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5話 絶対にすれ違わない男

 翌日の俺が朝っぱらから「氷雨さんとどういう関係だったんだオラァ!」とクラスの面々から恫喝されたことは、想像に難くないだろう。

 目を血走らせた男、怖すぎ。


 途中で小日向が女子を引き連れて仲裁してくれたから助かったけど……あのまま続いてたら危なかった。

 やっと騒動に一段落ついたのは昼で、正面に座った小日向が自信げな笑みで言う。


「今日ばっかりは、あたしに感謝してくれてもいいんだよ」

「いつもしてるよ」


「いつもっていつ?」

「オールウェイズ」


「えー。なんか適当だよね。具体例!」

「小日向と話してると、こっちまで元気をもらえる」


「おっ、おぅ……なんというか、はっきり言われると照れるかも」


 にへへ、と顔を隠す小日向。こうしてると普通に、というか非常に可愛いと思う。

 さすが二年女子のツートップを張るだけはある。


 なんやかんや会話していると、購買に行っていた一輝が戻ってくる。


「ただいまさん。おっ、テツは拷問終わりか?」

「学校帰りか?くらいのノリで言うんじゃねえよ。されてねえし、これからもされるつもりはない」


「あっそ。ほい、コーヒー牛乳」

「サンキュー」


 用意しておいた百二十円を渡す。なんの変哲もないペットボトルのコーヒー牛乳。消費税のぶんだけ、近くのコンビニより安く買える。


 一輝は気味の悪いにやけ顔で椅子に座ると、弁当箱を開きつつ言う。


「いやぁ、しかし本当にテツと氷雨は仲がいいんだな」

「なにを根拠にそんなことを……」


「さっき声かけられたぞ。『阿月くんは今、教室にいるのかしら?』って」

「なんですと!?」


 まさかと思って振り返ると、教室の入り口に彼女――氷雨小雪は立っていた。


 昨日の放課後と違って、教室には人が多くいる。だから女子の彼女には見つけにくかったのだろう。背伸びをしたりして、視線をあっちこっちへ動かしていた。

 俺が立ち上がると、目が合う。


「……ちょっと行ってくる」


 ややざわめくクラス。再び集まる殺気。そしてそれらを一切気に留めない氷雨。

 気まずさを顔に出さないようにしつつ、自然に挨拶する。


「おう。どうした」

「どうもしてないわ」


「そうか。なるほどな……ん?」

「用件はないわ」


「そうか。…………え、じゃあなんで」

「なんでかしら」


 やはり不思議そうにする氷雨。だからどうしてお前は自分のことを俺に聞くんだよ。

 首を傾げるな首を。ちょっと可愛いからやめろってマジで。

 よくない。そういうのがきっと大勢の男子をその気にさせて、足下に散らばる屍になってるんだから。


「用はないのに、阿月くんと話したいと思ったのよ」

「――ん、んんっ。お、おおぅ。おう」


 変な声しかでねえ。

 周りはしんと静まりかえって、明らかに俺たちの会話に集中している。これが学校か……共同体、恐るべし。


 咳払いして気を取り直す。


「じゃあ、取りあえず中入れよ。小日向と佐藤もいるけど、いいよな」

「佐藤じゃ誰かわからないわ」


「氷雨さんがさっき話しかけたっていうやつ」

「彼ね」


 こっちをガン見してくる一輝を見つけると、やや表情をこわばらせる。嫌悪感はないが、警戒が見て取れる。


「大丈夫か?」

「望むところよ」


「なにをだよ。……ま、氷雨さんが気にしないならいいはず」


 席に戻って、氷雨は空いていた俺の隣に座る。ちょうど一輝と向き合う形になる。

 唐突の四人グループ結成に、なんとも言えない空気が流れる。


「テツ、状況説明」

「氷雨さんも一緒にいいか。みんな仲良く、いのちだいじに」


「やっぱりお前ら付き合ってるんじゃねえか!」

「ねーよバカ!」


 対角線でにらみ合う俺と一輝。

 バッチバチの空気の中、明るい声で小日向が切り出す。


「えっと、よろしくね。氷雨さん」

「ええ。よろしく、小日向ひまりさん」


「あ、あたしのこと知ってるんだ」

「当然よ」


 なにがどう当然なんだろう。普段から誰とも仲良くしないのに――そういえば、俺のことも知ってるみたいだったな。


 俺とのにらみ合いをやめ、一輝も話に加わる。


「俺の名前は佐藤一輝。佐藤って呼んでもオッケーだから、気楽によろしく」

「佐藤くんでいいのね。よろしくお願いします」


「で、テツとはどういう関係?」

「どういう関係でもねーっつうの!」


 こいつはどこまでも追求しなくちゃ気が済まないのか? もう嘘でも恋人とか言わないと納得しないのでは?

