50話 なんでもない。そう言い聞かせたときは、だいたい手後れ。
ケビン→キャビンへ修正しました。
昼食の後、腹ごなしにそのへんの砂で、エージのことを埋める。
最初はお城を作りたい! と小日向が言っていたのだが、「さすがにそれは無理だろう」との冷静な意見によって中止。
代わりにエージが「あれやりたいっす、砂で人魚作るやつ!」と提案し、自らが埋まる役を買って出た。
「いやぁ、これ、やろうって言っといてなんですけど。暇っすね」
「羊でも数えればいいんじゃないか?」
「あはは。寝ちゃいますって」
眠気を飛ばすように笑って、エージは俺を見てくる。
「あの、テツ先輩。今日はありがとうございます」
「なにが?」
「俺みたいな部外者、入れてくれて?」
「質問に質問で返すな。……それに、部外者じゃないだろ。一輝の後輩だ」
「おおっ。ジーンとくる!」
「こねーよ。当たり前のことだ。それに、俺からも礼は言わなきゃだし」
「お礼? なんでっすか」
「なんとなくだよ」
詳しく説明するのは、面倒臭いからしたくない。それでも、氷雨が初対面の相手と楽しそうに話せる。それを見ることができたから、ありがとう。
名取も、なんだかんだ上手くやれているみたいだ。昼ご飯のときから、よく話している。小日向は言わずもがな。
…………あれ。
「そういや、一輝どこ行った?」
「収穫してくるって言ってましたよ」
「収穫?」
「よくわかんないっすけど」
「ふうん」
「なので今、俺の下半身を作ってるのは女性陣ということになります。ぐへへ」
「恐ろしく気持ち悪いな。顔も埋めとくか?」
「勘弁願いたいっすね」
まあ、実害はないからいいや。
エージの喜びを邪魔するのも悪いし、俺は話し相手を続けよう。アートの才能もないし。女子に任せていれば、きっと無難に人魚を作ってくれるはずだ。
そう思って、ちらっと現状をチェック。
…………ん? あれ? 人魚ってこんな感じだっけ。
「俺、今どんな感じっすか?」
「あー。いい感じに進んでるっぽいぞ」
名取が主導で進めている作業は、確かに順調だった。あっという間にそれっぽくはなっていて、今は形を整えているところだ。
けど。
人魚って足8本もあったっけ……。
「すっげー今更なんすけど。男の人魚って、どこに需要あるんすかね」
「その悩みなら、たぶん問題ない」
「どういうことっすか?」
ネタ路線に走っているから。とは、まだ言うまい。
名取がぐへへ、と口元を歪めて楽しそうにしているからな。小日向もイタズラっ子みたいにしているし、氷雨はシンプルに目を輝かせている。砂遊び自体が初めてなのかも知れない。
「戻ったぞ~。どんな調子だ?」
しれっと帰ってきた一輝が、一瞬で状況を把握。名取とアイコンタクト。全体を軽く俯瞰して、
「ここのカーブ、もうちょっと強めでよくないか? たとえばこんな感じで」
みたいに手を加えていく。
「おおっ、俺の体に曲線美が! ワクワクっす」
「そういう捉え方もあるな」
確実にタコとして仕上がっている。むしろ曲線しかない。
ちなみに俺が参加しないのは、美術が苦手だから。昔っから手先が不器用なのだ。絵だって、モアイ像くらいしか上手く描けない。
「うん。こんなもんでいいっしょ」
「結構上手くできたね!」
「…………ふふっ」
「よかったな、エージ」
「ちょっと待ってください、氷雨先輩、なんか笑ってないっすか!?」
「わらっ、わらっ……ないわよ」
「怪しい!」
「いいからいいから。写真撮ろうぜ。全員で」
訝しむ後輩を抑えて、一輝がスマホを内カメラに。
「じゃ、エージの周りに集合な」
角度の関係で、一輝は立ったまま。俺は立ち膝で、女子三人は砂の上に寝転ぶ。
思わぬ形で囲まれたエージは「おっ、おう……」と言葉を失っていた。顔が真っ赤だ。純心かよ。
「じゃあ、笑って――はい、ちーず」
カシャッ、と音が鳴って、記憶が形に刻まれる。
三枚撮って、こんなもんでいいだろ。と解散。
「どうなってるんすか。見たいっす!」
「ほれ」
「なんですかこの気色悪い生き物……ま、まさか名取先輩!」
