52話 火起こしのできる男はモテる。これはガチ。
キャビン。それはキャンプ場に建ち並ぶ、木造二階建ての宿泊施設のことである。
外観は剥き出しの木! 丸太を組み上げました! 木! みたいな感じで、やたら主張が激しい。日本全国、どこに行っても変わらない気がする。
けど、それがいいんだよな。
だから妙に、テンションが上がる。
「阿月くん阿月くん」
後ろから袖を引っ張る氷雨が、目だけで感情の昂ぶりを伝えてくる。
「ワクワクしてんなー。初めてか?」
「キャンプ場自体は、二回目よ」
「じゃあ、テントは経験済みか」
「ええ。大量の虫に刺され、体温管理もままならず、夜のお手洗いが遠すぎる劣悪環境なら経験済みよ」
「…………確かに、女子は辛いよな」
男はそういうの、気合いで押し切れるけど。
「どうしてテントで寝たいと思うのかしら。文明に対する冒涜だと思わない?」
「思わない」
「そう……あなたは、私とは違うのね」
単純に男女の違いというか。いわゆる、男のロマンってやつだと思う。
女子からすると、本当に意味がわからないらしいからな。
「そんな深刻な問題か?」
「深刻よ」
真面目な顔で言ってはいるが、ちっとも意味がわからない。冗談を言うようになっただけ、嘘か本当かわかりづらくなっている。
今回は天然……か? たぶん。そうだと思う。
一輝が鍵を開けて、中に入る。
「ひろっ!」
玄関に入って、名取が一歩後ずさる。靴を置く場所を見ただけでもわかる。圧倒的だ。普通の家の二倍まではいかないが、広いことに変わりはない。
このキャビン、十人以上でも使えるらしいからな……。六人だと、かなり大きく感じるのだろう。
リビングに移動しても、驚きは続いた。
「ソファでっか! テレビでか!」
エージはビビって壁に張り付いている。
「か、一輝先輩。自分たちをこんなところに招待して、どうするつもりっすか」
「せっかくだからいつもの礼をしようと思ってな。みんなには、世話になってるし」
ぽりぽり頬をかきながら、曖昧な笑みを浮かべる一輝。そんな表情をしても爽やかなのは、生まれ持ったものか。あるいは人徳か。
「あんまり引け目を感じるなよー。いろいろしてくれてるのは親戚で、俺じゃないんだから」
「後で挨拶に行かないとな」
「あー。じゃあ、晩飯のついでに管理棟に寄るかね」
おそらく全員が感じていた、内心の申し訳なさを見抜き、解消しようと動く辺り。
こいつは人を引っ張っていく側の人間で。俺はこいつに引っ張られることに、満足している。
「じゃ、一旦荷物を部屋に置いて。各自準備して一階集合な」
◇
「晩飯はバーベキューなわけだが」
男三人。寝る部屋に集まって、荷物を置き、顔を突き合わせる。一輝もエージも、やけに真剣な顔をしていた。
「……おう。バーベキューが、どうした?」
「肉を焼くために、火を起こす必要がある」
重々しい口調で宣言する一輝。その横で、エージがごくりと喉を鳴らす。
……いや、どういうテンションだよ。
「テツ。お前はまだ、火起こしの重要性を理解していないようだな」
「いや、言ってることはわかるぞ。火がちゃんと点かないと、なにも焼けないからな」
「そうじゃない。お前はなにもわかってない」
「テツ先輩、本当はわかってるんすよね?」
「全然わかんないんだけど……」
ぎょっとした目をするエージ。
その横で一輝が首を横に振る。そしてカッと目を見開き、
「バーベキューの役割で、一番モテるのは火起こしだろうが!」
「どうでもいいなおい!」
物凄くどうでもよかった。そんな気はしていたけど。想像の十倍ほどくだらない。
バーベキューの役割にモテるモテないなどあるか。
「バーベキューの役割にモテるモテないなどあるか……そう思っているな、テツよ」
「なっ、心を読んだ!?」
「甘い。甘すぎる。炭火で熱したマシュマロよりも甘い! ――確かに、一般的にモテるとされる肉を焼く係は、実は大したことがない。そんなヒマがあったら女子と話すのが大切だ。モテるやつはそうする。優しい非モテは、皆のために使い潰されるだけだ。だが、火起こしは違う!」
「なにがお前を、そこまで……」
「黙って聞けい!
