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学校一の美少女は、告白されると俺の名前を出して断るらしい  作者: 城野白
三章 その未来に、あなたがいないなら
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48話 一回休み

 パラソルの下に戻って、お茶を飲んで一息。喉の奥に詰まっていた塩を、奥へと押し込んでいく。手を後ろについて、一言。


「別に、気にしてないって」

「私は気にするのよ」


「そうかい。でも、本当にもう大丈夫だから」

「……ごめんなさい」


「うん。じゃあ、これで最後な。許したから」


 氷雨はまだ、浮かない表情をしている。気持ちはわかる。俺が逆の立場だったら、地面にめり込むまで頭を下げるだろう。


 けど、な。

 いいじゃん。男なんだし。とか、思ってしまう。俺は男で、頑丈で、だからちょっとやそっとじゃ傷つかない。俺が同じ事をするのと、氷雨がやるのとでは重さが違う。比較にならないくらい。


 違うんだよな。

 こうして隣にいるのに、ぜんぜん違う。氷雨は女子で、ナンパされて、危なくて。俺は守らなきゃいけない側で。でも、俺がナンパで危ない目に遭うことはない。


 不平等というか。なんというか。

 難しいなぁ。と思う。月並みだけど。なんもわからん。女子がわからんし、他人がわからんし、それどころか自分もわからん。


「俺はもうしばらく休むけど、どうする?」

「私もここにいるわ。水が怖いもの」


「変なトラウマを植え付けてしまったか……」

「阿月くんのせいじゃないでしょう?」


「でも、気にするだろ。俺が関係したことなんだから」

「…………一理あるわね」


 申し訳なさそうに頷いて、少し考え、氷雨はすっと立ち上がる。


「なら、克服してくるわ」

「おう。楽しんでな」


「戻ってきたときには水雨になってるわ」

「`を置き去りにするな」


 くすっと小さく笑って、砂浜を駆ける。勢いよくスタートしたせいか、途中で少し転びかけながらみんなの輪に入っていく。


 さっきの冗談。あいつ、ボケたよな。

 前は単なる天然だったのに、最近は意図的なものが増えている気がする。


 どこに向かってるんだ……?

 もしかして、凛のことを真似しているのだろうか。あんなふうなやり取りがしたくて、考えてやってるのか?


 だとしたら、なんつーか。

 こそばゆいな。


 自分が今、どんな表情をしているのか。鏡がなくたってわかる。

 笑えているのだろう。


 諦めからでも、呆れからでもなく。普通に笑っている。


 みんなの姿をしばらく眺めて、ふと、鞄をいじる。

 ……っていうか、貴重品置きっぱなしで遊んでた。しくじったな。いくら見えるところとはいえ、警戒心が薄すぎだ。荷物番、必要だな。


 スマホを取り出して、メールボックスを確認。


 受信ボックスに、一件来ている。今朝送られてきたらしい。

 送り主は、新島花音。


 初恋の相手で、今はメール友達のようなもの。


『哲へ

 今日もうちの高校は練習試合です。

 みんなちょっとずつ強くなって、秋の大会では勝てるといいな。野球部のマネージャーなので、スコアもつけらるし、高校野球のルールも勉強してるし、哲より知識はあるかも(笑)。

 中学でもマネージャーができればよかったなーって思います。そしたら、もっと近くで哲の試合が見れたのに。なんてね、冗談。

 練習の後にキャッチボール付き合ってもらってます。外野手の優男くんに。イケメンで性格もよくて、背が高いんだよ。完璧超人。

 最後自慢になっちゃった。じゃあ、また。

 花音より』


 手紙か。とツッコミたくなるような書き方。

 それがどこか可笑しくて、俺も同じような書き方をする。


 昔のことは、なにも触れず。

 ただの仲がいい友人のように。


 笑えるようになったのは、そのおかげかもしれない。

 向き合うことで、花音との時間は過去のものだと理解して。


 過去は抗いようもなく、錆びて、剥がれて、俺は変わっていく。単純な理屈をやっと受け容れた。

 それでいいじゃないか。


 引きずっていて、どうなるというのだろう。

 花音とメールをしていて、文字伝いのあいつは元気そうで。昔と変わらなくて。なんか、バカみたいだなと思う。


 今すぐってわけにはいかないけど。

 ちょっとずつ、昔みたいになれたらいいなと思う。当たり前のように笑って、だけど少し、大人になっていられたら。

 あの初恋を、綺麗にまとめられるんじゃないか。


 なんてな。

 今は少し、雰囲気に酔っているだけだ。







「テツくん、テツくーん」


 ちょん、とつつかれる。ひんやり、やわらかい。

 あたまがぼんやりする。


 ちょんちょん、また肩に触れる感触。くすぐったくて、手を伸ばす。捕まえると、小さい。手か? 誰の?

 誰の……?


「ん……あれ。小日向?」


 ということは、握っているこの小さな手は、手触りのいい指は――


 目の前の少女は、顔を赤くして、空いたほうの手をわたわたさせる。

 パーカーを着て、麦わら帽子を被っていた。よく似合っていて、可愛らしくて――そうじゃなくて、手!


「え、ええっと、おはようテツくん!」

「お、おはようってか悪い! 今放すから」


「あ、……うん」

「俺、寝てたか。けっこう経った?」


 疲れてはいたけど、寝るほどとは。

 たったあれだけの運動でバテるとか……ちょっと情けないな。


「二〇分くらいだよ。そろそろお昼にしようと思うけど、食べられそう?」

「それは問題ない。みんなは?」


「手を洗いにいってる」

「起こしに来てくれたんだ。ありがとな」


「いえいえ。お安いご用ですよ」


 じゃあ、さっさと動かないと。

 ちょうど向こうから、一輝たちも戻ってくるし。荷物番はいいだろう。


「行くか」

「そだね」


 途中で他のメンバーとすれ違う。ついでに海の家で買い物してきたらしい。一輝とエージが、揃ってイカ焼きを掲げていた。


 エージが元気に、


「聖剣クラーケンっす!」


 と言っていたので、


「韻が踏めるな」


 と返しておいた。いいラッパーになってくれ。


 昼飯、なにを買おうか。焼きそばなんか美味そうだよな。

 ううむ……。


「小日向、なに食べる?」

「あのですね……」


 なぜか目が泳ぐ。どうしたのだろう。

 小日向は手をもにょもにょさせて、珍しく、小さな声で呟く。


「実は今日、お弁当を作ってきているのです」

「お弁当?」


「こっそり練習してまして。よかったら、テツくんにも食べてもらえないかなーって」

「いいのか? あ、違う。いいから言ってくれてるんだよな。じゃあ、是非」


「ほんと!?」


 嬉しそうに目を輝かせる。


「本当もなにも、めっちゃ楽しみだぞ」

「緊張するなぁ」


 あははと笑って、小日向は指を立てる。


「でも、焼きそばは買っていこうね」

「焼きそば?」


「海で食べる焼きそばは格別だからね」


 夏祭りとは違うのだろうか。

 気になりはしたが、まあいいか。楽しそうだし。楽しいし。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 花音ちゃんね… まぁ、もう過去になってるのかどうかは、会うまでわからんな
[気になる点] 花音さんのメールは、彼氏自慢?もう貴方に恋愛感情はないからね、という線引きのようですね。何も告げずに急にいなくなってこれとはひどいなあ、とは思いますが、主人公も逃げてしまったので仕方が…
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