44話 簡単なお仕事
やることが少ないと、一日が短く感じる。
スキップボタンでも押したような速度で、カレンダーはめくれていった。
凛が帰り、今日までの間。何度か氷雨と会い、一輝や小日向とも遊んだ。だが、そのどれもがあっという間で、なにかを感じるよりも早く過ぎ去っていった。
全部、頭の中がごっちゃになっているせいだ。
「なーにやってんだかな」
もう二度と会わないはずの、初恋の相手。新島花音と会うことが決まった。
決めてからも連絡は続いていて、 当たり障りのないやり取りをしている。ただの、仲がいい相手のように。何事もなかったかのように。
一輝が主催の、宿泊を伴う行事。
その出発前。鞄を整理した今ですら、頭は整理されていない。
でもなぁ。
一人だけ辛気くさい顔してるのは、申し訳ない。
頬を叩く。笑ってみる。鏡の前じゃないから、どうなってるかわはわからない。けど、気分は少しマシになった……気がする。
うん。まあ、いいだろ。
アパートを出て、駅に向かう。
行き方には何通りかあって、今日は森本珈琲の前を通ってみる。
午前九時。さすがにまだ、やっていないみたいだ。
本当は通いたいのだが、最近は金銭的な問題で足が遠くなっている。マスター、元気でやってるだろうか。
あの人なら、なにかアドバイスをくれるかも。みたいな期待をしてしまう。
でも、よくないよな。
これは俺の問題だ。俺が、自分でどうにかできること。
息を吐いて、しばらく歩いていると、道の向こうに見知った人影を見つけた。
駅の少し手前。向こうも気がついたらしい。手を振ってくれるので、返す。
「おはよう、阿月くん」
「おはよ。氷雨さん」
同じ電車だから、似たような時間になったのだろう。この駅から乗るのは俺と氷雨だけなので、一緒に歩いて行く。
氷雨は淡い色のジーンズに、長袖のシャツ。頭には黒のキャップ。宿泊場所が森の中だから、肌の露出を少なくしてのだろう。
俺は半袖で来てしまったけど、間違いだったか?
一泊二日なので、持ち物は最低限。リュックに全部入りきった。
対して氷雨は、リュックの他にもう一つバッグを持っていた。女子は荷物が多いというが、なにがそんなに違うのだろうか。聞いてみようかと思って、飲み込んだ。
「楽しみね」
「そうだな。つーか、誰が来るんだろ」
「……仲良く出来るかしら」
「氷雨さんにその気があれば」
冗談交じりに言ってみると、ムッとした顔になる。
「失礼ね。私はいつだって、友好的な態度を取ってるわよ」
「そうか……?」
俺の前とか、慣れた相手に対してはハードルが低いけど。基本的に表情の変化が少ないし、近寄りがたい部類だと思うんだけど。
「そうよ。今までは運が悪かっただけ……今日は、上手くやってみせるわ…………たぶん」
「すごい勢いで自信なくすじゃん」
仲良くしたいという意思はあっても、今までの積み重ねが自信を奪うのだろう。
「もしダメだったら……」
ちらっと俺のことを見てくる。
「阿月くんに隠れて過ごすことになるわ」
「悲しくなるから、頑張っていこうな」
「そうね」
「ま、一輝が大丈夫って言ってるから。なんとかなるだろ。小日向もいるし」
改札をくぐってホームに降り、電車に乗る。
「佐藤くんのこと、信頼してるのね」
揺れる車内。ドアにもたれて立つ俺、隣で座った氷雨。荷物を抱きかかえ、上目遣いで言ってくる。
「信頼……か。そうだな。あいつなら、やってくれるだろと思ってる。すごいやつなんだよ」
運動も出来るし、人を引っ張れるし、頭もキレる。察しが良くて気が回って、人を傷つけない。食えないやつだけど、あいつがいると心強い。
「相棒というものなのかしら」
「やめてくれ。恥ずかしい」
二人組でやることがあれば、なにかと一輝とペアになる。やりやすいのだ。なぜかは知らないが、お互いに役割の分担ができるというか。
周りからはテツカズコンビ。なんて呼ばれてるらしいけど……。
「いいわね。そういうの、男子って感じがして」
「ガキっぽいだろ」
「それがいいんじゃない」
「よくわからん」
そんな会話をしているうちに、電車は進んでいき、停車駅でドアが開く。
ホームから流れてくる人の中に、見知った顔が二つ。軽く手を挙げると、気がついてこっちに来る。
「おはおは~」
「ういー」
「うーい」
「……ええっと、おはよう?」
氷雨が混乱したのは、たぶん俺と一輝のせいだな。一輝がういー、で俺がうーい。
ここまで適当な挨拶も珍しいのだろう。
「小雪ちゃん、久しぶりだねぇ」
小日向は半袖にスカート、麦わら帽子の爽やかな格好。氷雨の隣にするりと座る。