いいか、火起こしは全体工程の最初だ。そこで頑張るぶんには、その後のコミュニケーションに支障を来すことはない。そしてなにより、火を扱うということは危険を伴う! そして地味に難しい! たとえばどうだ、そんな難関をさらっとやってのけたら。モテるだろう? モテるしかないだろう? なあ、エージ」
「サーイエッサー!」
「痺れるほど浅はかな理屈だな」
俺の声は届いていないらしい。
二人は来たるバーベキューに向けて、激しく闘志を燃やしている。
「ええっと、じゃあ、頑張ってやろうな」
めんどくさいから同調しておく。
どうせ苦労するだろうと思って、準備してきたものはあるけど。二人のこの熱量なら、いらないかもしれない。
でもいちおう、念のために持っておくか。
◇
バーベキューの食材は、事前に予約しておけばキャンプ場で準備してもらえる。管理棟で受け取る際に、全員でお礼を言って、ついでに施設利用の説明を受ける。
戻ってきて、いよいよ夕飯の準備だ。
炊事場はあるのだが、大型のキャビンにはベランダにバーベキューできる空間がある。
仕組みとしては、焼き肉屋みたいな。焼くスペースがあって、その周りにベンチ。なんだこれ。セレブかよ。
女子が食材を近くのテーブルに並べ、その間に男で炭を並べる。小さく、燃えやすそうなものを選別して、大きいのは後から。
一輝がチャッカマンを持って、エージが金ばさみ、俺がうちわを構える。鉄壁の三人体制。
そこからの地獄は、おおよそこんな感じだった。
カチャッ、カチャッ、と虚しい音を立てるチャッカマン。
「点かねえ!」
「一輝、ロック外したか?」
「外れてねえ!」
火を近づけて、
「燃え移らないっす!」
「そのへんの落ち葉持ってこい!」
あっという間に燃え尽きる落ち葉。ちっとも赤くならない炭。カチャカチャと、おもちゃみたいな音を立てるチャッカマン。退屈そうな女子陣。
……これは、もう仕方がないか。
「終わりにしよう。チャッカマンじゃ、火は点かない」
ベンチ下のレジ袋から、薄い茶色のブツを取り出す。一見すれば、ウエハースか、段ボールのどちらかに見える。
「そ、それは……やめろテツ!」
「もう諦めろ一輝。俺たちは無力だ」
軽く千切って、炭の中に投入。小さな炎がすぐに移って、ぼうっと燃え上がる。
奥義・着火剤
「うっわぁ。簡単につきましたね」
「科学の力ってすげーな」
一輝は遠い目で、赤くなった炭をぼんやり見ている。
「悪いとは思ってるけど、あのままだったら永遠に点かないだろ」
「あるなら先に言えよー」
「そういう空気じゃなかっただろ」
やる気に満ちあふれた二人に、どうしてそんなことが切り出せよう? 俺には無理だった。
「炭火、あったかいっすね。自分、なんかもう十分っす」
エージはとろんとした目で、手をかざしている。
煩悩とか、丸ごと吹き飛んでそうだ。
まあ確かに、炭火。いいよな。俺も手をかざしてみる。夏だから、涼しいくらいだけど。気持ちいいな。ぬくいし、匂いも好きだし。ほっとする。
一輝も真似して、老人みたいな顔になる。
「あー。いいなこれ」
「ちょっと男子。肉焼くわよ」
「「「あ」」」
完全にやりきった気分だった。
◇
ベンチは金網を挟むようになっていて、片側に三人ずつ座る。こっち側は、エージを中心にして、俺と一輝がその脇に。反対側は、左から順番に、氷雨、小日向、名取。
席の並び的に、氷雨が正面にいる。
北海道人は、バーベキューを非常に好む。札幌の住宅街を休日に歩けば、そこかしこで普通に煙がのぼっている。大学では新入生歓迎会にジンギスカンを用いたバーベキューが行われるし、一大文化として認定されてもいいだろう。
だから俺にとってもなじみ深いもので、なんとなく余裕がある。網の上の空いたスペースに食材を置いたり、焦げそうなものを脇に寄せたり。バーベキュー奉行まではいかないけど、静かに上手くいくように動いてみる。
こういうのがちょうどいい。
誰かのためになっている。なんて大層なものではなくて、あくまで自己満足の域で振る舞えるのが。それで楽しい空間を保つことができれば、この上ない。
「阿月くん、ちゃんと食べてる?」
「食べてるよ」
「たくさん食べないと、大きくなれないわよ」
「別に俺、小さくはないと思うんだけど」
「横に」
「太れと!?」
「大きいことはいいことよ」
「理屈が昭和すぎる」
くすくす笑いながら、俺の皿に肉を載せてくる。拒否権はないらしい。
仕方がないので、受け取っておく。
「テツ先輩」
「どうした?」
「テツ先輩」
