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学校一の美少女は、告白されると俺の名前を出して断るらしい  作者: 城野白
三章 その未来に、あなたがいないなら
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55話 線香花火

 散策路が終わる直前、小日向と繋いだ手は放した。どちらからともなく、自然と。


「ふぅ。やっと終わったね」

「思ったより長かったな……」


 開けた場所がやたらと落ち着く。風が吹いて、まだ熱を持った左手を撫でていく。


「ありがと。テツくんがいなかったら、今頃うずくまってた」

「森の中で?」


「お地蔵様の前で」

「それは大変だな。無事帰ってこれてよかった」


 スマホを開いて、メッセージを確認する。一輝から、先に戻っているとあった。


「キャビンに戻ってこいとさ。行くか」

「ねえ、テツくん」


「ん?」


 伺うように、あるいは確かめるように。小日向は聞いてきた。


「もし、あたしが森の中で歩けなくなってたら……助けに来てくれる?」

「呼んでくれれば、すぐに行くよ」


「そっか」

「どうしてまたそんなことを?」


「ううん。聞いてみたかっただけ」


 満足そうに笑うと、手を後ろで組んで伸びをする。気持ちよさそうな声を出して。


「戻ろう!」


 軽やかな歩調で、先を行くのだった。







 キャビンに戻った俺たちを出迎えたのは、入り口近くに集まった四人だった。エージがちょうど中から出てきて、手にバケツを持っている。


「揃ったな、じゃあ、今回最後のビッグイベントだ」


 にたりと笑う一輝。

 もう、なにをやるかはわかっていた。小日向は小走りで輪に加わっていく。俺はその後を、ペースを変えずに。


 アスファルトの上にロウソクを立て、火を灯す。

 レジ袋から巨大な包装に包まれたそれを取り出し、破く。


「ほれ、好きなの取って。線香花火はラストなー」


 各自が適当に手を伸ばし、一輝が最初の一本を火にかざす。

 沈黙ではなかったが、誰もが口数を少なくする。じっと、着火部分から火薬まで炎が達するまでを見つめて――

 緑色の火花が散る。


 おおっ

 声にならないような、曖昧な音が響く。小さな感動がそこにはあった。


 順繰りに火をつけて、じっと見つめて、ちょっと振ったりして。楽しみ方は、何歳になっても変わらないみたいだ。


 手で持つ花火、ちゃんとやるのはいつぶりだろう。中学に入ってからは忙しくて、できなくなって。だから、小学生以来か。


「あの、テツ先輩」


 三本目を手にしたタイミングで、エージがやってきた。


「おう、どうした?」

「俺、誰も狙ってないっす」


「ん?」

「やっぱ年上じゃないかなーって思ったんすよね。リードされるより、したいっていうか」


「お、おう……」

「なんで、誰も狙ってないっす」


「そうか」


 ブシューッ、と気の抜ける音を立てて火花が飛ぶ。

 真面目なムードにするには、手持ち花火はどこか滑稽だ。燃えている間は、長いなと思っても、消えたらあっという間で。残り火が揺らめくのを、なんとなく眺めてしまう。


「テツ先輩は、好きな人いないんすか?」

「今日ここにいる全員」


「そういうことじゃなくて、特別な人ってことっすよ」

「なんだ? さては俺のこと狙ってるな」


「ぬわっ――まさか俺、テツ先輩のこと!? って、そんなわけないでしょう」


 ちゃんと乗ってから、話しを戻してくる。

 うやむやにはできなかったか。


「特別か。そんな難しいこと考えられるほど、俺は余裕ないからさ」


 今は、まだ。頷くことはできない。


「そういうもんなんすね」