 勘ぐりたくなる気持ちはわかるけども……うん。俺だって一輝が逆の立場だったら同じように考える。けどなぁ。


「本当なんだよね、テツくん。なんにもないんだよね」

「なにもない。なにもないから……な?」


 隣にいる氷雨へと目配せすると、こくりと頷いてくれる。


「任せて」


 なにを任せられたんだろうか。なんでだろう。不安しかない……。


「私と阿月くんは、ただ遊びに行っただけよ。つまり遊びの関係ね」

「そういう意味じゃねえよその言葉は!」


「遊びじゃなかったっていうの?」

「ややこしいことを言うな!」


 だめだこいつ。常識ってものが変な方向に欠如してやがる。


 どよめきが止まない教室は、「やっぱりだ、やっぱりだった!」「阿月ィィイイ!」などの絶叫で埋め尽くされる。


 どうにか誤解を解こうと、目の前にいる二人に助けを求める。


「テツくんってそんな人だったんだ……ひどいっ、信じてたのに!」

「いや待って小日向! 待って、待ってくれ……どっか行っちゃったよ」


 ふんっと視線を逸らし、机を軽く叩いて教室から出て行ってしまう。


「あーあ。大変なことになった」

「まじで一輝は黙ってろな。ったく、なんでこんなことになった……」


 事前に氷雨と打ち合わせしていなかったからだ。甘かった。

 仕方なしに席を立つと、氷雨が申し訳なそうに見つめてきた。


「ごめんなさい。私が来たから」

「そうだけど、謝ることじゃない。ちょっと小日向のこと連れ戻すから、待っててくれ」


 しゅんとしてしまった氷雨に、念押しで言っておく。


「本当に謝ることじゃないからな」

「本当に?」


「俺は嘘をつかない」

「それは信用できないわ」


「うむ。自分で言っててそうだった」


 氷雨のアルバイトを隠すのもある種の嘘だし。じゃあどうするかね。

 こういうのはどうだろうか。


「俺は少なくとも、人を傷つける嘘はつかない」

「信じられそうね」


「じゃあ待っててくれ。あと一輝、変なことすんなよ」

「任せとけって」


 釘を刺しておいて、教室を出る。







 小日向の行き先は非常階段だろう。予想通り、いた。目立たない踊り場で手を組んで、俺のことを待っている。


 机を一回叩く。それが、小日向と俺の間にあるサインのようなものだ。意味は「話がある」とか、「ちょっと来て」といったもの。スパイみたいで面白そうだよね! という小日向に押されて作ったものだけど、役に立つとは。


「教室じゃ話しにくいこと、あるんでしょ?」

「大いにあるけど、ここでも話しづらいな」


 階段を降りていって、手すりに背中を預ける。


「誰にも言えないこと?」

「うむ」


「テツくんは、また人助けしてるんだね」

「ただのお節介だよ。そんな高尚なもんじゃない」


「そうやって謙遜しても、あたしは助けられたって言い続けるからね」

「力になれたならよかったとは、思うけどさ」


「うん。なってるよ。いつもね」


 にへっ、と砕けた笑みを向けてくる。さっきのお返しか。

 小さく微笑んで、教室へ戻る。







 途中の廊下は、やけに静まりかえっていた。


 いっそ不気味なくらいで、不審に思いながらドアを開ける。

 ガラガラと音を立てる戸はどこか遠く、彼女の声だけがはっきり聞こえた。


「友達なんかじゃないわ――阿月くんは、友達なんかじゃない」


 凜とした声音で、はっきりと主張する。


 俺は友達ではないと。ならばなんだというのだろうか。当然、恋人ではない。兄妹でもなければ幼なじみでもなく、先輩後輩でも腐れ縁でもない。


 氷雨と目が合う。

 彼女は目を見開いて、明らかにしまったという顔をした。


 俯いたまま去って行く彼女を、追うことはできなかった。


 気まずい沈黙の広がる教室で、俺は一呼吸。

 怒りも、失望も、悲しみもない。極めて穏やかに、微笑みを唇に乗せて。


「なにか勘違いがありそうだな。一輝、ていねいに説明してくれ」


 すれ違いを期待している人がいるのなら、すまない。

 俺は氷雨を信じてる。

次は今日中に投稿したいなぁという気持ちがあります。

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