じいっと、俺の顔をのぞき込んでくるエージ。
「……なに?」
「俺も肉が食いたいっす」
「え、じゃあ取れば?」
「違うんすよ。取ってほしいんすよ」
よくわからないけど、真剣だ。トングを使って、食べ頃のものを渡す。
「じゃあ、ほら。これとか焼けてるぞ」
「ちっがぁあああああう!」
「エージうっさい。しばき倒すわよ」
「名取先輩は黙っててもらえますか!? 今、大事な話をしてるんで!」
「へぇー。大事な話」
すっと立ち上がって、名取が近づいてくる。それに合わせて、エージの顔が引きつっていく。
「いや、あの、自分、ちょっと人には言えない秘密を隠してるっていうか……」
「ふーん」
「だからちょっと、さっきのは口が滑ったというかぎゃああああああぁぁぁぁ……」
冷えた目をした名取に連行されるエージ。
二人は夜の闇の中に消えていった。遠のくエージの悲鳴は、やがて聞こえなくなる。
「あの二人って仲良しだよねえ」
はむっとピーマンを食べる小日向。もぐもぐと噛んで、飲み込むのと同時に思いついたらしい。ピン、と背筋を伸ばす。
「もしかして、付き合ってるとか!」
「そ、そういう関係なの!?」
やけに大きな反応をする氷雨。咄嗟に割り箸を落としかけ、慌てて握りなおす。
「どうなのさ一輝」
「いや、全然そんなんじゃないぞ」
「本当は?」
「本当に」
「あっ、そうなんだ。楽しそうだと思ったのに」
「ないない。あの二人は」
へえ、と軽く流す小日向。
なぜかその隣で氷雨は、妙にしゅんとしていた。普通に見ればわからないだろうけど、目が下を向いている。でもって、一点をじっと見ている。そういうとき、彼女のテンションは低い。
なにを考えているんだろう。
予想しようとしてみて、やめた。
答え合わせのないクイズは、クソゲーだ。
◇
その後、すぐに戻ってきた二人。何事もないまま、バーベキューは終わる。
「だが、本当の夜はここからだ。これまでは全て前座にすぎん」
再び男部屋。
部屋の真ん中にあぐらを組み、どんと座った一輝。エージはその正面に正座している。俺は? 壁にもたれかかってスマホを見ている。
またなにかアホなことを言い出すのだろう。
適当に聞き流していればいいか――
「これより、肝試しを行う!」
ガタッ――!
鈍い音が響く。
俺の右手が、虚空をフリックしていた。スマホを落としてしまったからだ。すぐに拾って、何事もなかったふうを装う。
そう。何事もなかった。俺は動揺なんてしていない。
「男女ペア三グループ、本気の肝試しだ!」
「一輝先輩。自分、一生ついていきます!」
大丈夫。まだ決まったわけじゃない。大丈夫大丈夫。大丈夫大丈夫大丈夫。
右手がブルブル震えてるけど、いや、寒いだけだし。っていうか筋肉痛? ビーチバレーの後遺症であって、ビビってるとかじゃないし。
でもそうだな。肝試しは、なんとしても阻止しないと。
◇
「肝試し!? やりたい!」
「興味あるわ」
「さっすが副部長。センスあるぅ!」
女子三人、大賛成。
恐ろしいほどスムーズに進んでいく。俺が阻止しようとする暇もない。っていうか、六人中五人が賛成で、覆せるはずもない。
…………。
外に出て、虫除けスプレーをして、少し歩いて。森の入り口。
やばい。マジでなんにもできなかった。流されるままについてきたら、もうペア決めまで進んでる。
「ほれ、テツも引け」
「お、おう」
催促されるまま、なにも考えずにドロー。この瞬間に参加が決定した。俺のターン終了!
くじには数字が書いてある。1から3まであって、同じ数字の女子とペアを組む。
俺は2番だ。
2番は――
「2番の人はあたしとだよ! さあ、どんとこい!」
小日向だった。この暗い中でも、元気はちっとも衰えない。むしろ対比で、いつもより眩しく見える。
ある意味この中では、最高のペアかもしれない。
普通に喋ってたら終わりそうだ。別に、怖いとかじゃないけど。
「俺、2番」
「て、テツくん!?」
「哲です。こんばんは」
「こ、こんばんはだね。じゃなくて、よろしく」
流れで握手をする。
「なんだこれ」
「いや、テツくんがちょっと変だから」
「変じゃないぞ」
「そうかな?」
「そうだ」
「じゃあ、そういうことにしよう」
「ははっ、なんだそれ」
いつも通りな小日向を見ていたら、笑えてきた。やっぱり、彼女と話しているのは楽しいし、気が楽だ。
他のペアは、一輝・名取とエージ・氷雨。
今日が始まったときは、どうなることかと思ったけど。
ま、なんとかなるだろ。
テツ、それでええんか?