「ちょっと、そこ二人。どんどんやんないと、なくなるわよ」


 名取が近づいてきて、新しい花火を俺とエージに手渡してくる。


「そうっすね。じゃ、失礼します」


 軽いフットワークでエージが離れていく。少しだけ名取から逃げたようにも見えたけど、気のせいだろう。たぶん。


 一輝たちは――一人で二本ずつやったりして大いに楽しんでいた。二本ずつ……ポッキーとかも何本かまとめて食べたくなるよな。あれと同じ魅力がある。

 火のついていない花火を手で転がしながら、なんとなく、名取に話を振ってみる。


「どうだった? 氷雨さんと話して」

「フツー」


「微妙な反応だな」

「違うし。普通に楽しく話せて、なんか、よくわかんなくなった」


 名取の視線の先には、舞い散る火花に見蕩れる氷雨がいる。


「あれは本当に氷雨小雪なの? 私が知ってたのじゃない。ねえ、阿月。あの子は、あなたが変えたの?」

「変わってないよ、なにも。人はそんな簡単に変わらない」


 氷雨は最初からずっとああだった。一人の退屈を、受け容れたフリをして。だけど本当は知りたいことがたくさんあって、行きたい場所があって、やりたいことがあって。

 隠していたから、見えなかっただけだ。


「周りにいる人が変わって、学校がキャンプ場になった。それだけだ」

「じゃあ、学校にいったら元通りってこと?」


「周りから特別扱いされて、切り離されたら、そうかもな。だけど、違うだろ?」

「そうだけど……」


 人の内面は、劇的には変わらない。俺に誰かを変えるような力はないし、ほしいとも思わない。それはエゴだから。


「周りが変わって、見えなかった顔が見えるようになる。根っからの悪人なんて、そうそういない。出会い方が、接し方が、タイミングが悪かっただけ――俺は、そう思うよ」


 そうだといいと思う。


「やっぱり、阿月って変なヤツ」

「俺が?」


「なーんでもなーいです」


 聞こえない聞こえない、と手で耳に蓋をして、名取は歩いて行く。氷雨のほうへ。

 さて、俺ももっと花火を消費するかね。

 二本同時、めっちゃ楽しそうだ。







 あっという間だ。なにもかも、あっという間に過ぎていく。


 海にいたと思ったら、バーベキューをやっていて、肝試しの森にいたと思ったら、もう手には線香花火を握っている。


 線香花火に、終わりを感じるのはきっと、共通の認識だ。

 こんなに細く、小さく、なのに力強いものに、命に似た温もりを覚える。それが尽きるとき、言いようのない寂しさを感じる。


 刹那の間に輝き、ぽとりと地に落ちる火花に、心を奪われる。

 そして落ちたときに、こう思うのだ。「ああ、終わったな」と。どこまでも、爽やかな気持ちで。







 花火の片付けを終え、疲れた面々は部屋に戻る。


 俺は一人、キャビンから少し離れた管理棟の前。

 眩しいライトに、虫がたかる自販機。財布から取り出した小銭を投入して、お茶を買う。咄嗟にコーヒーに手が伸びそうだったけど、なんとか堪えた。


 あの黒い液体は、寝る前に摂取していいものではない。


 振り返ると、ちょうどもう一人こっちに来ているところだった。なんとなく、シルエットでわかる。氷雨だ。


「百年ぶりね、阿月くん」

「そんな因縁はねーよ」


 唐突にライバル関係を築こうとするな。


「水を買いに来たわ」

「報告必要だったか?」


 ガコン、と音がして、氷雨がしゃがむ。手にしたペットボトルを見せつけるようにして、


「お茶を買ったわ」

「なんで!?」


 マジで理解できない。


「ちょっと面白いでしょう?」

「面白いけども」


 やたら自信満々に言う氷雨。……こいつ、進む道を間違えてないか? 大丈夫? そのうち吉〇興業に入るとか言い出さないよね?