「てへっ」
「ぐっ、む、ムカつく……」
「先輩にそんなこと言っていいのかなー?」
「パワハラっすよ!」
「うっさいわセクハラ野郎」
「どりゃあ!」
「ちょっ、なに立ってんのよ! 壊れちゃったじゃない!」
名取とエージは仲がいいらしい。一輝も温かい笑みで見守っている。
しかし気持ちよくぶっ壊したなぁ。
ぶっ壊した――すっと視線を氷雨のほうへ。小日向は大丈夫だと思うけど、氷雨はめちゃくちゃショックを受けているかもしれない。
「ねえ阿月くん。イタズラって楽しいのね」
全然そんなことなかった。
「なにに目覚めてんだよ」
「…………」
じーっと俺のことを見てくる。
「なにを企んでる」
「阿月くんは、イタズラされたら怒る?」
「お菓子あげるから許してくれ」
「なら、私は仮装しないといけないわね」
「ウサミミでもつけるか?」
「それは……ちょっと恥ずかしいわ」
なにを想像したのか、氷雨は頬を赤くしてそっぽを向いてしまう。上に服を着ているとはいえ、水着姿でそういう表情をされると困る。
視線を逸らして、小さくため息。
「んで、一輝はさっきどこ行ってたんだ?」
「収穫してきた」
「伝わる言葉で頼む」
「スイカ受け取ってきた」
「「「「「す、スイカっ!?」」」」」
ダイソ〇並の吸引力に引き寄せられ、全員が目を見開く。
一輝はにいっ、と笑みを浮かべ、レジャーシート上のクーラーボックスを指さす。あの中で冷やしているらしい。
「キャビン貸してくれる親戚がさ、差し入れてくれたんだぜ」
「至れり尽くせりだな」
「んだな。自分たちじゃ、持ってくるのキツいし。ありがてえ」
「割るのか?」
「割るけど。他にやりたいこととか、あるか?」
「はいっ! はいっ! 自分、二人三脚がやりたいっす!」
ここぞとばかりに主張するエージ。
その目は純粋な欲望で輝いていた。こいつ、女子と一緒に走りたいだけだ。
どれ。ここは俺がでるか。
「二人三脚? 別に、海じゃなくてもいいだろ」
「でも、どうしても譲れないんすよ。自分、先輩たちとは学年も違うんで……体育祭でも、接点少ないじゃないっすか」
「なるほど」
「青春は一瞬でフォーエバーなんすよ! だから、どうしてもやりたいんすよ!」
拳を握って、力強く宣言するエージ。もはや清々しいよ。
「お前の熱意はよく伝わってきた。一輝、適当なタオル持ってきてくれ」
「合点」
持ってきてもらったタオルを紐代わりに、俺とエージの足を結ぶ。
途中でほどけないよう、しっかりと。
「よし、行くぞ」
「うっす」
「せーの」
「ってちがぁああああああう!」
その場に崩れ落ちるエージ。なんだこいつ、面白いな。
「違うんすよ! 致命的に、決定的に、根本的に!」
「じゃあ却下で」
「くっ……テツ先輩の壁は高かった…………」
だてに一年長く生きてない。肩をすくめて笑うと、しゅんとして諦めたように「じゃあ、スイカ割りましょう」と言った。
◇ ◆ ◇
氷雨小雪から見て、阿月哲は不思議な人間だった。
普通の人は、誰といるかによって態度を変える。いろんな形の自分を使い分けて、上手く世渡りをしていく。
なのに。阿月哲は、ずっと阿月哲のままだ。
誰と話していても、どこにいても、彼の人物像が揺らいだことはない。
優しくて、軽い冗談が好きで、面倒事には自分から首を突っ込んできて――どこかちぐはぐで。簡単な言葉にまとめられない。
彼のことを考えると、時々、息が苦しくなる。
だからだろうか。他の人と話す方が、楽に感じるのは。
目を合わせて、言葉を交わす。それは自然にできて、いつも通りで。けれど、声を掛けるのは前より難しく感じる。
「あー、掠りもしなかったか。次、氷雨さんだよな」
自覚があるのか、ないのか。哲は小雪にだけ「さん」をつける。当然のように。いつまで経っても。
最近、名前を呼ばれるたびにちくりと胸が痛いのだ。
「……遠いのね」
「ん? スイカまでの距離か?」
「なんでもないわ」
なんでもない。
そう言い聞かせれば、まだ、変わらずにいられる。
だから彼女は、蓋をする。偽物の笑顔は、得意なほうだ。