

 凛の声じゃない。父さんでも、母さんでもない。白色蛍光灯の灯る部屋。まぶしい。


「ご飯だよ、哲」

「もうそんな時間か……」


 なにかが、なにかが決定的に違う返答。本当に気にするべきはそこじゃないのに、まだ頭が眠っている。

 なんだこれ。夢の続きか?


 だけど、もしかして――

 体を起こして、ベッドに座る。頭をガシガシと掻いて、強引に脳を動かす。夢じゃない。夢じゃなかった。


「明日じゃなかったのかよ……」

「親同士がね。一緒に晩ご飯食べようってなったみたい」


 ベッドの横にぺたんと座った、見慣れた顔。二年経って、ちょっと大人っぽくなってはいるけど、面影のほうが強い。


 小麦色の肌と、活発そうなセミロングの黒髪、ぱっちりした目に、笑うと大きくなる口。


「久しぶりだな、花音」

「うん。久しぶり」


 言いたいことは山ほどあったはずなのに、こうして目の前に来るとなにも出てこない。


 きっとまだ眠たいせいだ。そう思いたかった。

 そうじゃないと、頭ではわかっていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんか、辛いというより悲しい とても悲しい なんでなんだろうね
[良い点] 最強・凛ちゃん登場!待ってました! [気になる点] そして花音登場… [一言] さて、どういう展開になるのか… ちょっとドキドキしますw
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