「…………」

「…………」


「もしかして、私がボケたせいで会話が始まらないの?」

「その通りだよ!」


「ボケると、次もボケ続けないと会話できないなんて……。凛ちゃんって、凄い才能の持ち主なのね」

「尊敬する相手を間違ってるぞ」


「阿月くんのことは尊敬してるわ」

「違う違う」


 そうじゃないって。

 俺のこと尊敬してもなんにもないから。無難にメンデルとかを尊敬してほしい。

 尊敬とか、やめてほしい。小恥ずかしくて、頭を掻いてしまう。


「あなたは、尊敬に値する人よ」

「だから、それは買いかぶりだって。俺は別に、凄いヤツじゃない」


「知ってる」


 驚くほどあっさりと、氷雨は頷いた。


「阿月くんが普通の人なのは、知ってるつもりよ。それに、すごい人がすごいことをしても、どうも思わないわ」

「…………」


「あなたは普通の人。普通の人が、普通以上に頑張って、強がって、成し遂げる。そんな人だから、尊敬できるのよ」

「……そんなふうに見えてたのか、俺」


 買いかぶりだ。そう思う。だって俺は、なにも成し遂げていない。

 だけど氷雨は、俺の強がりを、塗り固めた阿月哲という仮面の下に気がついている。その上で認めてくれるなら、受け容れるのが筋なのだろう。


 ありがとうと、そう言うのが正しい。

 だけど、それより先に、氷雨が言う。


「最近、阿月くんのことを考えるの」


 俺以外の男だったら、絶対に勘違いしている。彼女は時々、とんでもない勘違いをさせにくる。

 ペットボトルを両手で持って、上目遣いの氷雨。薄暗がりの中で、月の光だけが彼女を照らす。


 ずいぶん近づいたなと思う。俺たちの距離は。あまりに速くて、変化に気がつけないほどに。


 だから、油断していたんだ。


 誰に対しても必死に保っていた一線を、なぜか彼女だけは越えてくる。隠していたものを、なんの躊躇もなく暴いてくる。


「どうしてあなたは、そんなに悲しそうなの?」

「――俺が、悲しそう? なに言ってるんだ」


 腹の底が冷える。図星だったからだ。どうにかして、この話題だけは逸らしたかったからだ。

 だけどそんなこと、彼女が許してくれるはずもない。


「私には、あなたが消えてしまいそうに見えるわ」

「…………」


 逆転していた。

 いつか俺が投げた言葉が、そのまま返ってくる。そして俺は、なにも返せない。


 どうして俺は、氷雨小雪に近づけた? なんで彼女の抱えていた悩みにたどり着いた?

 答えは簡単だ。俺も、同じだから。


「今年の夏が終わって、冬が終わって、受験が始まって、大学生になって――その先の未来に、あなたはきっといない。そのことだけは、はっきりとわかるの」


 友人として繋がっていることもない。きっと氷雨が言っているのは、そういうことだ。

 だろうなと思う。


 俺はきっと、高校を卒業したら、また一人の道を行く。緩やかに、人知れず、繋がった縁を解いていく。

 ため息がこぼれた。


「氷雨さんには、わからないさ」


 口をついてでたのは、拒絶。理解されることを避ける、紛れもない俺の本質。


「それでも――」


 振り払っても、また手を伸ばしてくる。そうするのが当たり前のように。

 俺のことを、真っ直ぐに見つめる双眸。吸い込まれた。呼吸すら、忘れてしまうほどに。

 彼女は目に涙をためて、頬を赤くして、途切れそうな言葉を、繋いだ。


「私は、ずっと、阿月くんといたいわ。あなたのいない未来なんて、きっとつまらないから」


 俺は馬鹿じゃない。

 馬鹿じゃないから、ちゃんとわかるよ。その言葉の意味が。

 逃げてきたから、知ってるんだ。同じ痛みを、味わったことがある。


 だから言わなきゃならない。


「……ごめんな」


 俺は、その言葉に応えられない。


「…………そう」


 氷雨は俯いて、キャビンのほうへ走り出した。振り返らず、真っ直ぐに。

 なんだよ。これじゃあ、戻れないじゃんか。


 芝生に座り込んで、大きくため息をつく。頭がごちゃごちゃしていた。自分でもわかるくらい動揺していた。

 気がつかれなければ、変わらずにいられたのに。


「なんで、……お前なんだよ」


 苦しくて、吐きそうなくらい苛立って、なのに頑丈な体は、普通に息をする。


 俺は、俺が嫌いだ。







 気まずい空気を覚悟したが、その後はなにもなかった。

 本心を隠すのは、得意だったから。普通通りに振る舞っていたのだ。何事もなかったように。俺も、氷雨もそうやって乗り切った。




 こうして一泊二日は終わり、夏休みも半分を過ぎる。

 お盆休みが、やってくる。

三章は以上です。

次回から四章。引き続きお楽しみください。


大丈夫。最後はきっと笑える。

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― 新着の感想 ―
[一言] 氷雨さんは、それでも自分の気持ちの名前に気が付いていないのかな。気づいているのかな。ちょっと予想外に踏み込んで来た。本当に、立場は逆転しているし。 最初に関わったのも、完全に自己投影していた…
[良い点] 期待の持てるあとがき [一言] 静かに第三幕の幕が下りた感じです。
[気になる点] ホントに?ホントに最後は笑える? [一言] 「最後に」って打とうとしたら、「最期に」ってなってた。 縁起でもないw
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