46話 誰にも止められない
「砂、けっこう足取られるな」
設置されたビーチバレーコート。軽く動いてみても、下が硬いのとはだいぶ違う。ジャンプも低くなるし、加速もできない。
靴は脱いで、コート脇に置いてある。
脇では四人が応援してくれて、それ以外にも観客がちらほら。……いや、そんな上手いプレーは出来ないんだけどさ。
まあ、啖呵切った以上、ちゃんと勝ちたいよな。
手の中でボールを転がし、一輝に問う。ちょうど向こうの代表と話してきて、ルールを決め帰ってきたところだ。
「何点マッチ?」
「十一点一セット。じゃんけんで、サーブはこっち」
「ナイス」
「打ちたいか? テツ」
「一輝が打たないなら、やるけど」
「じゃあ任せた」
「おっけ」
くるくると、黄色と青のボールを回す。緩やかに息を吐いて、心を落ち着ける。
守りの阿月と、攻めの一輝。そんなふうに言われる。
性質の違う俺たちは、上手い具合に互いを補えているのだろう。運動にせよ遊びにせよ、こいつと組んで負けた記憶はほとんどない。
俺が堅実にゲームを作って、一輝が決定打を放つ。
「じゃあ、始めっか。おにーさんたちもいいですよね?」
一輝がこっちを向いて頷く。コートの向こう側で、俺たちより体のでかい男が構える。
この距離なら、威圧感も薄い。
息を吐く。吸う。
ビーチバレーは特殊な競技だ。各チーム二人。三回触るのが普通のバレーで、レシーブした人間が最後を任されることになる。
足場も悪い。ジャンプもできない。当然、細かいコントロールは難しい。風という環境要因もある。
だから、ほんの少し。
ほんの少しだけ、相手に取られないことを意識して。あとはコートに入るように、安全なサーブを打つ。それだけでいい。難しいことは必要ない。
ボールを上に軽くトス。ジャンプはしない。立ったまま、狙いを定め、打つ。
威力は抑えたから、拾われる。相手コートで上がるボール。ちゃんと高さがあって、その間に体勢を整えている。
大学生、やっぱすげえな。身体能力が桁違いだ。
ジャンプも想像以上に高い。きっちりスパイクで返してくる。
腕の振り方。方向の予測。ちょっとだけど、野球に似てるんだよな。反応。よし、できた。取れる。
「オーライ!」
正面で受けて、一輝へ。ちょうどじゃない。それでも、十分だろう。
「来い、テツ!」
ネット近くまで駆ける。
踏み込む。一輝がトスを上げる。ジャンプ。高さが少しズレた。けど、合わせられる範囲だ。狙うのは奥側。前に出た相手チームの後ろ。
ふわっとした打球は、けれど砂に足を取られる状況では取れない。真後ろへ走るのは難しい。ボールが落ちる。コートの中。
周りからの声が聞こえる。聞こえるけど、なんと言っているかはわからない。遠い。
隣にいる一輝の声だけがクリアだ。
「ナイス!」
「サンキュー」
ハイタッチして、またサーブの位置へ。
ボール越しに、相手のコートを見る。頭は冷静だ。リズムを整えろ。
魅せるようなプレーはいらない。
陰湿に的確に、最小の力で相手を崩す。
◇
淡々とこなせ。淡々と。
一点取るごとに一輝は盛り上がる。周囲もそれに合わせて拍手したり、声援をくれる。いつもそうだ。会場の空気は、あいつが作ってくれる。
俺はその中で、気持ちよくプレーさせてもらえているだけ。
自分のメンタルの脆さは、よく知っている。だから感情を殺す。喜ぶのも、悔しがるのも終わった後でいい。
試合中は平坦に。機械のように。
10―7
点数を積み上げて、マッチポイントまで来た。あと一点で俺たちの勝ち。
「一輝、最後決めるぞ」
「おうよ。パパッ、と決めてやろうぜ」
パパッと。そう言いながら一輝は、なにか伝えたそうなジェスチャーをする。
パパッと…………ああ。なるほど。
「できるか?」
「できるだろ、相棒!」
まったくこいつは、俺を高く見積もりすぎだ。ため息交じりに頷く。
「じゃあ、やってみるか」
追い詰められて、大学生サイドは既に萎えムードだ。
悪いけど、最後まで付き合ってもらうぞ。