「ひ、久しぶり……小日向さん」
「元気だった?」
「ええ。そちらは?」
「元気元気!」
圧倒的なコミュ力に押され気味ながらも、どうにかやっているようだ。安心。
視線を前に向けると、つり革に捕まった一輝がこっちを見ている。
「なんだよ」
「いやー。保護者みたいだなって」
「老いてるか、俺?」
「まあ確かに、同い年とは思えないフシはある」
かっかっか、と軽妙に笑う。
「後の二人は?」
「最寄り駅で集合」
「そうじゃなくて、誰を誘ったんだよ」
「まーそう固くなんな。直につくんだから」
「もったいぶるなぁ」
スペシャルってわけでも、ないだろうに。
◇
目的の駅に着いて改札を出る。
小日向と氷雨は、ずっと二人で話している。……いや、小日向から話題を振って、氷雨が答え続けている。という形だが。
あの二人はあれが一番やりやすいのだろう。
改札を抜けて、駅舎を出る。
「おっす、これで全員だな」
一輝が手を挙げた。視線の先を辿っていくと、二人の男女。
男子のほうは、知らない顔だ。ぱっと見で幼い雰囲気があるから、後輩なのだろうか。
女子のほうはショートカットで、ややつり目気味。どこかで見覚えのある顔だが――
「ああ、……そういうことか」
「おっす阿月。ウチのこと覚えてる?」
「ギリギリ」
「ギリギリ言うな!」
「…………ナトリン?」
「名取。名取みのり」
「そうだった」
「ちゃんと忘れられてる!」
これはまた、すごい人選をしてきたな。
氷雨とカフェでばったり会って、気まずい空気になって、その後どうなったのだろう。俺には知るよしもない。
ちらっと氷雨のほうを見る。が、彼女はぽかんとしている。
「阿月くんの知り合い?」
「……いや、まあ、うん。そうだな」
覚えてないのかよ。確かに直接的な絡みがあったわけじゃないけど。
――髪、切ったからか?
名取は前会ったときより、ずっと短い髪をしていた。男子よりは長いが、肩にも届かない位置で切っている。
だから思い出せないのかもしれない。
思い出せないなら、別にいいか。
「それで、もう一人は?」
男子のほうに目を向けると、彼はピシッと背筋を伸ばす。いかにも運動部な声の張り方で、自己紹介。
「自分、伏見英二っす! 一輝先輩にお招き頂きました」
「おおっ。好青年だ!」
体育会系のノリにつられたか、小日向が前に出てくる。
伏見くんは、他の面々と軽く言葉を交わしている。氷雨も固い表情ながら、頑張っていた。
一輝は腕組みをして、静かに見守っている。
「後輩なんだな」
「おう。あいつは面白い男だぞ」
「面白い? ……急に嫌な予感がするんだが、大丈夫なんだよな?」
「なんかあったら、先輩権限で手綱を握れる」
「なんかあるのかよ……」
なにかしらぶっ込んでくるとは思ったが、そうか。彼がそれか。
伏見英二。
少し見ておくか。そうすぐにやらかすことはない、と思うけど……。
「阿月先輩、よろしくっす」
女子との挨拶が終わったらしい。こっちに来て、礼儀正しく腰を折る。
俺も会わせて会釈を返す。急に先輩扱いされると、困ってしまうよな。
「よろしく。伏見くん」
「エージでいいっすよ。呼びやすいですし」
「ああ、そう。じゃあエージで」
「はい。ところでなんですけど、阿月先輩……」
エージは口元に手を当てて、他に聞かれないように、
「誰のこと狙ってるんすか?」
「は?」
「ちなみに自分、氷雨先輩狙いっす。いやでも、小日向先輩も捨てがたい……」
「んん?」
「一輝先輩は誰も狙ってないらしんで、いいんすけど。阿月先輩はどうなのかと思いまして」
「ええっと……」
「はい」
「狙ってるって、どういう?」
「付き合いたい、ってことに決まってるじゃないっすか」
「あー」
あー。
こいつ、ヤバいわ。
一輝のほうを見ると、あいつ、視線を逸らしやがった。
目的はなんだ? こんな爆弾を持ってきた理由は……でも、氷雨、小日向とお泊まり会。普通の男子としての反応はこうなのかもしれない。口に出さなくても、ワンちゃん狙うのが男なのかもしれない。
だったら、後輩で、わかりやすいやつのほうが御しやすい? のかもしれない。少なくとも、同学年の男よりはマシだ。
警戒しておくか。小日向はうまく躱してくれそうだけど、氷雨は困りそうだからな。
「俺はそういうの、ないよ」
「そっすか。なら、安心っすね」
「そうだな。みんなで楽しく、2日間過ごそうな」
暴走しないよう、上手く立ち回るかね。
この六人が、変な空気になってしまわないように。なるべく悟られないように。
なに、こういうのは苦手じゃない。