サーブは相手から。向こうは狙いを一輝へ絞っている。確かに、ミスの数は俺よりも多い。得点を取るために、そっちへ集中するのは正しい選択だろう。
だけどな。
「テツ!」
一輝がレシーブ。ちゃんと高い。ネットに少し近いけど、むしろ好都合だ。下に入って、構える。トスを上げるより少し早く、一輝が跳躍する。
速攻
一輝が腕を振る、その場所目掛けて高速のパスを。
ぶっつけ本番、難易度高め。けれど、確かな確信があった。
吸い寄せられるように、ボールが向かっていく。
乾いた音が響き、相手コートに突き刺さるスパイク。
「っしゃあ!」
一輝は確かに、安定性にかける。
けれど俺よりも遙かに、爆発力のある男だ。
ガッツポーズを下げ、ハイタッチを求めてくる。それで俺は、ようやく感情を元に戻す。スイッチを切って、安堵の息。
「つ、疲れた……」
「いや、もっと喜べよ」
「無理。俺、インドア派だから……」
ちょっと調子に乗りすぎた。後で絶対、筋肉痛になるやつじゃん……。
大学生たちへ頭を下げると、口をへの字にして睨まれた。だが、もうこっちに来る様子はない。
なにはともあれ、一件落着ってことで。
「よし。じゃあ、いくぞ一輝」
「そうだな、テツよ」
ボールを持って、観戦していた四人のほうへ。
目をキラキラさせてこっちに来るエージ。だが、それよりも先に揃って頭を下げる。
「「調子乗りました。ごめんなさい」」
ついかっとなってやってしまった。
普通に警察とか、大人を呼べば解決したのに。二人揃ってバカなことを思いつき、それに巻き込んでしまったのだ。
「な、なんで先輩方が謝ってるんすか?」
不思議そうにするエージに、腕組みした名取がやれやれと肩をすくめる。
「わざわざ相手する必要がなかった。ってことでしょ。時間の無駄だったし」
「でも、スッキリしたじゃないっすか」
「むっ……それは、そうだけど」
口ごもる名取。
一歩前に出て、後輩に笑いかけたのは一輝。
「でも、謝るのが筋だ。結果はどうあれ、俺たちはやっちまった」
「そういうもんなんすか?」
「おう。逆に言えば、謝って済むことだからやった」
「おいこら副部長」
がしがしと名取が一輝を小突く。日頃の恨みだろうか。マネージャー、大変そうだもんな。
サッカー部三人がわちゃわちゃやっているので、俺は小日向と氷雨に向き合う。
「つーわけで。迷惑かけた」
頭を掻きながら、やや照れくさい。二人が満足そうな笑顔でこっちを見ていたから。
「テツくんが格好よかったから許す!」
「お、おう……格好よかった? のか」
「バッチバチに決まってたよ。写真撮ったから、後であげるね」
「マジか。いつの間に」
スマホの画面を見せてもらうと、確かに俺と一輝が写っている。
サーブのところとか、ハイタッチとか。スパイクの瞬間まで。
うわ、なんか恥ずかしいな。でももらっておくか。せっかくだし。
入れ替わるように、氷雨が話しかけてくる。水着の上には、俺が貸した服をちゃんと着ている。明らかにサイズオーバーで、袖が余っている。そのせいか、いつもよりも彼女は華奢に見えた。
「あれが、テツカズコンビなのね」
「その呼び方はやめてくれ」
「未だ手つかずの連勝記録。いいじゃない」
「ハードル上がるんだって。……つーか、また喧嘩腰だったろ。もっと男を恐れろ。逃げるとか、叫ぶとか、そういうことに努力してくれ」
「…………」
「俺と一輝は、まあ、一応男だからさ。なんかあってもやり返せるけど。氷雨さんたちはそうじゃないだろ。俺だって、いつも一緒にいるわけじゃないんだし」
「…………」
氷雨は俯いて、なにか気に食わなそうにしている。
こいつ……。こっちは心配してるってのに。
「まあまあ、小雪ちゃんが、あたしたちを守ってくれたんだよ。だから、ね。テツくんもあんまり責めないで」
「……わかったよ」
責めてるわけじゃ、ないんだけどな。
でも、氷雨からしたらそうなのかもしれない。責められている。そう思われたっておかしくはない。心配というのは、押しつけとなんら変わらないものだ。上手い伝え方を、俺はまだ知らない。
今日もう一話ワンチャン




